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春がそこまでやって来た

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(わぁ…綺麗なスカーフ…)



寒さのピークはようやく過ぎた。
それはわかってるけど、まだコートが手離せない。
そんな季節の流れを気にもせず、店頭には明るい色の春物衣料が並び始めた。
まだ蕾さえつけていない花達を思わせる鮮やかで優しい色合いは、私の気分を和ませてくれるけど、やっぱりまだ買う気にはなれない。







「初めまして。隣に越してきた野田です。」

長い間空いていた隣の部屋に越してきたのは、真面目そうだけど人懐っこい感じのする若い男性。
今時、洗剤を持って挨拶に来てくれるあたりが珍しい。



やがて、彼は私の印象通りの人だということがわかった。
顔を合わす度、彼は挨拶だけではなく世間話をする。
最初はちょっと煩わしいと思ったりしたけれど、やがて、それは心地好いものに変わった。



けれど、親しくなればなるほど、その一方では苦しくなった。
野田君は、地方から出てきた純粋な青年。
その寂しさを紛らすために、私にも話しかけてくれてるだけだろう。
だって、私は明らかに彼より年上……それも7つも年上なのだから、近所のおばさんとでも思ってるんだろう。



「あ、靖代さん、お帰り。」



彼は不思議と最初から私のことを名前で呼ぶ。

ある日、アパートの玄関先に、小さな鉢植えが置かれていた。
その葉はよく見慣れたもの。



「……もしかしてチューリップ?」

「うん、春っていったらやっぱりチューリップじゃない?」

無邪気な笑顔に、心がざわめく。



「そうね。」

私はそれだけ答えて部屋に入った。

あんな若い子に気持ちを乱されるなんてバカみたい。



それから、私はなんとなく野田君のことを避けるようになった。
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