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48.そして始まる

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 さぁ、大変だ。
 今の僕には、やるべきことが山のようにある。

 魔王と皆が戻ってくるまでは、僕がこの国を守らないといけないんだ。
 でも、自分の居場所を守るだけのことだから、僕がやるのは当たり前。
 誰に強制されたわけでも、仕方なくやるわけでもない。

 僕がやりたいと望んで、やることだもの。

 そういまだかつてないほど、気力に満ちていた僕だったのだけれど……ふと我に返ったら、なぜかベッドの中にいた。

「あれ?……っへくちっ……くしゅんっ!……うんん?」

 のそのそと体を起こして、そこが城内の自室であることを確認した途端、くしゃみが続けざまに襲ってくる。
 天井近くまで高さのある、部屋に唯一の大きな窓から明るい光が差し込むなかで、微妙に鈍い頭を働かせて記憶を辿った。

 確か、バルコニーでベルちゃんさんと別れた後、廊下で見つけた自動人形ペンギンさんに色々と確認したんだ。
 これからも僕の世話は可能なのか、他の人形たちに新たな命令を下せるのか、そもそも今の状況わかってる?と。

 そうしたら、コック帽ではなく白いシルクハットに黄色の羽飾りをつけた一人のペンギンさんが、どこからともなくやって来た。
 こんなタイプ今までに見かけたことがあったかな?と首を傾げていたら、その特殊な見た目の人形は羽毛に覆われたお腹に手を突っ込み……小型のノートパソコンらしき何かを取り出したのだ。

「いやいや、なんで?なんでそこにそんな物が入ってるの?というより、どこからどう見てもやっぱりノートパソコンでしょ。この魔法がある世界で、いきなりこんな高度機械文明を彷彿とさせる物をポンと出さないでよ。本当にこれだから魔族は……!」

 心に思ったはしから口に出しながら、真っ赤なツヤツヤ塗装が施されたそれを流されるまま受けとって、開けてびっくり、見てびっくり。
 小さな液晶らしき画面からホログラフのように浮かび上がった大きな立体画面には、この城内だけでなく森の農園や、国境沿いで交易に携わっているらしきペンギンさんたち、おそらくその全てがズラリと表示されていた。

「無駄にハイテクー!」

 そこから僕は夢中でその『自立型魔動人形』のコンソールを弄りまわしていたはず……なんだけど。
 もしかして、あのまま通路で眠ってしまったのだろうか。
 軽くとはいえ雨に降られた体のまま、着替えもせず……。

「――なのに今は寝間着だね……。ペンギンさんたちが運んでくれたのかな?……くっちゅん!」

 膝丈まである白いワンピース風の寝間着を着ていることを確認し、ついでに枕元に転がっていた赤い小型ノートPCへ手を伸ばした。
 僕が覚えている限りでは『軍事転用禁止』という制約がペンギンさんたちにあるのがわかって、それをどうにか解除できないかアレコレ試していた途中……だったはず。

 でも、誰もいないはずの室内で僕を制したのは、あの耳障りな声だった。

『だから休めと言っているのだ。不滅に近い身であろうとも体調不良は起きるうえに、長引けば辛いだけだ』

「えっ?まだいたの、ベルちゃんさん」

『……この状況でお前を捨て置くことを、過去の私がよしとしないのだ』

 室内の中央に置かれた、大きな白いソファー。
 そこへ長い体を横たえていた漆黒の龍は、その鎌首をもたげながら深く大きなため息を零して見せた。
 意味深な言葉は多少気にはなったけれど、魔王の親友であるというこの龍が今もまだ傍にいてくれるというのなら、話は早い。

「じゃあ、ベルちゃんさんは僕を手伝ってくれる気があるの?あるんでしょ?うん、あるね。それならちょっと相談が――」

『貴様は遠慮というものをどこへ忘れてきたのだ』
 
 だって使える物は、何でも使うべし。
 ワニ面から伸びた細長いヒゲを、イラッとしたように震わす黒龍には悪いけれど、利用させてくれるなら有難く使わせてもらうだけだもの。

「あなたはあの魔王の友達なんだから、その伴侶たる僕へも勿論、協力してくれるんでしょ?……ふ、ふぇっくしッ!」

『あぁ……それでお前の気が済み、人の世へ戻ると翻意ほんいするのを見届けるくらいは、我が朋の為にしてやろう』

「じゃあ早速だけど、このペンギンさんたちの制御項目について……」

『ちっ。清々しいまでに私の話を聞かぬな。あぁ待て、動くな!お前は横になっていればよい』

 聞きたい言葉だけを受け取りながら、いそいそとベッドを抜け出そうとしたのだけれど、それはまたもや黒龍に止められた。
 その代わり、ふわりと宙に浮かんだベルちゃんさんの方から、僕の傍へやって来てくれる。
 全長二m近い龍が着地できるよう、僕は広いベッドの端に寄ろうとしたのだけれど……。

