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第六話 過去の影
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「城戸。ちょっといいか?」
「おお、間嶋氏じゃん。どしたの?」
「いや、ちょっとここじゃ…」
「ほいほい。んじゃ、ちょっと待ってね。うん。よしっと。じゃあ休憩スペースでも行く?」
作成していたデータを保存し、私は間嶋氏とともに休憩スペースに移動した。間嶋氏はポケットから小銭を取り出すと「いつものでいいか?」と訊いて、私に無糖の紅茶を買ってくれた。
……優しい。さすがパーフェクトヒューマン!
私はお礼を言って紅茶を受け取った。
オフィスで話せないとなれば私的の話だろうとあたりをつけ、間嶋氏に紗耶香と喧嘩でもしたのかと尋ねた。
「いや、うちの事じゃない。お前の事だよ。……A社の案件のPMってお前だろ?担当営業は俺と杉山なんだけどさ」
「ん、そうみたいだね。で?」
「当然知っていると思うけど、A社の本社は名古屋にある。だから、名古屋支社も東京本社と連動して動く事になったんだ。…お前大丈夫か?」
「ああ、名古屋支社からは富永さん…富永部長が出るみたいだね。もしかして心配してくれてるの?さすが間嶋氏。やっさしー」
「いや冗談じゃなくて。本当に大丈夫かよ?いくら別れてから何年も経ってるとはいえ、さすがに気まずいだろ?他の奴に代わってもらうか?
…言い辛いんだけどさ。あの人、昨年離婚したらしいんだ。この案件絡みで電話した時、本人がそう言ってた。その後お前は元気かって訊いてきたんだ。何だか嫌な予感がするんだよ。あの人また…」
「大丈夫だよ。仕事だもん。公私混同はしない。あの人もそういう人だよ。心配してくれてありがとうね。でも本当に大丈夫だから。私も馬鹿じゃないから、同じ過ちは繰り返さないよ。……しっかし、驚いたなあ。離婚しちゃったんだ?あの人。あんなに家族を大事にしてたのに」
ちょうどその時、間嶋氏のスマホが鳴った。間嶋氏は液晶画面に表示された名前を見て、間が悪いなと顔を顰めた。そして口早に、あっちはまだお前に未練があるみたいだから気を付けろよと言い残し、スマホを片手に去って行った。
「……あんなに奥さん大事にしていたのに、離婚しちゃったんだぁ。もしかして名古屋支店でまた若い子と浮気したとか?今度は家族を捨ててもいいくらい本気になっちゃったのかな?……ふふふっ。何だか笑っちゃうんだけど」
空漠たる思いを抱えながら、暫くの間、私はぼんやり天井を眺めていた。
その時も突き刺さるような視線で見られていたようなのだが、虚無感で一杯だった私がそれに気付く事はなかった。
***
それからひと月後。私はA社との打ち合わせの為、担当営業の間嶋氏と杉山さん、そしてサブPMの一ノ瀬君とともに名古屋に出張に来ていた。
私達の会社は情報通信業を核とする大手企業だ。系列会社では、携帯電話産業など様々な事を行っているが、私達が努めている会社はその母体となる会社で、主に固定電話関係のサービスやネット環境の整備、そして法人・個人に拘わらずデータ管理やセキュリティーのサポート、法人向けの業務システムなどを取り扱っている。
そんな中で私が所属しているのは、法人の業務システムを取り扱う部署。法人営業デジタルソリューション部だ。
私の仕事は、コールセンターに導入するシステムや病院のナースコール、ホテルの予約システム等々、様々な業務システムを取り扱うSEだ。
SEとはいっても、直接私がシステムを構築する訳ではない。
他の会社の事は分からないが。うちの会社の場合、私達SEはシステム導入の『設計・管理』を任されている。
営業と共に顧客と相対し、相手側の要求をヒヤリングする。そして要求に出来るだけ添えるようシステムの費用や開発期間を算出し、それらを書類に纏めて顧客に提案する。顧客が合意すれば、システムの仕様変更を詳細に設計し、構築等の細かい仕事をベンダーさんに依頼するのだ。
工事終了までの進捗状況の管理もSEの仕事だから、システムの動作確認が終えるまでは責任者として携わる。
私はこの案件のPMだから、これまで何度もA社側の担当さんと電話やメール、WEB会議等で打ち合わせを重ねてきた。今回は双方の顔合わせを兼ねた打ち合わせで、詳細を詰める為に名古屋までやってきたのだ。
打ち合わせ自体はスムーズに終わった。A社側の担当さんが気をきかせて飲みに誘ってくれたのだが、私は行くべきかどうか悩んでいた。何故なら、この場には3年前に別れた元彼…富永部長がいるからだ。目が合わないよう気をつけてはいるが、時々彼が強い眼差しで私を見ている事には気付いていた。
今朝、名古屋支社で3年ぶりに彼と再会した時、心臓を鷲掴みされるような感覚を覚えた。別れてから随分経つというのに、目頭が熱くなり、唇が震え、涙が溢れそうになった。
それなのに、彼はまるで睨みつけるような強い視線を私に向けてきた。意味が分からず、戸惑いを隠せなかった私は、一ノ瀬君に話しかけられるまで動く事すらできなかった。
「おお、間嶋氏じゃん。どしたの?」
「いや、ちょっとここじゃ…」
「ほいほい。んじゃ、ちょっと待ってね。うん。よしっと。じゃあ休憩スペースでも行く?」
作成していたデータを保存し、私は間嶋氏とともに休憩スペースに移動した。間嶋氏はポケットから小銭を取り出すと「いつものでいいか?」と訊いて、私に無糖の紅茶を買ってくれた。
……優しい。さすがパーフェクトヒューマン!
