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30.試し撃ちは必須事項

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 なんだかんだで、魔族の皆って本当に僕に甘いと思う。
 現に僕を背中へ乗せて馬に徹してくれている虎……ことアスタードも、先回りして森の中を多少安全にしてくれたウーギやサリオンたちも、あれこれと理由をつけて僕の『一人旅』をサポートしてくれているのだから。

 そのおかげで獣や魔物に襲われることもなく順調に森の奥へと進み、舗装された街道が土道へと変わった頃、日暮れを迎えたこともありその場で野営することにしたのだけれど、ここでもまた別の魔族たちと遭遇した。
 国境警備の交代を終えて城に帰るところだという彼らと焚火を囲み、賑やかな夕食の時間を一緒に過ごすことになったが、ついぞどこから帰還してきたのかを問うことはできなかった。さすがにそれは野暮かなって。

 だから、一応は一人きりで見知らぬ深い森の中にいるというのに、不安も寂しさもあまり意識せずに済んだ。
 食事が終わるとすぐに城へ向かうと言って、魔族たちは夜の森へ消えて行ったけれど、疲れた体が温かな虎皮の毛布に包まれればあっという間に眠りに落ちてしまったし。
 まぁ……傍でゴロゴロゴロゴロひっきりなしに喉を鳴らす『馬』の声がちょっとばかり煩くて、時折意識が浮上しかけたような気もしたけれど。

 そんな一夜を過ごし、深い森の中に朝の気配が漂い始めた頃に僕は再び馬上の身となった。
 時折茂みに向かって唸る『馬』のおかげか、昨日同様静かな森の中を軽やかに問題なく進んでいると、なんだか単に遠駆けしているような楽しい気分になってくる。
 それにこの特別な『馬』は、随分と足が速いわりに揺れは小さく僕でも乗りこなしやすい。
 手綱がなくとも道から逸れることもなく、それどころか「ちょっと休憩したいかも」と独り言を呟くだけですぐさま足を止めてくれるし、器用に腕……いや前足?を使い、獣では有り得ない動きで荷物まで降ろしてくれる。

 ……本当に、これは『馬』でいいのかな。

 静かに森の中を進み続けていると再びのそんな疑問が頭をもたげてくるのだけれども、放っておけばいつまでもあれこれ考え始める僕の癖が発揮される前に、今度は唐突にアスタードという名の騎馬が歩みを止めた。

「どうしたの?休憩ならまだ大丈夫だけど……もうお腹空いた?」

 まだ昼休憩を取るには、少しばかり早い時間のように思うのだけれど……。

「ユ、あー……ひひーん、ぶるぅっ」

 もういっそ普通に喋れば?いやいや、名目上は僕の一人旅で彼はただの馬なんだから、是が非でも喋るわけにはいかないでしょ。
 と、相反する思考がそれぞれ声を上げるなか、しばし時間をかけながらも僕はどうにか馬との意思疎通を成し遂げた。

 どうやら、ここから先は一人で行けということらしい。

 それというのもアスタードが歩を止めた先は、鬱蒼とした森の中にありながらも人工的に開けたような場所になっていて、その奥には地表から立ち昇る薄っすらとした光のカーテンが存在しているからだ。
 もう見るからに、なんだか怪しい。
 きっとあの光の向こう側こそが、神樹の領域なのかもしれない。
 生い茂った高い木々を従えるように、空を占める巨木はこの場所からならとてもよく見えるし。

「ぶるぶるるるぅ!ひひんっ!ぶるー!」

「え?使い魔を用意した方がいい?戦闘系?補助系?――全部?」

 ジェスチャーの激しい馬役の虎は、旅の荷物はそのまま預かってくれているのだが、僕の肩掛けカバンを鼻先で押したり、分厚い獣の掌でその中身を取り出す仕草で色々と伝えてくれる。
 それだけでもう、嫌な予感しかしない。

 でも魔王が待つという神樹の下へ向かうには、これこそがきっと乗り越えなければいけない課題なのだろう。
 僕はそう覚悟を決めて、カバンから取り出した記入済みの魔法陣を使って数体の使い魔を生成した。
 ついでに、白紙の紙にもあらかじめ予備の魔法陣を何枚か描いておいた。
 おそらくだが、交戦相手の予想もついているし。

