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第三章 魔王様の専属シェフとお猫様の日常
魔王様の専属シェフは、のんびりと仕事をする
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今日は何を作ろうかと厨房で悩んでいると、隣の執務室が何やら慌ただしいことに気が付いた。
「また部下さんたちが来ているのかな?」
ここ数日、ジャル様は特に忙しくしていた。なんでも、人族が魔王国に侵攻してきたことに対する賠償の内容をまとめているらしい。
人族の国が魔王国を攻撃したと報告が来てから一日と経たずに解決したこととはいえ、戦争を仕掛けられたことには変わりない。国境を守る砦が一部破壊されたくらいで怪我人もなかったとしても。
むしろ攻撃の余波で近くの森が火事になったことが一番の被害だったようだ。消火はそこそこ早く終わったらしいのだけれど、その森に生息していた魔獣が逃げ出して近隣の村に被害が出たのだという。
こちらには砦からだけでなく近隣に駐在していた騎士様や魔法師の方々が派遣されて、今では無事落ち着きを取り戻しているとのことだ。一昨日、ジャル様と報告に来た部下の方が話していた。
そういえばその部下の方にクッキーを差し入れたのだけど、とても喜んでくれた。なんでも最近は働き詰めで、食事らしい食事を摂っていなかったそうだ。
だから私は、ジャル様の執務室に長持ちする焼き菓子類を常備してもいいか彼に尋ねた。ジャル様の元を訪れる部下の方々が少しでも小休憩できるようにと。
この提案にはジャル様も快く賛成してくれた。ジャル様も疲れの見える部下たちのことを心配していたみたいだ。
「本当はきちんと休ませたいのですが、ウォルフが関わっている疑惑がある以上、仕事を任せられる者が限られてしまうのですよね」
ジャル様がそう言って申し訳なさそうに眉をへにょりと下げていたのも記憶に新しい。
うん、本当に尊敬できる上司だ。王様だけど。
「でも、ジャル様も魔族の方の例に漏れずちょっぴり子供舌なんだよね。繊細なお料理ももちろん好きみたいだけど」
初仕事の日に作ったオムライスをジャル様はいたく気に入っていた。一週間に一回作るくらいには。
「正直飽きないのかな? って思うけど、嬉しそうに食べてくれるのなら他の料理を勧めるなんて無粋なこともできないしなぁ」
だけどそろそろ、オムライス以外の食べたいものを作ってもらいたい。いや、ハンバーグとか魚のフライとかもリクエストされるけど、それも結局初仕事で作ったお子様ランチのメニューだ。
「今日はその辺に全然掠らない料理を作りたいね。となると、お野菜がメインになるかな。ブイヨンもいい感じに育ってきてるし、確か昨日美味しそうなソーセージも納品してもらってるんだよね。なら……シンプルにポトフにしよう」
ちょうど材料の野菜類も揃っている。だけど、体の大きいジャル様には少々満足感が足りないかもしれない。
「お腹に溜まるデザートとかも作ろうかな。ナプリアがたくさんあったし、パイにしよう」
ナプリアとは、前世でいうところのいわゆるリンゴだ。ナプリアはリンゴに比べて少し固く、酸味が強い品種が主に栽培されている。つまり、アップルパイならぬナプリアパイを作るには相性が良いのだ。
「ナプリアパイの反応が良かったら、タルトタタンも作ろうっと」
本日のメニューが決まったので、私は早速調理を開始する。ポトフは作るのにそこまで手間が掛からないからいいが、問題はナプリアパイの方だ。
「生地を休ませる時間が必要だからね」
そういうわけなので、私はまずパイ生地から作り始めた。
材料はシンプルなもので、エルブ粉、レマバター、水、塩だ。
「ここにあるエルブ粉って、たぶん薄力粉なんだよね」
何度かクッキーを作っているし、試食した時もサクッと軽い食感だったのでおそらく間違いない。パイを作るなら中力粉や強力粉に類するものが欲しくなる。今日は仕方がないので薄力粉で作るけれど。
エルブ粉とレマバター、少しの塩をさくさくと混ぜながら、私は小さく呟いた。
「今度厨房の人に話を聞いてみようかな」
専属シェフとして働くうちに、ある意味必然というか厨房の方々とも仲良くなった。彼らとはお城で使っているソースや調味料、料理の話なんかで盛り上がることがしばしばだ。
ケチャップのことを厨房の人に話したところ、味付けを改良した上にあっという間にたくさん作られたりもした。そういうこともあり、週一のオムライス作りが楽になったのだ。
「新しい調味料を作る時は、厨房の人と一緒にしたらよさそう」
アドバイスももらえるし、相談だってすぐにできる。みんな美味しいものを作ることに並々ならぬ情熱を持っているので、新参者である私の話もよく聞いてくれるのだ。
「今度はマヨネーズを作ってみよう。野菜スティックにマヨネーズを付けて食べるのもいいけど、お魚のフライにタルタルソースを添えたいんだよね」
今は何にでもケチャップを付けているから、そろそろソースのバリエーションが欲しいと思っていたところだ。
そんなふうにタルタルソースに思いを馳せている間に、エルブ粉とレマバターがいい具合に混ざった。あとはここに水を入れて切るように混ぜ、ひとまとめにしてから冷蔵庫で寝かせる。ラップなんて便利用品はないから、生地が乾燥しないように濡れ布巾を掛けておこう。
