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それから絢斗の父親は、何度も私に頭を下げた。
息子夫婦が迷惑をかけた。気が済まないようなら、民事でも、刑事でも、訴えてくれて構わない。寧ろ、訴えてくれた方が、息子達にはいい薬になるだろう。自分達の言動が周囲にどう影響し、どういった結果を招くのか。身をもって理解させないと、彼等は一生ダメなままだと。
確かにその通りかもしれない。けれど、私には関係のない話だ。彼等が成長しようがしまいが、二度と関わるつもりがないのだから。
「吉澤さんが仰りたいことは分かります。ですが、訴える気はありません。訴えないと絢斗さんと約束しましたし、その約束を違えるつもりはありません」
「っ!しかし!これはあの子達が成長するきっかけになるのかもしれないだよ?」
絢斗の父親が焦ったように言い募る。その既視感のある仕草に、溜息が漏れた。
「…こんな事を親御さんの前で言うのは失礼かもしれませんが、私はもう彼等と関わりたくないんです。訴え出れば、彼等との関りが断てなくなる。余計な時間も手間もかかるし、逆恨みをされるかも知れない。何一つ得になりません。それに、絢斗さんは離婚を望んでいらっしゃるのですよね?」
「…そうだが」
「でしたら、私が訴えても意味がないと思います。仮に私が訴えたとしても、離婚していれば、絢斗さんには何の影響もありませんから」
本意を探るように、私はじっと絢斗の父親を見据えた。
「それは…そうかも知れないが。し…しかし、離婚すると言っても、子どもの事もある。すぐにとはいかないだろう?」
絢斗の父親は尤もらしい顔でそう言った。右の蟀谷を掻き、頻繁に瞬きしながら。それは都合の悪い事を誤魔化す時の絢斗のくせと同じだった。
「申し訳ありません。大変心苦しいのですが、何をどう言われても訴える気はありません。
…下衆の勘繰りかもしれませんが。どうしても私には、貴方が私を利用しようとしているようにしか感じられないのです。ご自身の手を汚さず、息子さんの奥様に報復する為に、訴えるよう私をけしかけているようにしか感じられない。…そんな不実な真似を、貴方のような社会的立場のある方がするわけがないですよね?すみません。失礼しました。
それでは、そろそろ昼休みも終わりますので、私はこれで失礼します」
矢継ぎ早にそう言って伝票を手に取り、私は席を立った。
絢斗の父親が苦虫を噛み潰したような顔をしながら「呼び出したのはこちらだから」と伝票に手を伸ばしてきた。けれど、私はそれに気付かない振りをした。
(似た者親子というか、この親にしてこの子ありというか。この人もかなり自分本位よね…)
絢斗の父親も、絢斗と一緒で、自分が『悪者』になりたくないのだ。
誰だって『悪者』にはなりたくはない。けれど、彼等のように、他人を利用してまで『良い人』で居続けるのは違う。
きっと彼は、嫁が不貞を働いて息子をコケにした事も、そのせいで妻が倒れた事も、許せなかったのだ。腸が煮えくり返る思いだったのに、自分が矢面に立つ気概はなかった。だから私を利用しようとした。
校長という立場柄、外聞を気にしたのかもしれないし、お腹の子が絢斗の子だった時の事を懸念したのかもしれない。それはまだ理解できる。だが、そこで私を利用しようとする神経が理解できない。今までの経緯を全て知っている筈なのに。私を何だと思っているのか?
あんな人達と縁続きにならなくてよかったとしみじみ思いながら、私は会社へと急いだ。
***
その日の終業時間間際、美優先輩と高遠が北海道出張から戻ってきた。
トラブルでもあったのか。直帰予定だった筈の二人は、キャリーケースを持ったままオフィスに現れ、荷物を自席に置いて、課長とともに姿を消した。
私が一時間程残業して帰宅準備をしていると、美優先輩が一人で戻って来た。
「美優先輩。何かあったんですか?」
「あー。ちょっとね。別に大したことじゃないのよ。こっちに非があるわけじゃないし。それなのに高遠が変に気にしちゃってさ。落ち込んでるみたいだから、後で慰めてやって」
いつも飄々としていて、ポジティブの塊みたいな高遠が落ちこむだなんて、一体何が起きたのか?