 これってセーブポイントで決戦準備してるのと同じだね!と、嬉々として役に立たない知識を掘り出してくる自分に小さくため息を零しながら、全ての準備を終えた僕はそろりそろりと足を進め、短い緑の下草に覆われた広場へ踏み込んだ。

 後ろにいる強そうな虎、いやだから馬――もうどうでもいいから、轟雷将軍などと大層な名前で呼ばれている魔族もぜひ一緒に来てほしい。という思いはぐっと飲み込み、ただ前だけを見て、亀の歩みにも負けないほどゆっくりゆっくりと草を踏みしめていく。

 先行させている中級使い魔の赤い狼二頭は、僕が設定した通りにさくさく歩を進めて行くから、その後ろをおっかなびっくりついて行っているだけなんだけどね。
 王国にいた頃よりもやはり大きな体をしている使い魔は、威風堂々としていて我ながら頼もしい。
 それに、肩に乗せている同じく中級使い魔のオレンジ色をしたスライムも、万一の時にはきっと役に立つはずだ。

 よーし、大丈夫大丈夫。
 自分にそう言い聞かせながら、広場の中央付近へようやく差し掛かった時だった。
 晴れ渡っていたはずの空がふと陰ったと思った瞬間、先を行く二頭の大狼の目前に大きな何かが降ってき――。

「ガアァァ――ッグェエェ!?ギャアァァァ!?」

「……え?」

 使い魔狼たちの前で、意気揚々と翼と腕を広げ咆哮を上げようとしたそれは、翼のあるがっしりとしたトカゲを思わせる、黄色の鱗に覆われた魔物。即ち、ドラゴンとして知られている存在のはず……だ。
 本の挿絵と、魔王城の練兵場に設置された標的イラストと同じ姿なのだから、きっとこれが本物ドラゴンだろう。
 子馬ほどの使い魔よりも更に大きく、目の前に象でも現れたらこんな感じの存在感だろうかと現実逃避しかけたのも束の間。
 敵性存在に遭遇次第、全力攻撃開始、と設定していた二頭の使い魔は淡々とドラゴンへ飛び掛かっていた。

 僕の使い魔程度の牙や爪では、頑強と名高いドラゴンの鱗は貫けない。
 いくら図体が大きくなろうとも、簡単に一蹴されて使い魔は消えるだろう。でもその隙に、この特製中級スライム君でイチかバチかの賭けに出ようと思っていたのに……。

 なんだかこのドラゴン……使い魔たちに即ボコボコにされてるんですけど?

 尻尾や腕で狼たちを薙ぎ払おうとするドラゴンだが、機敏な動きでそれを躱す使い魔はヒット&アウェイとばかりに爪や牙でその鱗をあっさり抉っていくではないか。
 唖然としながらもできるだけこっそり、でも素早く戦闘の中心地から距離を取ってその信じられない光景を見守っているのだけれど、これって夢?

 それとも、もしかして――……今の僕の使い魔って、強いの?魔族皆のお世辞じゃなく、本当に?
 なんて僅かに期待したものの、一頭の使い魔に首元を噛みつかれたドラゴンが、たぶんあれはおそらく、ブチキレたのだろう。

「ッガァァァァァアア!!!」

 大気を震わせるような大音量の咆哮は、体の動きを阻害する魔力的な効果でもあったのかな。
 一瞬動きを止めた使い魔たちが、次の瞬間にはドラゴンの爪や尻尾を叩きつけられ、赤い光の粒子となって瞬く間に消えていってしまった。

 そして、ギロリとこちらを見据えた魔物の赤い瞳と視線が交わった刹那、咄嗟に肩に乗せていたスライムを引っ掴んだのは、ほとんど無意識だった。
 でもそれは昔から、「こうなったらこうする」「いやこっちの方が生存率高い」「むしろこうでしょ」と雑多な知識たちが脳内会議を繰り広げてきたが故の最適解だと思う。

 僕に向かって猛然と飛び掛かってくるドラゴンの鼻先に、全力でぶん投げたオレンジ色のスライムが触れた瞬間――。

 視界を埋め尽くす巨大な火柱と爆音に一番驚いたのは、きっと僕だ。

 聴覚が麻痺する懐かしい感覚を覚えながら、僅かに遅れて生まれた爆風に吹き飛ばされるなかで考えたのは、念には念を入れ過ぎて『手榴弾スライム』の威力を上げ過ぎちゃったな、という感想ただ一つだけだった。


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