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24.実はそれが目的だったでしょ!?
しおりを挟む魔王の選りすぐりの腹心の臣下――全員自称――たちが、広大な宝物庫を駆けずり回って集めてくれたのは、人間が魔法を発動させる際に必要とする魔力媒体だ。
マイベストフレンドであるスライム君のような使い魔を生成する魔法では、魔力を帯びたインク自体が媒体となるように。
治癒回復系を専門とする魔導士なら魔力伝達が良いとされる樹の杖、といったものが定番だ。
戦闘系の魔法だけは、自分の魔力を直接放出する形だから媒体がなくとも一応は行使可能ではある。ただ、それで充分な威力を発揮できるのは極一部の戦闘特化型エキスパートの魔導士だけだろう。
かくいう僕の攻撃魔法も、媒体がなければ人一人を突き飛ばせるかどうかというくらいだ。……しょぼいよね。
それが媒体を通せば、大型犬くらいの魔獣ならどうにか倒せる程度の魔法が僕でも扱えるようになるのだから、『媒体』というより『増幅器』と言った方が正しいのかもしれない。
でも、郷に入っては郷に従え。この世界では魔力媒体という呼び名だもの。
そんな魔導士に必須の装備品には希少な鉱石や宝石が欠かせず、自然と宝飾としての価値も出てくる。
僕が軍人生活をどうにか生き延びてこれたのは、実家を出奔する際に父から唯一与えられた餞別品が一級品の魔力媒体だったからだ。
一見地味な黒色をした腕輪の内側に、大小様々な宝石をびっしり埋め込み、僅かな隙間にも鉱石を使ったインクで魔法文字が描かれていた正に職人芸の粋を極めたような一品。
こんな凄い物を薄気味悪い三男坊に与えてくれるなんて、と目頭が熱くなった時のことは今でも覚えている。
ただその次の瞬間、「それと同じ物を小さい頃に私も貰ったぞ、懐かしい」と言い出した二番目の兄の言葉ですっかり熱も冷えきったけれど。
何はともあれ、僕の命を救ってくれた大切な魔力媒体だったことには変わらない。
王国から魔族側へと売り払わ……引き渡される前、わけがわからないまま拘束されたついでに没収されてしまったが、僕が想定する魔力媒体はあれで充分。むしろ充分すぎるほどだ。
だから――裸に剥かれて、ベッドに押し倒されなければいけない魔力媒体とか絶対にお呼びじゃない。
「ふむ……これもいまいち優美さに欠けるな。次はこちらを試してみるか……」
「っぁ、やっ……んぅっ!」
仰向けで寝転んでいる僕の足の間に陣取り、見るからに重量がありそうな分厚い大きな本を片手で開いた魔王が再びその手を伸ばしてくる。
長い指の綺麗に整った爪先がカリッと引っかくのは、腹筋の存在すら怪しい薄い腹の表面についた――幾何学模様が描かれた黒い切り絵のような物だ。
見た目からしてタトゥーシールに思えるのだが、それを貼ったり剥がされたりする度にビリッとした小さな痺れが走るものだから……なんだか、妙な気分になりそうで非常に困っているところだ。
せめてもの情けとばかりに腰元へかけられたバスタオル程の布の位置をもう一度しっかり確認しながら、装丁も豪華な本をパラパラとめくる魔王に僕はきっちり主張した。
「もうさ、何でもいいから早く終わりにしてよ……この付け外し、ちょっと痛い……」
ほぼ丸一日、コック帽ペンギンによって食事や軽食が時折運ばれるなか、気が付けば総勢五十名程にまで膨れ上がった探索隊が宝物庫から探し出してくれた『僕に似合う』魔力媒体。それが今、魔王が手にしている本だった。
正確には、その本の中に納められている特別な魔法陣である。
そんな物が魔力媒体になるなんて僕の知識にはなかったけれど、それもそのはず、昔々に途絶えた技術で人間の国にはもう残っていないらしい。
疲労困憊しながらもいい笑顔で説明してくれたサリオンによると、普通の装飾系魔力媒体の方が手軽に作製できることから廃れていったそうだ。
しかしこのシールタイプの方が、年を重ねるにつれて魔導士本人の魔力ともよく馴染み、魔法の威力補正も大きくなる、と。
その『年を重ねる』が百年単位で、補正力を実感する前に人間は寿命を迎えるのだから他の便利な魔力媒体が隆盛するのも当然か。
でも、実感はないけれど人間をやめているらしい僕には、そのデメリットは余り考慮されなかった。
それどころか魔法陣シールのデザイン性を一目でいたく気に入った人がいて、探索隊もようやく解散となったのだ。
この本を見つけてくれた耳と腕が鳥の翼をした魔族の青年が「こんにゃろー!よくやった!」「ユーリオたんに採用おめでとー!!」と他の魔族たちに胴上げされるなか、魔王にいそいそと部屋まで連れ戻された僕は早速こうして幾つかのシールを試されている、というわけだ。
「ほう、魔力接続の影響か?しかし、肌に当てて見ねば実際の魔導率もわからんのだ。うむ、耐えよ」
「そう言うと思った……!」
その不思議な蒼い瞳には何が見えているのかは知らないが、僕の希望が却下されるのなんて今更だしね!
僕ももう色々とわかってきてはいるのだ。この男は、自分の望みと僕の願いが相反する時、必ずほぼ確実に自分自身の望みを優先するのだと。
『余は魔王ぞ?』と愉しげに口にする通り、それでこそ魔王だとは思うけどさ。
だから、そんな魔王が僕の為だけにこんなに時間を費やしてくれているという一点のみにおいて、密かな優越感のようなものを覚えてしまうのだろうか。
(……でも一方的な可愛がり方はペット扱いと同じで、対等じゃないよね。口では『愛い』と言ってくれるけれど、魔王にとって僕の扱い方はその域を出ていない……)
魔王という本来なら雲の上を更に突き抜けているような存在を相手に、身の程知らずにも何を高望みしているのだろう。
そう忠告する自分がいるのもわかってはいるけれど、もし、もしこれから先もこの人の隣に長くあり続けられるのだとしたら……いつかは望んでもいいのだろうか。
この男の、対等な伴侶になる、と。
そんな妄想に逃避することで、腹だけではなく腕や足、体のいたる所で何度も繰り返される小さな刺激から意識を逸らして耐え続けた結果、魔王一推しの魔力媒体シールは僕の背中に落ち着くことになった。
「フフフ、愛い。これは完璧に、愛い!は~~~……余のユーリオたんは何でも愛いが一層愛いが極まって愛い……」
魔王の語彙力を多少心配に思いながら、今はうつ伏せになっている体を少しだけ起こし、一人悦に入っている男へ背中の状況を尋ねた。
するとうっとり顔の男は無言のまま、魔法でパッと大きな鏡をその手に取り出してみせる。
そこに映った僕の貧相な背中には、デカデカと鳥の両翼を模した魔法陣がバーンと居座っているではないか。しかも色は深い蒼。
うーわーぁ。刺青入れられたぁ……。
でも般若とか虎とか龍じゃなくてよかった……と言うべきなのかな?
満足げな男へ「目立ち過ぎじゃない?」と一言だけどうにか返せたものの、それから当然のようにまたベッドへ縫い留められ長い夜を迎えることになったのは仕方ない。予想通りではあったし。
ただ、こういった魔導士との一体型魔力媒体は性感帯にもなるらしい、といい笑顔で宣った魔王によって、背中へのしつこい愛撫が慣例となるとは思わなかった。
……もう諦めかけてはいるけれど、だからせめて最初に説明してって言ってるじゃないか!ほんともうっこの……魔王!!
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