私はお礼を言って紅茶を受け取った。
オフィスで話せないとなれば私的の話だろうとあたりをつけ、間嶋氏に紗耶香と喧嘩でもしたのかと尋ねた。
「いや、うちの事じゃない。お前の事だよ。……A社の案件のPMってお前だろ?担当営業は俺と杉山なんだけどさ」
「ん、そうみたいだね。で?」
「当然知っていると思うけど、A社の本社は名古屋にある。だから、名古屋支社も東京本社と連動して動く事になったんだ。…お前大丈夫か?」
「ああ、名古屋支社からは富永さん…富永部長が出るみたいだね。もしかして心配してくれてるの?さすが間嶋氏。やっさしー」
「いや冗談じゃなくて。本当に大丈夫かよ?いくら別れてから何年も経ってるとはいえ、さすがに気まずいだろ?他の奴に代わってもらうか?
…言い辛いんだけどさ。あの人、昨年離婚したらしいんだ。この案件絡みで電話した時、本人がそう言ってた。その後お前は元気かって訊いてきたんだ。何だか嫌な予感がするんだよ。あの人また…」
「大丈夫だよ。仕事だもん。公私混同はしない。あの人もそういう人だよ。心配してくれてありがとうね。でも本当に大丈夫だから。私も馬鹿じゃないから、同じ過ちは繰り返さないよ。……しっかし、驚いたなあ。離婚しちゃったんだ?あの人。あんなに家族を大事にしてたのに」
ちょうどその時、間嶋氏のスマホが鳴った。間嶋氏は液晶画面に表示された名前を見て、間が悪いなと顔を顰めた。そして口早に、あっちはまだお前に未練があるみたいだから気を付けろよと言い残し、スマホを片手に去って行った。
「……あんなに奥さん大事にしていたのに、離婚しちゃったんだぁ。もしかして名古屋支店でまた若い子と浮気したとか?今度は家族を捨ててもいいくらい本気になっちゃったのかな?……ふふふっ。何だか笑っちゃうんだけど」
空漠たる思いを抱えながら、暫くの間、私はぼんやり天井を眺めていた。
その時も突き刺さるような視線で見られていたようなのだが、虚無感で一杯だった私がそれに気付く事はなかった。
***
それからひと月後。私はA社との打ち合わせの為、担当営業の間嶋氏と杉山さん、そしてサブPMの一ノ瀬君とともに名古屋に出張に来ていた。
私達の会社は情報通信業を核とする大手企業だ。系列会社では、携帯電話産業など様々な事を行っているが、私達が努めている会社はその母体となる会社で、主に固定電話関係のサービスやネット環境の整備、そして法人・個人に拘わらずデータ管理やセキュリティーのサポート、法人向けの業務システムなどを取り扱っている。
そんな中で私が所属しているのは、法人の業務システムを取り扱う部署。法人営業デジタルソリューション部だ。
私の仕事は、コールセンターに導入するシステムや病院のナースコール、ホテルの予約システム等々、様々な業務システムを取り扱うSEだ。
SEとはいっても、直接私がシステムを構築する訳ではない。
他の会社の事は分からないが。うちの会社の場合、私達SEはシステム導入の『設計・管理』を任されている。
営業と共に顧客と相対し、相手側の要求をヒヤリングする。そして要求に出来るだけ添えるようシステムの費用や開発期間を算出し、それらを書類に纏めて顧客に提案する。顧客が合意すれば、システムの仕様変更を詳細に設計し、構築等の細かい仕事をベンダーさんに依頼するのだ。
工事終了までの進捗状況の管理もSEの仕事だから、システムの動作確認が終えるまでは責任者として携わる。
私はこの案件のPMだから、これまで何度もA社側の担当さんと電話やメール、WEB会議等で打ち合わせを重ねてきた。今回は双方の顔合わせを兼ねた打ち合わせで、詳細を詰める為に名古屋までやってきたのだ。
打ち合わせ自体はスムーズに終わった。A社側の担当さんが気をきかせて飲みに誘ってくれたのだが、私は行くべきかどうか悩んでいた。何故なら、この場には3年前に別れた元彼…富永部長がいるからだ。目が合わないよう気をつけてはいるが、時々彼が強い眼差しで私を見ている事には気付いていた。
今朝、名古屋支社で3年ぶりに彼と再会した時、心臓を鷲掴みされるような感覚を覚えた。別れてから随分経つというのに、目頭が熱くなり、唇が震え、涙が溢れそうになった。
それなのに、彼はまるで睨みつけるような強い視線を私に向けてきた。意味が分からず、戸惑いを隠せなかった私は、一ノ瀬君に話しかけられるまで動く事すらできなかった。
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