上 下
4 / 54

エロスを全ての生命体規模で語りますか?

しおりを挟む
「へ?でも、お姫様って騎士ナイトの主君なわけだから、あんま変わんなくない?」

「……もういいわ」

高遠は呆れ果てたといわんばかりに盛大な溜息をつき、不貞腐れた顔をして視線を窓の外へと移した。

(うわ~。こりゃ、かなりいじけてるな…)

私は高遠の気を引くように、高遠の脛辺りをパンプスの先でツンツンと突き、機嫌をとるように話かけた。

「ねえ。冗談だってば~。軽いジョークだから。機嫌直してよ。ね?これでも私、高遠様にはとーっても感謝をしてるんですって。
ぶっちゃけ、あの人達のヤらせろオーラ、前面に出過ぎててキモかったし。本当に高遠様サマですよ」

「おい!蹴んなよ!スーツが汚れんだろ!
つーかお前、そんな鈍いのに、男どものヤらせろオーラが分かんの?あーねー、分かった。お前アレだろ?似非えせ超能力者」

高遠がバカにするように鼻で嗤った。

「失敬だな、君は!私ほど勘の鋭い人間はこの世に存在しないのだよ!
てか、そのくらい超能力なんかなくたって分かるし。変な言い方だけどさ。男がで女を見てる時って、女には分かるもんなのよ。これで1つ賢くなれたかな?高遠君」

って、何それ、怖っ!!
まあ俺様くらいになると、下心を察されるようなヘマはしねーけどな。俺の下心は、最新鋭のステルス戦闘機ばりに覚られにくくできているのだよ、山瀬君!」

「はあ?ステルス戦闘機?てか、女から言わせてもらえば、察されないとか不可能だから!」

私も負けじと鼻で嗤い返してやった。

「いや、俺のステルス機はだね。本物のステルス機同様、感知されにくくなるだけで、完全に気配を消す訳ではないのだよ。つーか、そもそも全く感知されなかったら、意識されねーし。微かに意識させながらも、あくまで紳士的な態度を貫き、相手に微妙な安心感を与えるってのがミソなわけよ。んでもって、相手の態度や雰囲気を偵察しながら、これいけっかなぁ?いけねーかな?と見極める。無論、相手が喰らい付きたくなるような男の色気?エロさ?を漂わせながらな。
まあ表には出さなくても、そういう時の頭の中は勿論ヤラシイ妄想でいっぱいだぞ!」

「うっわ最低。そういう生々しい話しちゃうんだ?っていうか、それ普通じゃん?そういうもんなんじゃないの?
それよりも、あんたに男の色気?エロさ?なんて出せんの?」

「…そういうもんじゃないのって、お前…。お前のせいで、今、俺の繊細なクリスタルハートにひびが入ったからな!それと俺にだって色気くらいだせるし……多分?いやでも、歴代の彼女達に『妙な色気あるよね』って言われたし…」

話しているうちに自信がなくなってきたのか。高遠の言葉が尻すぼみになっていく。

「それってお世辞じゃん?女って結構そういうこと言うよ。悪気がないから、嘘とまでは言わないけど。余程下手糞だったり、独り善がりでない限り『こんなの初めて!』とか。
……高遠って、独り善がりなHしそうだよね」

「はあ!?お前、今のはさすがに聞き捨てなんねーぞ!
俺は独り善がりなセックスなんか絶対しない!思いやりの溢れたセックスしかしねーわ!
お前は知らないかもしれないけどな。こう見えて俺、そういう時はものすごく紳士よ?相手が少しでも嫌がる素振り見せたらすぐ引きさがるし。セックスってのはな、すっげー気持ちの良い、人類史上、いや生物史上、最高のコミュニケーションなんだぜ?お互い楽しまなきゃ意味がねーだろうが!」

「ちょっ!しっ!あんたここ外!そんなデカい声でする話じゃないでしょ!」

高遠の声量自体はそんなに大きくない筈なのだけれど、昼時で混み合っているせいか、先程から女性客からの視線がグサグサと突き刺さる。
これが「ヤらせろ」だの、「セックス」だのの、下ネタワードを聞き取られての事だったら、恥ずかしくて軽く死ねる…。

「はあ?何が恥ずかしいんだよ!大体な、どんなすました男だって、健全な男なら、頭ん中の8割はエロで溢れている筈だぞ!中高生の頃の俺なんて、9割9分はエロで溢れてたからな!」

