孤独の恩送り

西岡咲貴

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6章 殺傷事件

60話 父の秘密

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「いいさ、わざわざ謝る必要はない。
 誰だって大切な人を亡くしたら辛いに決まっている。
 それに、あの話はもう良いんだ……」

 かなり重要そうな口ぶりだった筈だ。

「いや、良くないよ。
 ちゃんと聞かせて欲しい。
 僕が聞きたいんだ。
 しっかり向き合わないと……」

 あれだけ必死に伝えようとしていたのに、もう良いと言われたら、かえって気になる。

「面白い話ではないし……たぶん、聞かなければ良かったと言うぞ?」

 それでも聞かなければならない話なのだと思う。

「あの火事に関わる事を少しでも知りたいんだ」

 どんな話なのかは分からない。
 それでも、こんな状況になっているのだから知る義務がある筈だ。

「そうか……なら話そう……」

 彼は深呼吸をした。

「結菜と言う少女はお前の姉さんなんだ……」

 は?

 何を言っているのか分からなかった。

「どういう事?」

 だから聞かない方が良いと言ったじゃないか……と言いたい事は表情を見ればわかる。

「全く分からないよ……」

 もっと詳しく教えろと言う合図を送る。

「お前と麻衣が生まれる前……いや、母さんと結婚する前の話になる……。
 学生時代、あの火事で亡くなった後藤沙綾香と言う女性と交際していた。
 彼女は大学で知り合った同じ学部の後輩なんだ。
 三年程付き合っていたけど、色々あって破局。
 別々の道を進む事にした……」

 母さんとは、今父さんが勤めている会社で知り合ったらしい。

 二人は同期入社だったのだと聞いている。

 後に寿退社する事になるので、僕や麻衣の記憶では母さんが外で働いているイメージはない。

 仲の良い家族だったし、そう言う親のなれそめを聞く機会も結構あったと思う。

「母さんが元同僚だった事は知ってたけど、沙綾香さんの話は聞いた事がなかったよ……」

 初耳なのは当然だろう。

 父親は自分の子供に元カノの話なんて普通はしないだろうし、そう言う話をしたとしても「父さん、若い頃はモテたんだぞ」と言う程度のよくある見栄だ。

「そら、そんな話は言っていなかったからな……。
 今回、火事のニュースによって後藤沙綾香と言う名前を聞くまで、別れた後の彼女がどんな生活をしてきたのかは知らなかったんだ。
 共通の友達とは連絡を取っていたが、彼女が結婚したとか出産したと言う話は聞いた事がなかった」

 そうか、だとしたら友人達はその情報を伝えなかったんだな。

「それって……」

 沙綾香さんがどんな人物だったのかは分からないけど、彼等は父さんには隠していたんだ。

「保護された結菜と言う少女の年齢を考えると時期的に見ても、私の子供である可能性が高かった……。
 だから施設に行って、DNA鑑定をしてみたんだ……」

 なるほど……だから結菜ちゃんは姉なのか。

「で、結果が一致したんだね?」

 だとするなら、僕は姉さんに刺された事になる。

「ああ、その通りだよ……」

 子供は親を選ぶ事ができないと何度も思ってきた。

 しかし、仮に片方の親が同じだったとしてもこれ程違うのだから、もはやどうする事もできない。

「どうして「もう良いんだ……」なんて言ったんだよ?
 こんな話、知らないなんて良くないよ……。良い筈がない」

 父さんが話そうとしたあの夜の時点では、彼女は虐待の被害者だった。

 でも今は僕を刃物で刺した加害者だ。

「それは……颯太の為だ。
 お前はあの子に刺されたんだ、彼女が姉だなんて知りたくなかっただろう……?」

 確かに、僕がそんな血の繋がりを知った所で何も変わらない。

 彼女の為に家族三人の関係を壊す訳にはいかないと考えるのが普通だろう。

「休日にライザで買い物をしていた時に話しかけてきた女の人を覚えているか?」

 ライザで会った女性?

「ああ、覚えているよ……誰なのかは分からなかったけど……」

 僕がそうこたえると、父さんは真顔で教えてくれた。

「あの人が、後藤沙綾香だよ……」

 え?

「でも父さんは、知らない人だって……?」

 何となくだけど分かった気がした。

 家族の事を想って知らないふりをしたんだな。

「あの時は未祐も颯太と麻衣も居たし、そう言うしかなかったんだ。
 元カノだと紹介する訳にもいかなかったし、学生時代の後輩だと言った所で彼女の性格上、付き合っていた時の話をされるかもしれなかった……。
 あんな態度を取ってしまった事は申し訳なかったと思うけど、家族が大切だったし仕方のない事だった……」

 その気持ちは、分からなくはない。

「でも、火事関連のニュースを調べてみて一つ気になる事がある……。
 ニュース記事によれば、娘は結構前から暴力を振るわれていたらしいが、それが始まったであろう時期がライザで彼女に会った時期と重なるんだ。
 もしかしたらあの時の対応が虐待の引き金になってしまったのかもしれない……」
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