「生地を寝かせている間に野菜の下拵えと、あとはフィリングを作らないと」
まだまだやることはたくさんある。
私は腕まくりをして気合いを入れ直し、まずはつやつやのナプリアに手を伸ばした。
「また部下さんたちが来ているのかな?」
ここ数日、ジャル様は特に忙しくしていた。なんでも、人族が魔王国に侵攻してきたことに対する賠償の内容をまとめているらしい。
人族の国が魔王国を攻撃したと報告が来てから一日と経たずに解決したこととはいえ、戦争を仕掛けられたことには変わりない。国境を守る砦が一部破壊されたくらいで怪我人もなかったとしても。
むしろ攻撃の余波で近くの森が火事になったことが一番の被害だったようだ。消火はそこそこ早く終わったらしいのだけれど、その森に生息していた魔獣が逃げ出して近隣の村に被害が出たのだという。
こちらには砦からだけでなく近隣に駐在していた騎士様や魔法師の方々が派遣されて、今では無事落ち着きを取り戻しているとのことだ。一昨日、ジャル様と報告に来た部下の方が話していた。
そういえばその部下の方にクッキーを差し入れたのだけど、とても喜んでくれた。なんでも最近は働き詰めで、食事らしい食事を摂っていなかったそうだ。
だから私は、ジャル様の執務室に長持ちする焼き菓子類を常備してもいいか彼に尋ねた。ジャル様の元を訪れる部下の方々が少しでも小休憩できるようにと。
この提案にはジャル様も快く賛成してくれた。ジャル様も疲れの見える部下たちのことを心配していたみたいだ。
「本当はきちんと休ませたいのですが、ウォルフが関わっている疑惑がある以上、仕事を任せられる者が限られてしまうのですよね」
ジャル様がそう言って申し訳なさそうに眉をへにょりと下げていたのも記憶に新しい。
うん、本当に尊敬できる上司だ。王様だけど。
「でも、ジャル様も魔族の方の例に漏れずちょっぴり子供舌なんだよね。繊細なお料理ももちろん好きみたいだけど」
初仕事の日に作ったオムライスをジャル様はいたく気に入っていた。一週間に一回作るくらいには。
「正直飽きないのかな? って思うけど、嬉しそうに食べてくれるのなら他の料理を勧めるなんて無粋なこともできないしなぁ」
だけどそろそろ、オムライス以外の食べたいものを作ってもらいたい。いや、ハンバーグとか魚のフライとかもリクエストされるけど、それも結局初仕事で作ったお子様ランチのメニューだ。
「今日はその辺に全然掠らない料理を作りたいね。となると、お野菜がメインになるかな。ブイヨンもいい感じに育ってきてるし、確か昨日美味しそうなソーセージも納品してもらってるんだよね。なら……シンプルにポトフにしよう」
ちょうど材料の野菜類も揃っている。だけど、体の大きいジャル様には少々満足感が足りないかもしれない。
「お腹に溜まるデザートとかも作ろうかな。ナプリアがたくさんあったし、パイにしよう」
ナプリアとは、前世でいうところのいわゆるリンゴだ。ナプリアはリンゴに比べて少し固く、酸味が強い品種が主に栽培されている。つまり、アップルパイならぬナプリアパイを作るには相性が良いのだ。
「ナプリアパイの反応が良かったら、タルトタタンも作ろうっと」
本日のメニューが決まったので、私は早速調理を開始する。ポトフは作るのにそこまで手間が掛からないからいいが、問題はナプリアパイの方だ。
「生地を休ませる時間が必要だからね」
そういうわけなので、私はまずパイ生地から作り始めた。
材料はシンプルなもので、エルブ粉、レマバター、水、塩だ。
「ここにあるエルブ粉って、たぶん薄力粉なんだよね」
何度かクッキーを作っているし、試食した時もサクッと軽い食感だったのでおそらく間違いない。パイを作るなら中力粉や強力粉に類するものが欲しくなる。今日は仕方がないので薄力粉で作るけれど。
エルブ粉とレマバター、少しの塩をさくさくと混ぜながら、私は小さく呟いた。
「今度厨房の人に話を聞いてみようかな」
専属シェフとして働くうちに、ある意味必然というか厨房の方々とも仲良くなった。彼らとはお城で使っているソースや調味料、料理の話なんかで盛り上がることがしばしばだ。
ケチャップのことを厨房の人に話したところ、味付けを改良した上にあっという間にたくさん作られたりもした。そういうこともあり、週一のオムライス作りが楽になったのだ。
「新しい調味料を作る時は、厨房の人と一緒にしたらよさそう」
アドバイスももらえるし、相談だってすぐにできる。みんな美味しいものを作ることに並々ならぬ情熱を持っているので、新参者である私の話もよく聞いてくれるのだ。
「今度はマヨネーズを作ってみよう。野菜スティックにマヨネーズを付けて食べるのもいいけど、お魚のフライにタルタルソースを添えたいんだよね」
今は何にでもケチャップを付けているから、そろそろソースのバリエーションが欲しいと思っていたところだ。
そんなふうにタルタルソースに思いを馳せている間に、エルブ粉とレマバターがいい具合に混ざった。あとはここに水を入れて切るように混ぜ、ひとまとめにしてから冷蔵庫で寝かせる。ラップなんて便利用品はないから、生地が乾燥しないように濡れ布巾を掛けておこう。
「生地を寝かせている間に野菜の下拵えと、あとはフィリングを作らないと」
まだまだやることはたくさんある。
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