上 下
32 / 88

第32話:ルイ様からの頼み②

しおりを挟む
〔……なるほど、君は私が思う以上にたくさんの経験を積んできたんだな〕
「もしかして、除霊に行かれるのですか?」
〔ああ、そうだ。ここから小一時間ほど東に歩くと“霧の丘”と呼ばれる丘があり、廃れた館――通称、”廃墟の館”が建つ。十人家族が暮らせるほど大きな家だ。ただ、単なる館ではなくてな。厄介なことに……ドッペルゲンガーが棲みついているのだ〕
「ドッペルゲンガー!?」
〔うむ。私がコピーされた場合、討伐に少々難儀する可能性がある〕

 ルイ様の言葉に、思わず驚きの声を上げてしまった。
 レイスの中でも上級の強い魔物だ。
 誰もいなくなった家や屋敷に棲みつき、来訪した人間の姿形を真似る。
 魔法や剣術の腕前なども完全にコピーしてしまうので、倒すのは大変に難しいと聞く。
 ルイ様みたいなすごい魔法使いになったら、とても強い力を持ってしまう。
 しかも、ドッペルゲンガーは倒した人の身体を奪い、本人に成り代わるそうだ。
 本で読んだだけでも、怖くて背筋がひんやりしたのを覚えている。
 私はドキドキしていたけど、ガルシオさんは感心した様子でルイ様に言った。

『ドッペルゲンガーなんて久しぶりに聞いたよ。まだいたんだなぁ。てっきり絶滅したかと思っていたよ』
〔私も報告を受けたのは数年ぶりだ〕

 ルイ様は無詠唱魔法の使い手だし、ガルシオさんはフェンリルだ。
 ドッペルゲンガーと聞いても取り乱すことはないのだろう。
 二人の冷静なやり取りを見ていたら、私も徐々に気持ちが落ち着いた。

「その寂れた館は、ルイ様の家だったのですか?」
〔いいや、違う〕

 私が尋ねると、ルイ様は静かに首を振った。

〔以前、“ロコルル”に住んでいた裕福な商人の館だ。一家は館を残して他の街に越したのだが、ずっと館の手入れはされず、ドッペルゲンガーが棲みついた。一家は館の処理について協議した結果、私に寄付することが決まったと通達が来た〕
「ルイ様に寄付……でございますか。どうしてまた……」

 なぜ辺境伯へ譲渡することになったんだろう。
 しかも、廃れてドッペルゲンガーが棲みついたような館を……。
 疑問に思っていたら、魔法文字で説明を続けてくれた。

〔おそらく、厄介な物件は私に一任させたいのだと思う。本格的な除霊と、その後の修繕は費用がかさむからな。一家はもう館に住まないことを決めたのだろう〕
「そうなのですか……」

 ルイ様は表情も変えず淡々と書く。
 でも、私はどことなく悲しい気持ちになった。
 辺境伯は便利屋なんかではないのに……。

〔だが、領主たるもの、最優先は領民の安全だ。私はドッペルゲンガーをきちんと退治する〕

 悲しい気持ちにはなったけど、ルイ様の力強い文字を見て気持ちを改めた。
 辺境伯として職務を全うしようとする、その立派な心意気に私も気が引き締まる。
 同時に、素直な気持ちがポツリと口をついて出た。

「ルイ様はやっぱり……優しくて真面目な方ですね」
〔そ、そうか? よくわからないが〕
「はい、ルイ様はとてもお優しい方ですよ」

 本人はそう思っていないみたいだけど、私はもうよくわかっていた。
 この方は誰よりも優しい心を持っているのだと。
 ルイ様はフッとわずかな笑みを浮かべると、サラサラと魔法文字を書く。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

虐げられていた黒魔術師は辺境伯に溺愛される

朝露ココア
恋愛
リナルディ伯爵令嬢のクラーラ。 クラーラは白魔術の名門に生まれながらも、黒魔術を得意としていた。 そのため実家では冷遇され、いつも両親や姉から蔑まれる日々を送っている。 父の強引な婚約の取り付けにより、彼女はとある辺境伯のもとに嫁ぐことになる。 縁談相手のハルトリー辺境伯は社交界でも評判がよくない人物。 しかし、逃げ場のないクラーラは黙って縁談を受け入れるしかなかった。 実際に会った辺境伯は臆病ながらも誠実な人物で。 クラーラと日々を過ごす中で、彼は次第に成長し……そして彼にまつわる『呪い』も明らかになっていく。 「二度と君を手放すつもりはない。俺を幸せにしてくれた君を……これから先、俺が幸せにする」

継母と妹に家を乗っ取られたので、魔法都市で新しい人生始めます!

