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第1話:義妹と婚約破棄

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「ロミリア、君との婚約を破棄することにした。本当に申し訳ないと思っている」

 突然、私の婚約者のルドウェン・アトリス様は言ってきた。
 彼はここアトリス王国の王子様だ。

「えっ……。そ、それは、どういうことでしょうか?」
「お義姉さま、隠していて本当にごめんなさい。わたし、ルドウェン様のことが大好きになっちゃったの……」

 なぜか彼の腕にくっついてる女の子が答える。
 彼女は私の義妹、ダーリー・ガーデニーだった。

「実はずっと前から君よりダーリーの方が好きだったんだ。このまま結婚しても君を傷つけるだけだから……」

 二人とも、とても悲しそうな表情をしている。
 まるで自分たちが被害者かのようだ。

――そ、そういうことか……。

 私は義妹に婚約者を奪われたのだ。
 これはあまりにもショックが大きすぎる。

「そ、そうですか……」

 辛すぎて、私はひとごとのように言ってしまった。

「じゃあ、そういうことだから……」

 二人が手をつないで歩き出す。
 それを見て、私はハッと意識を取り戻した。
 そして私は、お父様の書斎に向かって猛スピードで走り出した。

――いったい何がどうなっているの!?これって婚約破棄ってことよね!?いや、そもそもこんなことは、さすがにお父様とお義母様が許さないはずだわ!

 私はバンッ!と勢いよく書斎の扉を開ける。

「お父様!お話があるのですが!」

 今にも泣きそうなのをグッと我慢する。
 部屋の中には、タイミングの良いことにお義母様もいた。

「な、なんだ!?どうした、ロミリア!?」
「びっくりするじゃない、ロミリア。お部屋に入る時はノックくらいしなさい」

 お父様はとてもびっくりしている。
 反対にお義母様はひどく冷静だ。
 私は思わずひるみそうになる。

――いや、負けちゃだめよ、ロミリア。二人にちゃんと言わないと!

 深呼吸を一つして、ゆっくりと話す。

「さっきルドウェン様から婚約破棄のお申し出がありました。私ではなく、ダーリーと結婚したいそうです」

 自分で言うには辛すぎる言葉だったけど、頑張って言った。

「あ、あぁ、そのことか。まぁ……なんだ、若いうちは心変わりしやすいからな。今回は残念だったがお前は美人だから、またすぐに良い縁談が来るだろう」
「ダーリーの方が好きなら、ダーリーと結婚するべきだわ。ルドウェン様のお気持ちが一番大事なのよ。それとも、あなたは愛し合っている二人を苦しめるつもりなの?」

 何かの間違いでしょう?、という私の淡い期待はガラガラと音を立てて崩れていった。
 さらに、また別の悲しい事実が明らかになる。
 お父様たちはすでに二人の関係について知っていたのだ。

「……お、お父様たちはルドウェン様とダーリーの関係を知ってらしたのですか?」

 もう倒れそうだったけど、最後の力をふり絞って聞いた。

「最初は注意しようと思っていたんだがな……。まぁ、仲が悪いよりかは仲良しの方が良いというか……」

 お父様は下を向いているばかりだ。
 決して私と目を合わせようとしない。

「あなたよりダーリーの方が魅力的だったってことでしょう。あなたはそんなこともわからないの?」

 いつものことだけど、こんな時でもお義母様は私に冷たくあたってきた。

「慌ただしく来たと思ったら、言いたいことはそれだけ?ルドウェン様はダーリーと結婚します。これですっきりしたかしら?今はお父様と大事な話をしているところだから、早く出てってちょうだい」

 お義母様は吐き捨てるように言う。
 そして、私をさっさと押し出して扉を閉めてしまった。
 私はあまりのことにその場に立ちつくす。
 すると、かすかにお父様たちの会話が聞こえてきた。

