上 下
6 / 67

第六話 過去の影

しおりを挟む
「城戸。ちょっといいか?」
「おお、間嶋氏じゃん。どしたの?」
「いや、ちょっとここじゃ…」
「ほいほい。んじゃ、ちょっと待ってね。うん。よしっと。じゃあ休憩スペースでも行く?」

作成していたデータを保存し、私は間嶋氏とともに休憩スペースに移動した。間嶋氏はポケットから小銭を取り出すと「いつものでいいか?」と訊いて、私に無糖の紅茶を買ってくれた。
……優しい。さすがパーフェクトヒューマン!

私はお礼を言って紅茶を受け取った。
オフィスで話せないとなれば私的プライベートの話だろうとあたりをつけ、間嶋氏に紗耶香と喧嘩でもしたのかと尋ねた。

「いや、うちの事じゃない。お前の事だよ。……A社の案件のPプロジェクトMマネージャってお前だろ?担当営業は俺と杉山なんだけどさ」

「ん、そうみたいだね。で?」

「当然知っていると思うけど、A社の本社は名古屋にある。だから、名古屋支社も東京本社こっちと連動して動く事になったんだ。…お前大丈夫か?」

「ああ、名古屋支社あっちからは富永さん…富永部長が出るみたいだね。もしかして心配してくれてるの?さすが間嶋氏。やっさしー」

「いや冗談じゃなくて。本当に大丈夫かよ?いくら別れてから何年も経ってるとはいえ、さすがに気まずいだろ?他の奴に代わってもらうか?
…言い辛いんだけどさ。あの人、昨年離婚したらしいんだ。この案件絡みで電話した時、本人がそう言ってた。その後お前は元気かって訊いてきたんだ。何だか嫌な予感がするんだよ。あの人また…」

「大丈夫だよ。仕事だもん。公私混同はしない。あの人もそういう人だよ。心配してくれてありがとうね。でも本当に大丈夫だから。私も馬鹿じゃないから、同じ過ちは繰り返さないよ。……しっかし、驚いたなあ。離婚しちゃったんだ?あの人。あんなに家族を大事にしてたのに」

ちょうどその時、間嶋氏のスマホが鳴った。間嶋氏は液晶画面に表示された名前を見て、間が悪いなと顔を顰めた。そして口早に、あっちはまだお前に未練があるみたいだから気を付けろよと言い残し、スマホを片手に去って行った。

「……あんなに奥さん大事にしていたのに、離婚しちゃったんだぁ。もしかして名古屋支店あっちでまた若い子と浮気したとか?今度は家族を捨ててもいいくらい本気になっちゃったのかな?……ふふふっ。何だか笑っちゃうんだけど」

空漠たる思いを抱えながら、暫くの間、私はぼんやり天井を眺めていた。
その時も突き刺さるような視線で見られていたようなのだが、虚無感で一杯だった私がそれに気付く事はなかった。



***



それからひと月後。私はA社との打ち合わせの為、担当営業の間嶋氏と杉山さん、そしてサブPMの一ノ瀬君とともに名古屋に出張に来ていた。


私達の会社は情報通信業を核とする大手企業だ。系列会社では、携帯電話産業など様々な事を行っているが、私達が努めている会社はその母体となる会社で、主に固定電話関係のサービスやネット環境の整備、そして法人・個人に拘わらずデータ管理やセキュリティーのサポート、法人向けの業務システムなどを取り扱っている。

そんな中で私が所属しているのは、法人の業務システムを取り扱う部署。法人営業デジタルソリューション部だ。

私の仕事は、コールセンターに導入するシステムや病院のナースコール、ホテルの予約システム等々、様々な業務システムを取り扱うSシステムEエンジニアだ。

SEとはいっても、直接私がシステムを構築する訳ではない。
他の会社の事は分からないが。うちの会社の場合、私達SEはシステム導入の『設計・管理』を任されている。
営業と共に顧客クライアントと相対し、相手側の要求をヒヤリングする。そして要求に出来るだけ添えるようシステムの費用や開発期間を算出し、それらを書類に纏めて顧客クライアントに提案する。顧客クライアントが合意すれば、システムの仕様変更を詳細に設計し、構築等の細かい仕事をベンダーさんに依頼するのだ。
工事終了までの進捗状況の管理もSEの仕事だから、システムの動作確認が終えるまでは責任者として携わる。


私はこの案件のPMだから、これまで何度もA社側の担当さんと電話やメール、WEB会議等で打ち合わせを重ねてきた。今回は双方の顔合わせを兼ねた打ち合わせで、詳細を詰める為に名古屋までやってきたのだ。

打ち合わせ自体はスムーズに終わった。A社側の担当さんが気をきかせて飲みに誘ってくれたのだが、私は行くべきかどうか悩んでいた。何故なら、この場には3年前に別れた元彼…富永部長がいるからだ。目が合わないよう気をつけてはいるが、時々彼が強い眼差しで私を見ている事には気付いていた。



今朝、名古屋支社で3年ぶりに彼と再会した時、心臓を鷲掴みされるような感覚を覚えた。別れてから随分経つというのに、目頭が熱くなり、唇が震え、涙が溢れそうになった。

それなのに、彼はまるで睨みつけるような強い視線を私に向けてきた。意味が分からず、戸惑いを隠せなかった私は、一ノ瀬君に話しかけられるまで動く事すらできなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

