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酔っ払いに逆らってはいけません。

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「ねえ、まひちゃんは吉澤のどこが好きだったの?」

私が一杯目のビールを二口程飲んで一息ついた時、美優先輩からそんな突拍子のない質問をされた。

「何ですか?突然。本当どこが好きだったんでしょうね?…自分でも分かりません。もう忘れちゃいました」

私は胸の痛みを誤魔化しながら、不格好な笑みを浮かべた。そんな私を申し訳なさそうに見つめながら、美優先輩は語り始めた。

「ほら、まひちゃん達が付き合い始めるまでの間、私ったら、かなり吉澤に協力しちゃってたじゃない?強引にくっつけた気がしなくもないというか…。だから、私も今回の事には責任を感じてるのよ。ったく!本当にあいつ、何しくさってんだかね!
何かごめんね、まひちゃん。言い訳にしか聞こえないかも知れないけど。少なくともあの頃の吉澤は、本当にまひちゃんの事が好きだったと思うの。好きで好きで堪らないんだろうなって、傍から見てて思ったもの。だから、まさかこんな事になるなんて…」

美優先輩は辛そうに目を伏せた。

(好きで好きで堪らない、ねぇ…。私もそう思っていたし、そう信じていましたよ?)



一緒にいる時、絢斗はいつも眩しそうに私を見ていた。
熱の籠った瞳も、指先も、身体も、言葉も、行動も、全てが私を愛しているのだと全力で語っていた。少なくとも、私にはそう思えた。

絢斗の都合で会えないと言われたある夜。
真夜中過ぎに、突然絢斗から電話がかかってきた。何かあったのかと心配した私に、絢斗は声が聴きたかっただけだとバツが悪そうに言った。ちょうどその時、私のマンションの前を救急車が通り過ぎた。それと同じタイミングで、救急車のサイレンの音がスマホの向こうからも聞こえてきた。
でき過ぎた偶然にある予感を覚え、私は絢斗の居場所を訊ねた。結果私の予感は当たっていた。絢斗は私のマンションの前で、私の部屋の灯りを見上げながら電話していたのだ。

「ごめん。会えないって言ったのは俺なのに。ウザ過ぎだよな」

絢斗は自嘲的に笑ったけれど、私は驚きと喜び、そして愛しさで胸が熱くなった。気が付けば、私は部屋着のまま絢斗のもとまで駆けていき、その胸に飛び込んでいた。

その他にも、大切にされているのだと、愛されているのだと感じられた出来事が沢山あった。それこそ山のようにあったのだ。

……まあ、それもこれも全部私の勘違いだったみたいですけど。



「先輩、さすがに飲み過ぎですって!それに…何も今そんな話をしなくたっていいじゃないですか」

高遠が必死に美優先輩を諫めようとするけれど、高遠なんぞが美優先輩に勝てるわけもなく、逆に美優先輩を勢いつかせてしまう。

「何言ってんのよ!全然よくないわよ!マジで許せない!あのクズ野郎!私の大事なまひちゃんを傷付けやがって!何様よ?
腹いせに、フルボッコにした上でヤツの粗末なムスコを根本からザックリ切り落として、その小汚いブツをトイレに流して回収不能にしてやろうかしら?いや、それでも腹の虫が収まらないわね…。どうしてやろうかしら?
まひちゃん!あんな最低なゴミカスを押し付けるような真似をして、本当に、本当にごめんなさい!許してぇぇ」

美優先輩は座卓の上に突っ伏すと声を上げて泣きだした。

「――っ!!ちょっと美優先輩!アソコを根元から切り落とすって…。それ立派な犯罪ですからね!?
今、俺のムスコが縮みあがりましたから!想像しただけで血の気が引くというか、力がぬけてくるというか、恐怖で縮みあがりますから!こんな話を聞くだけで拷問ですからね!それに分かっているとは思いますが、一度切り落としたら、コレは二度と生えて来ないんですよ?」

