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怖い

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「やめて下さい!
私、まだ仕事が…!」

それでも、彼は足を止めることはなく、手を離してもくれない。
彼の力はとても強くて…私は抗うのを諦めた。



でも、どうして?
どうして、こんなことするんだろう?



そんなことを考えるうちに、着いたのはこじんまりしたマンションの一室。



「ここ。
奥さんがいるかどうか、好きなだけ探して!」



彼は、鍵を開け、扉を開けて自分は入らずに私の背中を押し込んだ。



(……あっ!)



綺麗に片付いた部屋の中には、見覚えのある鉢植えがあちこちに置いてあった。
彼が店に来る度に話してくれてた通りに育った鉢植えが……
どれもよく手入れさせていることに、なんだか胸が熱くなった。



「あ、あの……」

「どう?納得してくれた?」

鉢植えを見たら、そんなことはもうどうでも良くなって……
でも、思い起こしてみても、片付いてはいたけれど女性の影は少しも感じられなかった。



「……どうしてここまで?」

「……どうしてって、変な誤解されたくなかったから。」



どういうこと?
昨日はあんなに冷たかったのに、どうして今日は……



「……もしかして、迷惑だった?
だったらごめん。
でも……この際だから言うけど…僕、初めて君に会った時から…その…君のことが気になってて……」

「……えっ?」

照れ臭そうに話す彼の顔は赤くなっていて……



「う、嘘……
だ、だって、昨日はあんなに……」

「昨日……あ……あぁ、それは、その……」



一呼吸置いてから、彼は話してくれた。
実は、犬が怖いってことを。
子供の時、犬に噛まれたことがあって、それ以来、どんなに小さな犬でも怖くて仕方ないんだってことを。



「そ…そうだったんですか。
私、てっきり……」

私は自分が想像したことを話して、彼はその話に思いっきり笑った。



「考え過ぎだよ!
だいたい…態度でわかるだろ?
僕があんなにしょっちゅう植物を買いに行ったのは…その…君に会いたいからだったんだから。」

「ほ、本当に…?」

信じられないような話だったけど、彼の様子がおかしかったのは確かにモコがいっしょだった昨日だけ。
今も、いつもと全然変わらない優しい笑顔で私を見つめてる。



「そっか…それで、今日の君はおかしかったんだね。
じゃあ、あらためて言うけど……
……どうか僕とつきあって下さい!」

恥ずかしくなるほど、真っ直ぐな視線でそう告白されて……
私は胸がいっぱいで何も言えず、俯いたままただ小さく頷いた。

 
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