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第一章 田舎娘とお猫様の日常

田舎娘は、魔獣と遭遇する

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 マロンを我が家に迎え入れてから、もう一週間が経った。

 初めは村人たちからもマロンに対して疑惑の目が向けられていたけど、今ではすっかりその愛らしさの虜だ。体も洗ってブラッシングもしたから、つるふかふわふわのボディにみんなメロメロである。

 そんなテスの村のアイドルとなったマロンだが、基本的には私と一緒に行動している。

 前世では完全室内飼いだったから、私が外出する時には家にお留守番をさせようと思っていた。だがなんとこの子、勝手に扉を開けて外に出てしまうのだ。だからもう諦めて、私にくっ付いて来るように言い聞かせている。

 今日も今日とて、私はマロンと共に森に食料の調達に来ていた。そういえば六日ほど前から、魔獣の姿がちらほら見られるようになったので、お父さんたちも狩りを再開している。今日は大物のベルギアルを仕留めていた。これで冬場の食料に困ることはないだろう。

 さて、私もたくさん採取しないと。今日はユキイチゴを採りに行こうかな。

「マロン、行くよ」
「ニッ」

 愛猫に声を掛け、二人並んで森の奥へと向かった。



 魔獣が活動を再開した森は、確かに生き物の気配がそこかしこに漂っていた。普通ならこんな森に武器すら持たずに入るのは自殺行為以外の何ものでもないんだろうけど、私たち人族にはとても強力なお守りが国から配られているのだ。そのお守りというのが、シンプルな作りのチョーカーである。

 このチョーカーには魔獣避けの魔法が込められており、それを身に着けることで、人族である私たちは危険な生物が跋扈する魔王国内であっても平和に生活できているのだ。これもひとえに現魔王様の尽力の賜物だった。
 現魔王様は他にも、人族に対して魔獣用の魔道具などを定期的に支給する制度を作った。そのおかげで、脆弱な人族でも魔獣を狩って暮らしの糧にすることができるようになったのだ。

 そういえば神王国から来た人族の商人のおじさんが、魔王国みたいに何かしら対策をして欲しいと愚痴をこぼしていたのが記憶に新しい。
 神王国では人族への福祉が魔王国ほど行き渡っていないそうだ。十年前に代替わりした神王様がその辺りの政策を熱心に推し進めているらしいけど、未だ目に見える効果は現れていないのだという。
 魔王国はずっと昔から人族に対しての福祉が整っていて羨ましい、と商人のおじさんが言っていたのを聞いて、私は魔王国民として少し誇らしくなったことを思い出した。

 そんな人族にも手厚い福祉を与えてくれる魔王国だけど、力の源が違うのか神王国由来の神獣相手だとチョーカーや魔道具は効果を発揮しない。だからあの時お父さんは、神獣を見掛けたらすぐに逃げろと私に言ったのだ。
 まあ、森も正常に戻ったみたいだから、もう神獣を警戒する必要はないだろう。それよりは、魔獣を興奮させないように慎重に行動する方が得策だ。
 そんな私の緊張が伝わったのか、どうやらマロンも周囲に気を配っているらしく、可愛いお耳をぴこぴこと動かしていた。

 それからさほど時間を掛けずにユキイチゴの群生地に到着した私は、背負っていた籠を下ろしてから果実を摘み始めた。

 ユキイチゴはその名にユキ(雪)と付いている通り、冬に実るころんとした真っ白な見た目のフルーツだ。果肉は柔らかくジューシーで、酸味と甘味の塩梅が絶妙だ。綺麗に洗ってそのまま食べるのももちろん美味しいのだが、ジャムにするのが一番好きだ。あと、サラダに入れても抜群に美味しい。
 来年もたくさん実るように適切だと思える量を摘んでいた私の視線の先に、揺れる葉っぱにじゃれつくマロンがいる。ふりふりと尻尾を揺らし、体を低くして飛びかかる様子は相も変わらず可愛い。