『不要だ。このような身であろうとも、我が最愛の伴侶以外と寝台を共にする気はない』
 
 宙に浮いたままそう語る龍に、思わず口にしかけた言葉は寸前で飲み込めた。
 僕にとってベルちゃんさんはペット枠だから、別に気にするようなことじゃないでしょ。なんて言ってしまったら、本格的にこの龍の機嫌を損ねかねない。
 理由はどうあれ、今は僕に協力的みたいだし、せっかくの好機を失うわけにはいかないもの。

「……ベルちゃんさんは、愛妻家なんだね」

 だから愛想笑いと共に、そう口にしてみた。
 するとその途端……きらりと一際強く煌めいた紫色の瞳と、はっきり視線が絡まってしまった。

『当然だ。我が伴侶にして私の最愛は、言葉通り私の全てであるのだから。たとえ一時的にこの意識が本体から別れていようとも、私が私である限り、私の唯一を想わぬ時は片時もない。私の最愛は、たとえるなら闇夜に咲く双子月よりもなお静謐な美しさと――』

「あのねベルちゃんさん、その話もしかして長い?本題に入ってもいい?」

『ベルちゃんで構わぬ。そもそもこの躰の本当の呼び名は、「異世界探査ユニット=識別名:ヴェルメリア」なのだが、あの魔王が――いや、そのようなことよりも私の伴侶について……』

「却下!今の僕にそんな余裕はないからね!?聞いてほしいなら、まず、僕の相談に乗って!!」

 こちらの事情を知っていながらも、強引に奥さん自慢を続けようとするあたり、さすがは俺様強引魔王の親友だ。
 でも、僕も負けていられないからね。
 こんな意味のわからない攻防を、それでもどうにか勝利で飾った。

 そうして黒龍――ベルちゃんから聞き出せた多くの知識と、その力によって把握できた現状のおかげで、僕の考えがまとまるのも早かった。

 僕もこの国の国政に少しばかりではあれど、あらかじめ関わっていたから理解も簡単だった。
 人手が必要な部分はほぼ全て、ペンギンさんたちが担ってくれているのだから。
 それは城内の清掃から、森にある農園や家畜類の管理、国境付近での小規模な交易にまで及ぶ。

 その統括を一手に引き受けて、いや誰もやろうとしないから仕方なく、本当に泣き泣きやっていたのがウーギだ。
 そんな彼が消える間際、僕へ『全権委譲』と宣言してくれたことで、今は僕が全ての自動人形を管理・運用できる状態になっているらしい。
 だからこそ、あの特別な見た目をしたペンギンさんは、僕にこの赤い小型ノートパソコンを渡してくれたのだろう。

 つまり、ペンギンさんたち任せでもしばらくの間、僕のここでの生活と「ザルツヴェスト村のなんちゃって交易」も一応は問題ない……はず、ということだ。

 加えて、魔王の報復――何だかよくわからない一撃でルーチェット王国の王都を灰燼に帰したことは、既に諸外国にも知れ渡っているという。
 これもサリオンが先手を打って、各国へ一報を魔法で送り付けてくれていたからだ。

 魔王陛下婚礼の儀を目前に、愚行を働いた下賤な者共を誅した。
 ザルツヴェスト最大の祝賀は、親愛なる身内のみで執り行うこととする。
 次に邪魔立てする者には、滅びを超えた絶望を約す。

 そんな過激な内容の、通告を。

 ただでさえ好戦的で知られる魔族からの宣言と、時が経つにつれルーチェット王国の被害が実際に明らかとなったことで、各国は非常に緊張しているという。
 この状況であれば国境付近に魔族の姿が見当たらないからといって、すぐさま侵攻を開始する国が現われる可能性は低いだろう。
 そう結論付けたベルちゃんの言葉に、僕が反論する理由もなかった。

 だから、今はまさに……。

「――大敵を前に、今が最後のセーブポイントってことだね!?この限られた時間で、どれだけの備えと今後の計画を立てられるかが勝負……!はっ……っくし!!」

『待て、お前……まさか私の予想以上の過激派ではなかろうな?……とにかくまずは、体を落ち着けよ……』

 よっし!と、やる気に満ちながら口にしたはずの決意は、最後に拍子抜けするようなクシャミへと変わってしまった。
 でもこの時に、僕の望んだ僕の戦いが、本当の幕を開けたのだろう。
 後になって気が付いたことだけれど、ちょうどこの日が、魔王と僕の婚礼の日でもあったのだから。

 それが僕の――『焦滅の魔王』と呼ばれるまでになった魔導士の、始まりの日。 



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