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2.もう絶望しかない

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 理由はわからないが、僕にはいわゆる前世の記憶というものがある。
 この世界とは全く違う、魔法も魔族も、魔物もいない、地球というせかいの日本という国で生きた記憶が。

 前世の自分が男だったのか女だったのか、家族は、死に様は――なぜかそういったことについては、覚えていないけれど。
 ただ、その人生で培った知識だけはほぼ完璧に思い出せる。

 今、何を望まれている状態なのか。どんな反応を返すのが、正解なのか。

 物心ついた時には、既にそれを理解できていた。
 でも問題だったのは、そんな僕の思考能力は、年相応のものでしかなかったということ。

 だから、何でも素直に『大人』の言葉に従う『幼児』に、周囲は困惑した。
 まだ発話すら覚束ないというのに、教わってもいない文字を読み、書き、褒めて褒めてと得意げに笑うそれを、訝しんだ。
 決して大人の手を煩わせない子供らしさの欠如した子供が、それこそ真に子供のように笑う様は、実の母親すらもが気味悪がった。

 僕はただ、喜んでほしかっただけだったのに。

 成長した今となっては、家族や使用人たちのそんな反応も当然かなって思えるけれど。
 昔は単純にしか考えられなかったんだ、今くらいの思考能力があれば「ここは幼児らしく駄々をこねて泣くところ!」っていう正解もわかるんだけどね。

 つまり僕にとって前世の記憶というものは、便利な人生指南知識でもあり、余計な解答書でもある。

 どんなに辛いことがあっても、その先がある程度予想できるというのは精神に安定をもたらしてくれる。
 家に居場所のなかった僕に、「だったらさっさと独り立ちしよう、そうだ軍、行こう」という選択肢を与えてくれたように。

 その反面、夢も希望も何かもが色褪せる。
 どうせ僕はもう家族に愛されることはない、主君は得られたけれど僕自身は替えのきく人材のひとりに過ぎない、戦場に立つ以上あと何年か生き延びられれば幸運な方だ。
 そんな知りたくもない解答を、聞いてもいないのに頭の中で弾き出すのだから。


 ただ一つ言えるのは、僕は前世の記憶があることを疎みながらも、結局はそれを頼りに生きるしかないってこと。


 だから、今こそ仕事しろ、僕の前世知識!!



「……つまり、魔王――陛下は、遠隔魔法とやらで僕を観察するうちに興味がわいて、いよいよ我慢できなくなったから停戦協定と引き換えにしてでも確保した、ということです、か?」

「はっはっは、陛下などとユーリオたんは他人行儀だな。余のことは愛し気にラグナと呼ばぬか。」

「正真正銘今の今まで他人です。ついでに言うと敵国の人間同士です。あと、そのユーリオ『たん』って呼ぶのは可能でしたら止めてもらえませんか?せめて呼び捨てでお願いします……」

「おっしゃっぁぁあ!ユーリオたん、いやユーリオから直々の呼び捨て請願!!どうだ貴様ら!やはり余が一番乗りであろうが!!」

 もうやだ、この魔王。ほんっと意味がわからない。
 前世知識だって仕事する前に匙投げ捨てるよ。

 疲れ切った気分のまま、僕は向かい合うソファーに腰掛けていた魔王がガッツポーズを取りながら勢いよく立ち上がるのをただ眺めている。


 初夜だの何だのという場違いな言葉を発端に、不可解な場所――ベッドに腰かけた魔王の膝の上からソファーに席を移して聞かされた話は、あまりにも僕の理解を超えていたのだ。

 散々殺し合ってきた敵国同士の人間と魔族、だというのに、何が戦場で魔法的に見かけて一目惚れだ。
 ただの兵士同士ならまだ…………前世の世界でもよく物語の題材にはなっていたから、あるにはある?のかもしれないけれど、いくら何でも王様といち兵士なんて流石にフィクション極まってない?だいたい、僕と魔王の接点なんて全くないんだよ?

 絶対、嘘くさい。
 僕を混乱させて上げて落としてからの拷問処刑コース、その為の布石と見るのが自然だよね。

 頭の中でそう結論を出す間にも、魔王が腰かけていたソファーの背後に立つ一人の魔族と、その背もたれに前足を引っ掛けるようにして乗り上がっている一匹が口々に声を上げる。

「最初に見つけたのは私ですからね。その点、盛大な謝意を示してくださってもよろしいのでは?」

「魔王様ズルいわー。ユーリオたんとまともにお話ししてるの、まだ魔王様だけですのに。でもでも、ほーらユーリオたんのあの目、めっちゃ疑われてますって!魔王様の信頼感ゼロッスね!ふきゃきゃっ!」

 ちょ、そこの喋る兎ぃい!?何をばらしてくれたわけ!?というより、何でバレてる!?僕はきちんと無表情を貫いているはずなのに!

 ここで魔王の不興を買ったら、予定よりも更に酷く嬲られて殺される。
 そんな予感に冷や汗が背を伝うけれど、十数年近くかけて培った表情筋は幸いにも僕を裏切ることはなかった。
 だから、その灰色兎の言葉にも僕は何一つ反応を見せることなく、無言を通すことができたわけだ。

 優越感を滲ませたまま臣下たちを見下ろしている魔王も、特に気分を害した様子はなさそうで。

「ふっ、そんなもの些末さまつな事よ。」

 そう一言嗤って告げた後、その蒼い光の灯った双眸を僕に向けながら、耳にするだけなら聞き惚れそうにもなる低く落ち着いた深みのある声音で、彼は断言したのだ。


「肌を重ね、熱を交わせば、嫌でもわかることなのだからな。」


 楽しみだろう?と付け足して口元にニヤリと笑みを刻む魔王を前に、僕は思わず目元を引きつらせながら自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
 考えたくない、考えたくないけれど……でもこんな時に限って、僕の頼みの綱は勝手に教えてくれるのだ。


 これ、殺される前に犯されるコース決定だね、って。



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