久遠、淫靡

BL
モデルでドマゾな「叶(かなめ)」が恋人でドサドの「慎弥(しんや)」と久しぶりに再会し、容赦のない濃密なSMプレイで濃厚な夜を過ごす話。徹底的に受けが責められる内容です。 コミッションにて執筆させていただいた作品の再掲で、キャラクターの人物像・設定等はご依頼主様に帰属します。ありがとうございました! pixiv/ムーンライトノベルズにも同作品を投稿しています。 なにかありましたら(web拍手)  http://bit.ly/38kXFb0 Twitter垢・拍手返信はこちらから行っています  https://twitter.com/show1write

お風呂でまったりしてたら触手にイタズラされてお風呂から上がったら今度はお隣の年下男子(と触手♡)に気持ちよくされちゃう話

AIM
恋愛
疲れた……ムラムラする……と思っていたらお風呂に触手(?)が現れた!? なのにそれはすぐに消えちゃって悶々としてしまう。すると今後はお隣の男の子が訪ねて来て、こんな遅い時間にどうしたんだろうと思って招き入れたら「そんな格好、襲ってって言ってる様なもんですよね?」なんて言われていきなり触手で拘束されてしまって……。 隣の部屋でヒロインのオナニーを聞いて悶々としていたヒーロー(触手魔人と人間のハーフ)がヒロインを気持ちよく癒して溺愛するお話。 ただのエロと重たい愛で構成されています。 ※ヒロインが若干下品に喘ぎますので苦手な方は注意!

浮気疑惑でオナホ扱い♡

恋愛
穏和系執着高身長男子な「ソレル」が、恋人である無愛想系爆乳低身長女子の「アネモネ」から浮気未遂の報告を聞いてしまい、天然サドのブチギレセックスでとことん体格差わからせスケベに持ち込む話。最後はラブラブです。 コミッションにて執筆させていただいた作品で、キャラクターのお名前は変更しておりますが世界観やキャラ設定の著作はご依頼主様に帰属いたします。ありがとうございました! ・web拍手 http://bit.ly/38kXFb0 ・X垢 https://twitter.com/show1write

《R18》このおんな危険人物ゆえ、俺が捕まえます

ぬるあまい
恋愛
「……お願いします。私を買ってください」 身体を震わせながら、声を震わせながら、目の前の女は俺にそう言ってきた……。 【独占欲強め警察官×いじめられっ子女子大生】 ※性器の直接的な描写や、成人向けの描写がふんだんに含まれていますので閲覧の際はお気をつけください。

快楽のエチュード〜父娘〜

狭山雪菜
恋愛
眞下未映子は、実家で暮らす社会人だ。週に一度、ストレスがピークになると、夜中にヘッドフォンをつけて、AV鑑賞をしていたが、ある時誰かに見られているのに気がついてしまい…… 父娘の禁断の関係を描いてますので、苦手な方はご注意ください。 月に一度の更新頻度です。基本的にはエッチしかしてないです。 こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

温泉旅行で先生を誘惑したら溜まりに溜まった激重野獣セックスでわからせられる話

トリイチ
恋愛
高校時代から密かに付き合っていた体育教師の柴坂先生と初めての温泉旅行、キス以上の進展を期待する冬羽は気合を入れて旅行に臨むが──? pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantiaにも投稿しております。 【https://fantia.jp/fanclubs/501495】

【本編完結】【R18】体から始まる恋、始めました

四葉るり猫
恋愛
離婚した母親に育児放棄され、胸が大きいせいで痴漢や変質者に遭いやすく、男性不信で人付き合いが苦手だった花耶。 会社でも高卒のせいで会社も居心地が悪く、極力目立たないように過ごしていた。 ある時花耶は、社内のプロジェクトのメンバーに選ばれる。だが、そのリーダーの奥野はイケメンではあるが目つきが鋭く威圧感満載で、花耶は苦手意識から引き気味だった。 ある日電車の運休で帰宅難民になった。途方に暮れる花耶に声をかけたのは、苦手意識が抜けない奥野で… 仕事が出来るのに自己評価が低く恋愛偏差値ゼロの花耶と、そんな彼女に惚れて可愛がりたくて仕方がない奥野。 無理やりから始まったせいで拗らせまくった二人の、グダグダしまくりの恋愛話。 主人公は後ろ向きです、ご注意ください。 アルファポリス初投稿です。どうぞよろしくお願いします。 他サイトにも投稿しています。 かなり目が悪いので、誤字脱字が多数あると思われます。予めご了承ください。 展開はありがちな上、遅めです。タグ追加可能性あります。 7/8、第一章を終えました。 7/15、第二章開始しました。 10/2 第二章完結しました。残り番外編?を書いて終わる予定です。

1泊2日のバスツアーで出会った魔性の女と筋肉男

狭山雪菜
恋愛
富士川紗英は、32歳の社会人。 疲れた身体を癒そうと、自宅のポストに入っていた葡萄狩りツアーに申し込む。 バスツアー当日に出会った、金田郁也と意気投合して… こちらの作品は「小説家になろう」に掲載しております。

処理中です...