「…いや、それ別に自慢する事じゃないからね?てか、分かった!分かったから、静かにして!とりあえず話題変えようか?」

「バカだな、お前!男がエロくなけりゃ、人類は滅亡すんだぞ?種の保存の為に、男はエロスを追求するわけだ!俺の探究心は凄いぞ?なんたって、相手を目眩く世界へと誘っちゃうからな!なんなら一度試してみるかね?山瀬君!」

「いや…丁重にお断りするわ」

何故だか高遠はドヤ顔で「エロスは正義」だと胸を張っている。その姿が何とも残念だ。スタイルは文句のつけようがないくらい素晴らしいというのに。顔と中身が残念過ぎて哀れに想える…。

私はそんな高遠を放置したままスマホを取り出し、時間を確認する。あと十分ちょっとで昼休みが終わる。助かったと小さく安堵した私は、伝票を片手にレジへと向かった。

高遠は最初から奢られる気はなく、自分の分は自分で支払うつもりだったらしい。けれど私が「奢るって言って誘ったんだから、素直に奢らせろ!」と突っぱねると、諦めたようで「キャー!山瀬君ったら、おっとこ前~!じゃあ、お言葉に甘えてぇ~。ゴチで~す!」と気持ち悪いオネエ口調で礼を口にした。


それから社に戻る間も、高遠は男とエロスの関係性を人類…いや、生命体規模で熱く語り続けた。

さすがの高遠も、社屋内に入ると同時に話題を変えてくれたので、私は心底ほっとした。

エレベーターからおりた時、突然何か思い出したように高遠が声をあげた。驚いて足を止めると、高遠が「すっかり忘れた」と苦い顔をした。

「そういや吉澤さん、明日戻ってくるらしいぞ。だから美優先輩が、今夜は三人で、戦前いくさまえの作戦会議を開くって息巻いてたんだった。お前の予定を聞いとくように言われたんだけど…大丈夫だよな?お前どうせ暇だろ?」

「ちょっと!どうせって何よ、どうせって!勝手に暇だって決めつけないでくれる?…まあ暇だけど。
てか、もう絢…吉澤さん帰って来るんだ?やだなぁ…。ものすごく逃げ出したい。この際、異動願いでも出そうかなぁ?とりあえず美優先輩の件は了解!今日の仕事あがりね?場所は『三瓶』?」

「場所は山瀬の行きたい所でいいってさ」

「んじゃ、『三瓶』で。今日は多分、残業にはならないと思うけど。もしなったら、いつもみたいに先始めてて」

「了解!美優先輩にもそう伝えとくわ。
あとさ…まあ気持ちは分かるけど。けど、お前は何も悪い事してねぇんだから、異動願いなんか絶対出すなよ!寧ろ、あっちがビビるくらい堂々としてろ!」

高遠は珍しく真剣な顔でそう言うと、自席へと戻っていった。その(顔が見えない分やたら男前な)後ろ姿を見つめながら、私は小さく溜息を洩らした。

……そうは言っても、ねぇ?
気不味いものは気不味いんですけど…。
あ~あ、今夜突然インフルとか発症しないかな?…六月だから無理か?

軽く現実逃避をしながら、私は午後の仕事に取りかかった。



***



いつものような集中力を保てなかったせいか。結局定時では上がれず、私は1時間遅れで『三瓶』に到着した。

『三瓶』とは、以前高遠と一緒に飲んでいた居酒屋だ。駅前商店街の一角にあるからこじんまりとはしているが、酒揃えのセンスも良いし、料理も美味しい。その上、お財布にも優しいという、三拍子揃った私達行きつけの店。

暖簾を潜り、店内に入ると、最奥にある座敷の一角に美優先輩と高遠の姿を見付けた。私に気付いた顔見知りのバイト君に「とりあえずビールで」とオッサン臭い台詞で注文してから座敷へと向かい、既にできあがっていそうな美優先輩の隣に腰を下ろした。

「まひちゃん、お疲れ~!」

美優先輩はご機嫌な様子でジョッキを掲げた。その向かいに座る高遠は、酷くげっそりしながら「ようやくきたか…」と力なく呟いた。

(私が遅れた一時間の間に一体何があったんだ?)

私は相反する様子の二人を見比べながら首を捻った。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

処理中です...