「ロミリアのやつ、最近はますますレベッカに似てきやがった。顔もそうだし、性格もそうだ。あいつは昔から規律だとか礼儀だとかにうるさかった」

 お父様の口からお母様の名前が出たのは久しぶりだった。
 まぁ、それすら悪口なんだけどね。

「俺は楽して生きてればそれで良い。それなのに、あいつは世の中に奉仕しろだの、恵まれない者に奉仕しろだの、とにかくしつこかったな。あれには本当に参った。そんなとき君に出会えたのは、まさしく運命だったんだろうな」

 全くもって運命なんかじゃない。
 お父様がお義母様と浮気していたのはね、みんな知っている。
 そして、そのせいでお母様は具合を悪くして……。
 おまけにこのボンボンはお義母様が財産と、ガーデニー家の地位狙いで近づいてきたことすら知らないのだ。

「ねぇ、エドワールぅ。また欲しい宝石があるんだけどぉ」

 お義母様のゾッとするような猫なで声が聞こえた。
 オエッと吐きそうになる。

「またかい?全く、デラベラはわがままだなぁ」

 そんなお義母様に、ボンボンお父様はデレデレしている。
 たった今あんなことがあったのに……。
 私はもう耐えきれなくなって、家を飛び出した。

 お父様たちの反応を見ると、婚約破棄は決定事項だ。
 悲しいけど、私が反論したところで何も変わらない。
 それならば、何かして気を紛らわしている方が楽かもしれない。
 気がつくと、私は”聖ガーデニー教会”に来ていた。
 ここは、ご先祖様が恵まれない人たちのために作った教会。
 ガーデニーの一族は、昔から奉仕活動をしていることで有名だ。
 もちろん、私は毎日来ている。
 もう死んじゃったけど私の大好きなお母様が、"貴族だからこそ礼儀を守ったり、世の中に尽くすことが大事よ"、と教えてくれたから。
 それに、”貴族だからっていい気になってちゃだめ、周りの人はそういうところをしっかり見てるんだから”とも教えてくれた。
 そして、ここは貧しい人にとっては病院のような場所でもある。
 私は得意な回復魔法を使って、彼らの治療もしていた。

「ロミリアお嬢様。昨日からお腹が痛いのです」

 さっそくおばあさんが苦しそうにお腹を押さえてやってきた。

「大丈夫ですか?辛かったですね。ちょっとの間、じっとしててください」

 私はおばあさんのお腹に手を当てて集中する。

「<ヒール>」

 基本的な回復魔法の呪文を唱える。
 低い音がして、手が青っぽい光を放った。
 少しずつ、彼女の苦しそうな表情が穏やかになっていく。
 どうやら回復魔法はすっかり廃れてしまったらしいが、私はお母様が教えてくれたおかげで一通りは使えた。

――お母様、私は本を読んでちゃんと勉強を続けているからね。もちろん、毎日の練習しておりますわ。

 心の中で天国にいるだろうお母様に話しかける。

「ロミリアお嬢様、すっかり痛みが消えましたでございます!なんとお礼を言っていいのやら……。そこらの医術師が調合した薬なんかより、よっぽど効き目があります。回復魔法がこんなにお上手な人はもういないですよ」

 おばあさんは目の前に神でもいるかのように、しきりに頭を下げていた。

「ありがとうございます。でも、全然そんなことはないですよ」

――おばあさん、嬉しそうだなぁ。

 その笑顔を見ていると、少しだけ悲しみが癒される気がする。


 結局、その日は教会で忙しく働いていた。

「すっかり夜になっちゃったわ」

 まだ家には帰りたくなかった。
 しかしやることがなくなると、昼間の出来事を思い出してしまった。

――この先いったいどうすればいいのかしら。

 ぽろぽろと我慢していた涙が溢れてくる。

――こんな悲しいことって、お母様が亡くなったとき以来ね。

 しきりに涙をぬぐっていると、突然後ろの方に不思議な気配を感じた。
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