 そうだ、今年の冬ごもりでは猫じゃらしも一緒に作ろう。マロンは遊ぶのが大好きだから、きっと喜んでくれるはずだ。

 これからのことを考えるとニヤニヤが止まらない。自然とふんふんと鼻歌を口ずさみながら作業を進めていると、背後からガサガサという音が聞こえてきた。

「え、マロン?」

 まさか私の目の届かない所に行こうとしていないよね?
 そう思って慌てて顔を上げると、そこには可愛い我が愛猫ではなく、この辺りでは見たことのない魔獣が立っていた。

「ふぇ?」

 その魔獣は、見た目は前世で言うところの馬に似ている。ただ馬よりは鼻が短いし、耳も大きい。体は真っ黒で、目は真っ赤。更に額から一本、目と同じ色をした立派な角が生えている。
 魔獣はふんふんと鼻息を荒くして地面を前足で蹴っている。その姿は今にも私に飛び掛かろうとしているかのようだ。
 というか、本当に飛び掛かってくるかもしれない。それほどまでに目の前の魔獣は興奮しているようだった。

 こうなった状態の魔獣と出会ってしまうと、チョーカーの効果もほとんど発揮されない。だから人族はすぐに逃げるか魔道具で対抗するかしかないんだけれど、あいにくと今は目眩まし用の光玉すら携帯していなかった。

 なるほど、これは万事休すというやつだな。

 なんて現実逃避している場合じゃない。せめてこの魔獣から逃げる努力はしないと!
 しかし、見れば見るほど足が速そうな魔獣だ。ここが動きにくい森の中ということだけが幸いだろうか。

 マロンのためにも生きることを諦めないと決意している私は、籠もその場に置いたまま、じりじりと森の出口へと後ずさる。そうだ、マロンは無事だろうか。魔獣に驚いて先に逃げてくれているといいんだけど。
 そんな私の期待は、あっさりと打ち砕かれた。なんとマロンは魔獣の前に躍り出て、今までで一番尻尾をぽんぽこさせて威嚇し始めたのだ。

「マロン! 戦おうとしなくていいから、お願いだから逃げて!」

 しかしマロンは、私の言葉に従ってくれなかった。

「フシャー!」

 勇ましい声を上げたマロンは自分の何十倍も大きな魔獣に飛び掛かると、右前足を素早く繰り出した。

 それはいわゆる猫パンチ。やたらといい音だけがする、あまり痛くない……いや、時々痛いこともあるアレ。もしもパンチが見事に命中したところで魔獣相手には一切のダメージが入らないであろう、ただ可愛いだけの攻撃。

 ぽふ、とマロンの肉球が魔獣の体に触れた。私がそう認識したその時。


 ドスッ! バキバキバキ! ズドォーン!


 という大きな音を立てて、魔獣の体がものの見事に吹っ飛んでいった。

「……は?」

 目の前に広がる光景に理解が追い着かない。え、マロンったら猫パンチで魔獣を倒した? やだ、うちの子超強い……。

「……じゃなくて! 今の何!?」

 私の視線の先にある木が何本もなぎ倒されている。もはや魔獣の姿さえ見えないけれど、いったいどこまで飛ばされたのだろうか。
 猫パンチの威力を目の当たりにして呆然と立ち尽くしていると、私の足にマロンが体を擦りつけてきた。

「ニャァンッ」

 マロンがなんだか誇らしげな声で鳴くので、私は反射的に彼女を抱っこしていた。相変わらず温かい体だ。肉球だってプニプニしている。この柔らかいお手々であんな猫パンチを繰り出しただなんて、とても信じられない。

「……とは言っても、私の目の前で起こった現実なんだよなぁ」

 ベキベキに倒れた木がそれを物語っている。

「……うん、お父さんたちには黙っておこう」

 ああでも、この辺で見ない魔獣が出たってことだけはきちんと言っておかないとね。
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