あからさまに動揺する私を見て、美優先輩が吹き出した。
「やっだー!まひちゃんったら超可愛い!高遠の事が心配なのね?うんうん。せっかくだから、詳細はあとで本人の口から聞きなさいね」
私が口を開くよりも早く、美優先輩は人差し指を立てて、ひみつと意味ありげに笑った。そんなお茶目な様子に、私は胸を撫で下ろした。
こう見えて、美優先輩は仕事に関してかなりシビアだ。美優先輩が軽口を叩けるということは、本当に大したトラブルではないのだろう。
そもそも美優先輩が同行していたのだから、始末書ものの失態なんか起きる筈もない。
(……んっ?始末書?)
「美優先輩!そう言えば、絢…吉澤主任の処分について聞きました?アレって、ちょっとどうなんでしょう?」
「ああ、聞いた聞いた。アレはないわよねぇ」
「はい。私もそう思います。アレはちょっと…」
「うちの常務と吉澤の父親が学生の頃からの友人らしいから、口添えしてもらったんだろうけどさぁ。それにしてもよね?あんな事をしでかした上、嫁の件もあったわけじゃん。それなのにあんな軽い処分って…。うちの会社ヤバくない?まあ、本当は揉み消したかったんだろうけど、さすがに警察入っちゃ無理よねぇ」
(へ?……軽い処分?警察が入った?ちょっと待って!あんな事ってどんな事?)
話が噛み合っていないことにはすぐに気付いたけれど、予想外の言葉の羅列に混乱して、暫く私は言葉を発することが出来なかった。
そんな私に気付くことなく、美優先輩は手元の書類に目を通しながら更に続けた。
「まあさ、吉澤の気持ちが分からないでもないのよ?デキ婚したのに、お腹の子が自分の子じゃないかも知れないってんだからさ。けどさ。人として、やっちゃダメな事ってあると思うのよ。例えどんなに虫の居所が悪くても、泥酔してても、人を殴っちゃダメよね。しかも病院送りにするとか。マジでありえない。
よく懲戒解雇にならなかったわよね?まあ会社も鬼じゃないから、少しは甘くなるかと思ってたけど。まさか、ここまで甘くなるなんてね」
「…人を殴ったんですか?しかも病院送りにしたんですか?あの絢斗が?」
(絢斗!貴方、一体いつキャラ変したのよ!そんなバイオレンスなキャラじゃなかったじゃない!)
息子夫婦が迷惑をかけた。気が済まないようなら、民事でも、刑事でも、訴えてくれて構わない。寧ろ、訴えてくれた方が、息子達にはいい薬になるだろう。自分達の言動が周囲にどう影響し、どういった結果を招くのか。身をもって理解させないと、彼等は一生ダメなままだと。
確かにその通りかもしれない。けれど、私には関係のない話だ。彼等が成長しようがしまいが、二度と関わるつもりがないのだから。
「吉澤さんが仰りたいことは分かります。ですが、訴える気はありません。訴えないと絢斗さんと約束しましたし、その約束を違えるつもりはありません」
「っ!しかし!これはあの子達が成長するきっかけになるのかもしれないだよ?」
絢斗の父親が焦ったように言い募る。その既視感のある仕草に、溜息が漏れた。
「…こんな事を親御さんの前で言うのは失礼かもしれませんが、私はもう彼等と関わりたくないんです。訴え出れば、彼等との関りが断てなくなる。余計な時間も手間もかかるし、逆恨みをされるかも知れない。何一つ得になりません。それに、絢斗さんは離婚を望んでいらっしゃるのですよね?」
「…そうだが」
「でしたら、私が訴えても意味がないと思います。仮に私が訴えたとしても、離婚していれば、絢斗さんには何の影響もありませんから」
本意を探るように、私はじっと絢斗の父親を見据えた。
「それは…そうかも知れないが。し…しかし、離婚すると言っても、子どもの事もある。すぐにとはいかないだろう?」
絢斗の父親は尤もらしい顔でそう言った。右の蟀谷を掻き、頻繁に瞬きしながら。それは都合の悪い事を誤魔化す時の絢斗のくせと同じだった。
「申し訳ありません。大変心苦しいのですが、何をどう言われても訴える気はありません。
…下衆の勘繰りかもしれませんが。どうしても私には、貴方が私を利用しようとしているようにしか感じられないのです。ご自身の手を汚さず、息子さんの奥様に報復する為に、訴えるよう私をけしかけているようにしか感じられない。…そんな不実な真似を、貴方のような社会的立場のある方がするわけがないですよね?すみません。失礼しました。
それでは、そろそろ昼休みも終わりますので、私はこれで失礼します」
矢継ぎ早にそう言って伝票を手に取り、私は席を立った。
絢斗の父親が苦虫を噛み潰したような顔をしながら「呼び出したのはこちらだから」と伝票に手を伸ばしてきた。けれど、私はそれに気付かない振りをした。
(似た者親子というか、この親にしてこの子ありというか。この人もかなり自分本位よね…)
絢斗の父親も、絢斗と一緒で、自分が『悪者』になりたくないのだ。
誰だって『悪者』にはなりたくはない。けれど、彼等のように、他人を利用してまで『良い人』で居続けるのは違う。
きっと彼は、嫁が不貞を働いて息子をコケにした事も、そのせいで妻が倒れた事も、許せなかったのだ。腸が煮えくり返る思いだったのに、自分が矢面に立つ気概はなかった。だから私を利用しようとした。
校長という立場柄、外聞を気にしたのかもしれないし、お腹の子が絢斗の子だった時の事を懸念したのかもしれない。それはまだ理解できる。だが、そこで私を利用しようとする神経が理解できない。今までの経緯を全て知っている筈なのに。私を何だと思っているのか?
