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23.嫉妬
しおりを挟む『ベルちゃん』と呼ばれている黒龍は、高価そうなお宝がゴロゴロ転がっているこの宝物庫の中でも更に特殊な空間に安置されている通り、一際特別な存在のようだった。
昔は魔王と頻繁に手合わせを行い、その力を競ったのだという。
それだけでなく、ザルツヴェストの歴史において一時期国土を大拡大した際の立役者でもあったそうだ。
紫色の瞳を緩く瞬く龍は、サリオンやウーギといった僕に近しい魔族たちのこともよく知っている口ぶりで、魔王との会話も弾んでいる。ように、僕には思えてしまった。
たとえその口調の節々に、面倒そうな雰囲気が漂っていても。
「そこでだな、余とユーリオの婚礼を大々的に行うことになったのだ。勿論、其方も参列するのだぞ」
『ならばその時に起こせばよかろう。私も暇では――待て、挙式を執り行うだと?貴公は正気か?この地に人間を招き入れるのか?』
「毒の懸念は不要だ。参列者には一時的な加護を与える予定だからな」
『そうではない。万一、神樹の結界に踏み入る愚者が現れれば、大層面倒な事になろう』
「はっはっは!それもまた一興だが、羽虫一匹であろうと城外へ逃がす予定はないわ」
『笑いごとか、まずは今から防衛体制の徹底を……いや、わかっているのならばよい。所詮、私は異邦の身。貴公の好きにするがいい』
純白の止まり木に巻き付く黒龍は僅かに頭を上げて言い募ろうとした後、小さなため息と共にその首をまた枝の上に置き直す。
そして、魔王の腕の中で仕方なく突っ立ったままでいる僕へちらりと視線を向けると、しみじみと噛み締めるようにこう言った。
『元は只人の身だというのに、この男の娯楽に付き合わされるとは哀れだな』
(――っ!?)
それはどういう意味なわけ?
確かに僕だって好きで魔王に付き合わされているわけではないけれど、でもだからといって魔王よりも遥かに僕のことを知らない変な存在から哀れまれる筋合いはないんですけどッ!?
そう胸の中からブワッと湧き上がってきた不快感は、ここ最近、あれこれ考えるよりも先に思いを言葉にするよう強制されてきたこともあって、咄嗟に口から飛び出していきそうだった。
でも僕よりも先に、朗らかに笑いながらも「哀れとはなんだ、哀れとは!」とその言葉を窘める魔王の声に寸前のところでどうにか飲み込めた。
危ない危ない、この魔王と手合わせをするような……いわば喧嘩仲間のような龍へ口ごたえなんてして機嫌を損ねたら、僕などあっさり殺されかねない。ここに、魔王の腕の中にいる限りはきっと安全だろうけれど。
真実であろう、と耳障りな声で静かにぼやいた黒龍は再び目を閉じ始める。その仕草に今度は魔王がこれ見よがしにため息をついてみせた。
「なんだ、もう帰るのか。其方の伴侶自慢にどれだけ余が付き合ってやったか、忘れたか?」
『――挙式の日にまた起こすがいい。我が友へ祝意を贈る用意もせねばならぬ。それまでその伴侶に嫌われぬよう、せいぜい足元に気を付けよ』
似通った口調で話す一人と一匹の会話を耳にしながら、僕は内心で少しだけ困惑し始めていた。
なぜこの龍の言葉に、瞬間的とはいえあれほどの不快感を覚えたのだろうかと。
「ほぅ、其方からの贈り物か。これは期待してしまうぞ?このユーリオに相応しき、極上の異界の品を所望する」
贈り物を貰う立場の男がそう堂々と注文をつけるが、間髪を入れずに返って来た龍の言葉はただ一言『任せよ』だった。
強い自信とどこか柔らかさが滲むようなその答えで、互いのことを熟知した息の合った会話はようやく幕を下ろした。
臣下のサリオンやウーギ相手とはまた違う、魔王の愉しげな声音に胸の奥底で何かがぐるりと渦巻く。
徐々に体積を増してくるようなこの不快感には、覚えがある。
まだ幼い頃に、母と二人の兄が三人だけで邸内のサロンでお茶会をしているのを見かけた時にも、同じような気持ちになったから。
(……あぁ、そうか。僕はあの龍に、『ベルちゃん』に――)
「ふふっ……アレもたまには素直な――ん?どうした、ユーリオ。飽いたか?」
僕を背後から抱きすくめる男。体の前に回ったその腕に無意識に手を重ねていたことに気が付いたのは、そう穏やかに問いかけられてからだった。
長身の魔王を振り仰げば、黒に覆われた世界で一際目を惹く銀の髪と、ふわりと光の灯った蒼い双眸に吸い込まれそうになる。
だから思わず、考える前に呟いてしまったじゃないか。
「僕は魔王のこと、何も知らないね」
裏を返せばそれは、『あなたのことを知りたい』という欲求があるとの意思表明。
そう自覚したのは軽く見張られた魔王の瞳がみるみるうちに優しく甘く柔らかく細められながら、その端正な口元が締まりをなくしてからだった。
「く、ふ――ふはははは!ユーリオが嫉妬とは愛いが極まるではないかッッ!!!」
「へっ!?……あ……う、ちっ、違うって!だから違うからね!?」
そのまま、むぎゅーっと抱きしめられながら意味のない否定の言葉を口にし続けるも、ご機嫌な魔王にお姫様抱っこのように抱き上げられるのは止められなかった。
自分でも本当はわかっているけれど、それでも面と向かってこの魔王にそこまで言えるわけないじゃないか。
『親友』だという龍に、この人と対等な存在なのだと言外にも主張されて、僕如きが身の程知らずにも――嫉妬を覚えたなんて。
(でも、でも……)
「ふふ、くふふふ。愛いな、愛い。今宵はゆっくりと語り明かすか。いや、やはりこういうものは相応しき場を用意せねばな……くふっ!……んん、ユーリオよ。其方は余の話が聞きたいか?」
デレッとした顔を引き締め直してから、そう尋ねてくる声。それに首を縦に振ってしまうくらいには、僕はこの人の『特別』でありたいと思ってしまっているのだろう。
一方的に贈られたあの言葉を、信じたいのかもしれない。
「そうかそうか!ならば――やはり、ドラゴン程度は狩れるようにならねばな!」
…………ん?……え?今、なんて……。
「ちょ、ちょっと待って魔王。なんで、そこに話が戻ったの……?」
顔を引きつらせた僕を抱えた魔王は、上機嫌なまま高笑いをしながら物言わぬ黒龍を宿らせた白い木へ背を向けると、そのまま歩を進める。
やがて長い足が円形の白い床の外、闇を塗り固めたような漆黒の部分へ踏み出した途端、周囲は再び目にも眩い宝物庫へと姿を変えていた。
どうやら、金の装飾で縁取られた巨大な鏡から僕らは出てきたらしい。
ちょうど室内の中央付近と思しきその場所は、陳列棚もなく広いスペースが確保されている。
そう、探索部隊の集合場所としては絶好の地点だ。
「おぉっと、ようやく女王様がお戻りっス!さぁ野郎ども、戦利品をここに!!」
「まったく誰も彼も使えませんねぇ。私の見立て以上の物があるとも思えませんが……」
居並ぶ十名程の屈強な魔族の中に、途中参加と思しき宰相蛇の姿まであるのはなぜだろうか。
ワイワイと賑やかで騒がしい集団を前に、僕の意識は否が応でも迫りくる魔法特訓について占められていくのだった。
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