青い顔をした高遠が前屈みで反論すると、美優先輩は勢いよく顔を上げ、八つ当たりするように高遠を睨んだ。

「あぁ~ん?あんた何言ってんの?髪の毛じゃないんだから、切っても切っても生えて来たら、そんなのただのホラーじゃないのよ!二度と生えて来ないからこそ、切る意味あるんでしょうが!
だって、あいつ、私の可愛いまひちゃんを裏切っただけじゃなくて、いい歳こいてデキ婚しやがったのよ?別にデキ婚が悪いとは思わないけど、吉澤の場合は状況が状況じゃない。信じらんないわ!」

美優先輩は怒りをぶつけるように、ダンッと座卓の上に拳を振りおろした。

「そりゃあさ、一回ヤッただけでも、時はだろうけど。でも、普通一回こっきりで妊娠なんかしなくない?って事はよ。まひちゃんが散々悩み、苦しんでいた頃にはもう、あのチンカス野郎は、あの腹黒そうな嫁とでバコバコやりまくってたって事だよね?チッ!あのカス。どんだけクズいんだよ!
……やっぱ、あいつのムスコ、もう不要じゃね?」

美優先輩は黒い笑みを浮かべながら、ポキポキと指を鳴らし始める。美優先輩なら本気でやりかねないと恐れた高遠が、一生懸命宥めようとするが、全く相手にされていない。

私はそんな二人のいつもと変わらぬやり取りを眺めながら、今日も平和だと溜息を吐いた。



美優先輩は、昔から何かと私に目をかけてくれる面倒見のいい先輩だ。
因みに絢斗の同期で、私の隣の課…高遠や絢斗と同じ課に属している。

美優先輩の性格は推して知るべしだが、それと相反して、外見は涼やかな目元が印象的な和風美人さんだ。
本人は『ナチュラルメイク』に見える『手の込んだメイク』の腕のお陰だと言うが、絶対違うと思う。
顔立ちは整っているし、何よりも透けるような白い肌と前下がりに整えられたボブカットの濡れ羽色の髪。このコントラストが独特の色気を醸し出している。

勿論外見だけではない。美優先輩は能力も、生き様も、とても格好いいのだ!
男顔負けなくらい仕事が出来るし、女子力も意識も高い。
私とは違い、毎日ファッション誌から抜け出たようなお洒落な服を着ているし、自分への投資は惜しまないから、髪も爪も常に手入れが行き届いている。
その上、何事にも努力を惜しまず、公正明大な人だから、美優先輩に憧れている女性社員は多い。
要するに、女性が憧れる女性。私にとっては、大好きで尊敬できる自慢の先輩だ!

……けれど、お酒が入るとこうなる。
普段から決して良いとは言えない口が更に悪くなるし、容赦がなくなる。

まあ、酒豪で有名な美優先輩がこんなに酔う事自体かなり珍しいのだけれど。きっと美優先輩も、絢斗に裏切られたように感じて、少なからずショックを受けているのだろう。


暫くの間、二人のやり取りを眺めていたが、流石に高遠が可哀想になって来たので、私は腹を括って話題を戻した。

「えっと…絢斗のどこが好きだったか、でしたっけ? そうですね…。最初に好意を持ったきっかけは…私を噂や見た目だけで判断せず、公平な目で見てくれたから、ですかね?あの頃、私自身を見て、向き合ってくれたのは絢斗くらいでしたから」

出会った頃の絢斗の笑顔が思い出されると、目頭が熱くなった。切なくて苦しくて胸が張り裂けそうに痛む。
軽く頭を振り、私はジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。そうでもしないと、枯れ果てた筈の涙がまた溢れ出しそうだったのだ。

「……なんか、ごめんね?まひちゃん。
よし!今日は私の奢りよ!好きなだけ飲みなさい!高遠!あんた、まひちゃんを元気づける為になんか面白い芸でも見せなさいよ!」

「はあ?何でですか!?あんま無茶振りしないでくださいよ!パワハラっすよ?
山瀬。お前つまみは?焼き鳥はいつものネギまとぼんじりでいいだろ?他に、お前が好きそうな物っつったら…あっ軟骨の唐揚げでも食うか?」

私が無言でサムズアップすると、高遠はバイト君を呼んで追加のつまみを注文してくれた。
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