あんな人達と縁続きにならなくてよかったとしみじみ思いながら、私は会社へと急いだ。
***
その日の終業時間間際、美優先輩と高遠が北海道出張から戻ってきた。
トラブルでもあったのか。直帰予定だった筈の二人は、キャリーケースを持ったままオフィスに現れ、荷物を自席に置いて、課長とともに姿を消した。
私が一時間程残業して帰宅準備をしていると、美優先輩が一人で戻って来た。
「美優先輩。何かあったんですか?」
「あー。ちょっとね。別に大したことじゃないのよ。こっちに非があるわけじゃないし。それなのに高遠が変に気にしちゃってさ。落ち込んでるみたいだから、後で慰めてやって」
いつも飄々としていて、ポジティブの塊みたいな高遠が落ちこむだなんて、一体何が起きたのか?
あからさまに動揺する私を見て、美優先輩が吹き出した。
「やっだー!まひちゃんったら超可愛い!高遠の事が心配なのね?うんうん。せっかくだから、詳細はあとで本人の口から聞きなさいね」
私が口を開くよりも早く、美優先輩は人差し指を立てて、ひみつと意味ありげに笑った。そんなお茶目な様子に、私は胸を撫で下ろした。
こう見えて、美優先輩は仕事に関してかなりシビアだ。美優先輩が軽口を叩けるということは、本当に大したトラブルではないのだろう。
そもそも美優先輩が同行していたのだから、始末書ものの失態なんか起きる筈もない。
(……んっ?始末書?)
「美優先輩!そう言えば、絢…吉澤主任の処分について聞きました?アレって、ちょっとどうなんでしょう?」
「ああ、聞いた聞いた。アレはないわよねぇ」
「はい。私もそう思います。アレはちょっと…」
「うちの常務と吉澤の父親が学生の頃からの友人らしいから、口添えしてもらったんだろうけどさぁ。それにしてもよね?あんな事をしでかした上、嫁の件もあったわけじゃん。それなのにあんな軽い処分って…。うちの会社ヤバくない?まあ、本当は揉み消したかったんだろうけど、さすがに警察入っちゃ無理よねぇ」
(へ?……軽い処分?警察が入った?ちょっと待って!あんな事ってどんな事?)
話が噛み合っていないことにはすぐに気付いたけれど、予想外の言葉の羅列に混乱して、暫く私は言葉を発することが出来なかった。
そんな私に気付くことなく、美優先輩は手元の書類に目を通しながら更に続けた。
「まあさ、吉澤の気持ちが分からないでもないのよ?デキ婚したのに、お腹の子が自分の子じゃないかも知れないってんだからさ。けどさ。人として、やっちゃダメな事ってあると思うのよ。例えどんなに虫の居所が悪くても、泥酔してても、人を殴っちゃダメよね。しかも病院送りにするとか。マジでありえない。
よく懲戒解雇にならなかったわよね?まあ会社も鬼じゃないから、少しは甘くなるかと思ってたけど。まさか、ここまで甘くなるなんてね」
「…人を殴ったんですか?しかも病院送りにしたんですか?あの絢斗が?」
(絢斗!貴方、一体いつキャラ変したのよ!そんなバイオレンスなキャラじゃなかったじゃない!)
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