桜あげは
恋愛
父の後妻と腹違いの妹のせいで、肩身の狭い生活を強いられているアメリー。 美人の妹に惚れている婚約者からも、早々に婚約破棄を宣言されてしまう。 そんな中、国で一番の魔法学校から妹にスカウトが来た。彼女には特別な魔法の才能があるのだとか。 妹を心配した周囲の命令で、魔法に無縁のアメリーまで学校へ裏口入学させられる。 後ろめたい、お金がない、才能もない三重苦。 だが、学校の魔力測定で、アメリーの中に眠っていた膨大な量の魔力が目覚め……!?   不思議な魔法都市で、新しい仲間と新しい人生を始めます! チートな力を持て余しつつ、マイペースな魔法都市スローライフ♪ 書籍になりました。好評発売中です♪

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

絶縁書を出されて追放された後に、王族王子様と婚約することになりました。…え?すでに絶縁されているので、王族に入るのは私だけですよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
セレシアは幼い時に両親と離れ離れになり、それ以降はエルクという人物を父として生活を共にしていた。しかしこのエルクはセレシアに愛情をかけることはなく、むしろセレシアの事を虐げるためにそばに置いているような性格をしていた。さらに悪いことに、エルクは後にラフィーナという女性と結ばれることになるのだが、このラフィーナの連れ子であったのがリーゼであり、エルクはリーゼの事を大層気に入って溺愛するまでになる。…必然的に孤立する形になったセレシアは3人から虐げ続けられ、その果てに離縁書まで突き付けられて追放されてしまう。…やせ細った体で、行く当てもなくさまようセレシアであったものの、ある出会いをきっかけに、彼女は妃として王族の一員となることになる…! ※カクヨムにも投稿しています!

公爵令嬢になった私は、魔法学園の学園長である義兄に溺愛されているようです。

木山楽斗
恋愛
弱小貴族で、平民同然の暮らしをしていたルリアは、両親の死によって、遠縁の公爵家であるフォリシス家に引き取られることになった。位の高い貴族に引き取られることになり、怯えるルリアだったが、フォリシス家の人々はとても良くしてくれ、そんな家族をルリアは深く愛し、尊敬するようになっていた。その中でも、義兄であるリクルド・フォリシスには、特別である。気高く強い彼に、ルリアは強い憧れを抱いていくようになっていたのだ。 時は流れ、ルリアは十六歳になっていた。彼女の暮らす国では、その年で魔法学校に通うようになっている。そこで、ルリアは、兄の学園に通いたいと願っていた。しかし、リクルドはそれを認めてくれないのだ。なんとか理由を聞き、納得したルリアだったが、そこで義妹のレティが口を挟んできた。 「お兄様は、お姉様を共学の学園に通わせたくないだけです!」 「ほう?」 これは、ルリアと義理の家族の物語。 ※基本的に主人公の視点で進みますが、時々視点が変わります。視点が変わる話には、()で誰視点かを記しています。 ※同じ話を別視点でしている場合があります。

見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい

水空 葵
恋愛
 一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。  それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。  リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。  そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。  でも、次に目を覚ました時。  どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。    二度目の人生。  今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。  一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。  そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか? ※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。  7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m

辺境の獣医令嬢〜婚約者を妹に奪われた伯爵令嬢ですが、辺境で獣医になって可愛い神獣たちと楽しくやってます〜

津ヶ谷
恋愛
 ラース・ナイゲールはローラン王国の伯爵令嬢である。 次期公爵との婚約も決まっていた。  しかし、突然に婚約破棄を言い渡される。 次期公爵の新たな婚約者は妹のミーシャだった。  そう、妹に婚約者を奪われたのである。  そんなラースだったが、気持ちを新たに次期辺境伯様との婚約が決まった。 そして、王国の辺境の地でラースは持ち前の医学知識と治癒魔法を活かし、獣医となるのだった。  次々と魔獣や神獣を治していくラースは、魔物たちに気に入られて楽しく過ごすこととなる。  これは、辺境の獣医令嬢と呼ばれるラースが新たな幸せを掴む物語。

婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~

tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!! 壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは??? 一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

処理中です...