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第23話:ロミリアとお母様

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「……リア……ロミリア」

 誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
 私は少しずつ目を開けていく。

――何かしら、柔らかい物に頭を乗せてるみたい。なんだか懐かしい感じがする。不思議ね、とても落ち着くわ。

 目を開けると、うっすらと人の顔が見えた。
 誰かが私を覗き込んでいるようだ。
 徐々に顔がはっきりしてくる。

「お、お母様っ!!」
「ロミリア! 会いたかったわ! 元気だった?」

 私を見ていたのは……お母様だった。
 ずっと、ずっと、またお会いしたかった私の大好きなお母様。
 もう亡くなってしまってからずいぶんと経つ。
 しかし、私はお母様のことを考えない日は一日もなかった。

「お母様ぁ、またお会いしたいと、いつも思ってましたわ。まさか本当にお会いできるなんて。うっうっ……お母様ぁ」

 必死に涙をこらえようとしても、あとからあとから零れてきてしまう。

「ごめんね、ロミリア。すぐに死んじゃってごめんね。でも、あなたのことはずっと見ていたわ」

 私はお母様の胸にしがみついて、しばらく泣いていた。
 もっと立派に成長したことを見せたかったが、そんなのはとても無理だ。
 それでもお母様は嫌がることもなく、私の頭を撫でてくれていた。
 そのおかげで、だんだんと気持ちが落ち着いてくる。
 辺りを見てみると、私たちは見渡す限りの草原にいた。
 霊界とはこういうところなのだろうか。

「そ、そうだ、コルフォルスさんがお母様の魔石を使って、霊界と繋げてくださったのです」
「ええ、それも知ってるわ。いつかあなたの役に立てばいいと思ってたけど、上手く使ってくださったみたい。さすが、私のお師匠様」

 お母様はウインクしながら言った。
 我が母ながら可愛いなと思う。

「ロミリア、ルドウェン様たちとのことは、本当に辛かったでしょう。あなたの家からも追い出されてしまって。私は何もしてあげられない自分が、悔しくて悔しくて仕方がなかったわ。でも、そのおかげか、あなたは素敵な方にお会いできたみたいね」

 お母様が言う素敵な方とは、アーベル様のことだ。
 たしかに、ルドウェン様の婚約破棄と、実家からの追放がなければ出会うことはなかっただろう。

「はい、アーベル様という方で、ハイデルベルク王国の王子様でいらっしゃるのです。私のことをとても大切に思ってくださってます。それに、ルドウェン様のことや追放のことは、もう何とも思ってませんわ」

 これは強がりでも嘘でもなかった。
 アーベル様と結ばれてから、私は今までにないくらい幸せでいっぱいになっている。

「良かった……あなたが幸せになってくれて本当に良かったわ」

 お母様は涙を拭っている。
 できれば、お母様もアーベル様や王様たちに会ってほしいくらいだった。

「そしてあなたは私が死んでからも、ずっと教会で貧しい人たちに奉仕してくれていたのね。ありがとう、ロミリア」
「お母様こそ私に回復魔法を教えてくださり、感謝の言葉もないですわ。そのおかげでアーベル様のおケガも治せたし、コルフォルスさんのご病気も治せたんですもの」

 あの日々があったからこそ、今の私がある。

「いいえ、それはあなたがずっと努力していたからなのよ。回復魔法はね、ちょっと教わっただけで身に着けられるものじゃないわ」

 ということは、きっとお母様も優秀な魔女だったに違いない。

「できれば私も、ロミリアの旦那様になる人にお会いしたかったけど……」

 突然、お母様の体が少しずつ透けてきた。

「おっ、お母様!お体が!」
「どうやら、そろそろ時間みたいね」

――そ、そんな、まだ話したい事がたくさんあるのに……!

 しかし、無情にもお母様の体はどんどん透明になっていく。
 今にも消えてしまいそうだ。

「嫌です! お母様とずっと一緒にいたい!」

 私は大人げもなく、お母様にしがみついてしまう。
 せっかく会えたのに、もうお別れなんて絶対嫌だ。

「…………ロミリア。私もできることなら、あなたとずっとこうしていたいわ。でもね、悲しいけど私はもう死んでしまったの。死んだ人と生きている人が一緒に暮らすことは、どうやってもできないわ。それに、あなたには待っててくれる人たちがたくさんいるでしょう?」

 お母様は私を諭すように言った。
 アーベル様の顔や、王様、王妃様、コルフォルスの顔、そしてハイデルベルク王国の人達の顔が思い浮かぶ。
 私は大好きな人が死ぬ悲しみを知っている。
 もし私が帰って来なかったら、みんなとても悲しいだろう。

「で、でも……お母様にまたお会いできたのに……」
「いつまでもここにいると、あなたまで本当に死んでしまうわ」
「うっうっ……そんな」

 私はもう泣くことしかできなかった。
 しかし、お母様の言う通りだ。
 死んでしまった人と生きている人は、同じ世界にいられない。

「ロミリア、幸せになってね。私はこれからも、あなたのことを見守っているからね」

 もうお母様の体はほとんど見えない。

「お母様っ! お願い、消えないで!」
「ロミリア、愛しているわよ。ずっとずっと、愛しているからね」
「お母様っ! お母様ー!」

 私はお母様の体を、消えないようにギュッと抱きしめた。
 しかし次の瞬間には、フッと抱きしめる感覚がなくなる。
 最愛のお母様は、もう消えてしまっていた。
 ふわっと優しい風が吹く。

「……お母様、私もずっと愛していますわ」

 両頬に零れている涙を拭き、空に向かってつぶやく。
 そして、私は意識を失った。


 目を開けると、正面にコルフォルスがいる。
 霊界にコルフォルスも来たのかと一瞬思ったが、周りを見ると彼の部屋だった。
 どうやら、無事に帰ってきたみたいだ。

「ロミリア、大丈夫かいな?」

 コルフォルスが心配そうに私を見ている。

「は、はい、大丈夫です。あの、私はどれくらい霊界にいたんですか?」
「こっちの世界では、ほんの数十秒じゃよ」

 数十秒……。
 もっと長い間、お母様とお話していた気がした。

「レベッカとは無事に会えたかな?」

 お母様の笑顔を思い出す。
 最後までお母様は笑っていた。
 もう会えないのは悲しいけれど、いつまでも泣いていてはいけない。
 私も笑顔になろう。

「……はい、会えましたわ。あと、コルフォルスさん」
「なんじゃ?」

 私はとびっきりの笑顔でコルフォルスに言った。

「本当にありがとうございました! おかげでお母様といっぱいお話できましたわ!」
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