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21.フラグは回避できるか否か
しおりを挟む魔王と森の中にあった数か所の手近な農場視察を終え、黄昏時の魔王城へ帰還した僕は夕食もそこそこに、いつもの晩酌タイムへと突入していた。
もう何の因果で、ドラゴン退治などという目標を提示されなければならないのか。
「そもそもねぇ!ぼくは!攻撃特化型魔導士じゃないの!本当は雑用支援便利系なのにさー!!まおーのばかー!」
空になった杯をダンッとやや乱暴に書き物机へと置いてしまうが、それを待っていてくれたかのように掌サイズの空色スライムがみょーんと伸ばした二本の触手でおかわりをボトルから注いでくれる。
トプトプと小さな音を立てて、透き通った琥珀色の液体が杯を満たしていく様を心地良いほろ酔い加減で眺めながら、頬杖をつく。
そうしてマイベストフレンドに、いつものように泣き言を漏らすのだ。
何が悲しくて、国から売られた先でドラゴンと戦わされる目に遭わなければいけないのか。だいたい、それって魔王の奥さん……違う、僕は男なんだから奥さんじゃない、せめて伴侶だ、伴侶。
その魔王の伴侶が、単独でドラゴンを狩る必要がどこにあるのだろうか。
そもそも一騎当千で知られる魔族たちがひしめくこのザルツヴェストで、ただの人間に過ぎなかった僕がなぜ『魔王の魔法特訓』などという聞くだけでも恐ろしい修行を課せられるのだろう。
「うぅ……きっと丸腰で魔獣の群れに放り込まれたり、谷底に落とされて這い上がった所をまた突き落とされたり、ウサギ跳びで城内百周とか、何か凄い必殺技を修得できるまで出られない真っ白な部屋に放り込まれたりするんだー……やーだーぁぁ……ひっく」
せめて対人間仕様の特訓であれば、僕も一応は軍人だ、どうにかこなせるかもしれない。
でも魔族、しかもあの魔王にそれを期待するなど、圧倒的に無理だろう。
今日一日、視察そっちのけで僕の『望み』を主張し続けたのに、顔だけはいい変態は「ユーリオたんがいつにも増してユーリオたんで愛い」と鼻の下を伸ばして呟くだけだったし。
第一、誰もが魔力の扱いに秀で戦闘系から日常系までそつなく魔法を扱える魔族と違って、人間の魔導士はそこまで器用ではない。
魔導士と一括りにされていても、その専門性は攻撃・防御特化などの戦闘系、治癒回復系、雑用便利系と三系統に分けられている。
僕がいた王国がそうであったように、大抵の国では自分の魔力のみで攻撃魔法を扱える戦闘系魔導士が一番重宝されていたから、僕も迷わずそちらの道へ進んだわけだけれど……はっきり言って、向いていなかった。
使い魔生成に代表される雑用便利系こそが、最も僕に適性があるといえる。
「でなけりゃ、こんなスライム遊びしてませんわー」
『だよねー?ひとりごっこ遊びとか、いい歳してちょっと引くしー』
「自分で言っててちょっと傷つくとか、笑えないんですけどー!」
『いつものことじゃんかー!こんな時こそ前世知識仕事してー!』
一人二役の台詞を口にしているうちに、あっひゃっひゃ!と笑えてきたのは酔い、のようなものが頭にもしっかり回ってきているからだろう。
つまりそろそろ寝落ち前、ということだ。
ひとしきり馬鹿みたいに笑って本日のストレスを発散した後、ハーフボトルサイズの深い緑色の瓶に触手を巻き付かせ「まだ飲む?もう一杯いっちゃうー?」と言わんばかりに、流線形をした体の頂点部分――おそらく頭部らしき場所――を、右に左に緩く傾げてみせる使い魔をぼんやりと見つめた。
他の使い魔と違い、このスライムだけが主である僕に対して昔からこんな反応を見せてくれる。だが、いくらかけがえのない存在でも、ペンギン魔族と同じ、いわば造り物の存在でしかない。
そうわかってはいるし、何度も自分に言い聞かせる度に虚しさも覚えてきたけれど……。
「それでもやっぱり、君は僕の友達だよね……。大好き、スライム」
かなり小刻みに震えて「よせやーい!照れるじゃないか~!」と身悶えしているに違いない使い魔を手元に引き寄せ、空色のプルンとした艶やかな体を顎の下に敷き、そのひんやりとした感覚と柔らかな弾力性を味わった。
そんな一時の癒しを満喫した後、最後に深く深く息を吐きながら、僕は目を閉じた。
「せめて……武装を整えてから特訓開始がいいなぁ……ぐすっ」
そうして顎枕をゲットしてから机に突っ伏して寝落ちしたものの、翌朝、いつものように目覚めた場所はあの寝心地のいい大きなベッドだった。
勿論隣には、寝起きのユーリオたん、とその蒼く灯る双眸を殊更細めてデレッと僕を見つめている半裸の魔王がいた。
「……僕、魔法特訓よりお勉強がしたいな?」
「開口一番にそう主張するユーリオも愛いぞ、愛い。だが却下だ。今の余の望みは、其方の勇姿観察とその記録だからな」
いい笑顔で言い切るその悪辣さは、やはり魔王という存在だからこそか。
寝ぼけ眼にもそんなことを思っていたが、驚くことに、彼は続けてこう言ったのだ。
「今日は、まずは武装を整えてやろう。人間用ではあるが、魔力媒体を幾つか試してみるがいい」
「え?」
もしかして、丸腰で谷底に突き落とされる死亡フラグ満載特訓メニューは回避できるのだろうか。
そんな期待を抱いた僕があまりにもまじまじと見つめていたせいか、魔王は不思議そうに首を傾げながら、どこか含みのある笑みを浮かべ直してそっと囁いた。
「よもや、余が大切な其方に無謀な鍛錬を課す、などとは考えておらんだろうな?ん?」
あぁこれ、返答を間違えると丸一日はベッドから逃げられなくなるパターンだ。
そう察した僕は、即座に模範解答を口に乗せた。機械的に、無感動に。
「魔王、大好き」
「っユーリオたんのナマ『大好き』が!!ついに余の手に!!ふはははははは!!」
「むぎゅ!?ぅんぐぅぅ~!!」
しっかりした胸板にガバッと顔面を抱き込まれ、窒息の危機に直面したのが、この日最初の苦難だった。
その後、部屋へ突入してきたウーギに助けられ、朝食中にサリオンの襲来を受け、いや宰相から朝の報告を魔王と共に聞くという日常仕事を終えると、僕は初めてその部屋へ案内されることになった。
このザルツヴェストという魔族の国が所有する全ての『宝』が眠る、巨大な宝物庫へと。
ただ、何度も何度も言っている気もするが、最初に説明してもらいたかった。
そこには、生き物も眠っているのだと。
「……え、ま、待って魔王。それ、うご、動いて……」
「あぁ、起こしたのだ。この者にも余のユーリオた、んんっ、ユーリオを見せびらか、紹介してやらねばな」
「どうでもいいこと言い直してる場合じゃないでしょが!?どう見てもそれって『龍』でしょ!?ドラゴン違う!なんで!?なんで『龍』がこの世界にいるのさー!?っひ、わっ、やあぁぁ!?食べられる――!!」
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