上 下
28 / 239
あなたに憧れて…

しおりを挟む
景気の良いイントロと共に幕がするすると上がり、耳をつんざく歓声と目も眩むようなスポットライトが俺の全身を包み込む。



「今夜は忘れられない夜になりそうだぜ!」



俺の叫んだその一言で、ホールを揺るがすような歓声が上がった。
血が沸騰するような心地良い快感が、俺の身体を突き抜ける。

数え切れない程歌い続けて来たこの曲は、歌詞を考えるまでもなく自然に喉から飛び出して来る。



ついに俺はここまで来たんだ。
数人の客しかいない寂れたライブハウスから、数万人が収容出来る日本一のこの大ホールへ……
集まった数万の瞳が俺を熱くみつめ、俺の名を絶叫する。

まるで、夢みたいだ……



歌いながら、俺はゆっくりと会場を見渡す。
本当に信じられない……
客席はどこもかしこも埋め尽されている。
予約開始後3分でチケットは完売したとは聞いてはいたが、まだどこか信じられない気持ちがあった。
でも、やっぱり本当だったんだ。



「行くぜ~~!」



物思いに耽りながらも、俺は歌詞を間違えることはない。
ここからが一番盛りあがるサビの部分だ.
客も一緒に歌いながら、一斉に同じ振りを始める。
まるで、波のうねりのように皆が同じ動きを……



(あ……)



その中に俺は動かない人影をみつけた。
うねりの中に突っ立ってるのは、中年の男女。
服装も周りの子達とはまるで違う場違いな二人……



(……来てくれたんだ…!)



それは俺の両親だった。
大人になるにつれ話が合わなくなって、俺はまだ十代のうちに家を出た。
母親とはたまに連絡を取っていたが、父親は俺の好きな音楽のことを理解してくれず、家を出てから一度も会う事はなかった。
今回もきっと来るのは母親と妹だと思ってた。
なのに、父さんが……



俺は、込み上げる想いを隠し、気合いをこめてシャウトした。



しばらく見ないうちに白髪が増えて…
なんだか一回り小さくなったような気もする。
気付いていないふりをして、俺はもう一度父さんを盗み見た。



父さんが笑ってる……
どこか照れ臭そうな顔をして……
それを見た途端、俺はまた胸が熱くなり音程を保つのに必死になる。



今夜は父さんと話せるだろうか…?
来てくれてありがとうと俺は言えるだろうか?



そして、いつか打ち明けられる時が来るだろうか?
少々ジャンルは違ってるけど、俺は子供の頃、カラオケで歌う父さんに憧れてこの道に入ったってことを……
ミラーボールに照らされて演歌を歌う父さんがすごくカッコ良く見えたってことを……



(最高の夜だな…)



ライブはまだ始まったばかりだというのに、俺の心の中はすでに満ち足りた気分になっていた。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

貧乏男爵家の四男に転生したが、奴隷として売られてしまった

竹桜
ファンタジー
 林業に従事していた主人公は倒木に押し潰されて死んでしまった。  死んだ筈の主人公は異世界に転生したのだ。  貧乏男爵四男に。  転生したのは良いが、奴隷商に売れてしまう。  そんな主人公は何気ない斧を持ち、異世界を生き抜く。

装備製作系チートで異世界を自由に生きていきます

tera
ファンタジー
※まだまだまだまだ更新継続中! ※書籍の詳細はteraのツイッターまで!@tera_father ※第1巻〜7巻まで好評発売中!コミックス1巻も発売中! ※書影など、公開中! ある日、秋野冬至は異世界召喚に巻き込まれてしまった。 勇者召喚に巻き込まれた結果、チートの恩恵は無しだった。 スキルも何もない秋野冬至は一般人として生きていくことになる。 途方に暮れていた秋野冬至だが、手に持っていたアイテムの詳細が見えたり、インベントリが使えたりすることに気づく。 なんと、召喚前にやっていたゲームシステムをそっくりそのまま持っていたのだった。 その世界で秋野冬至にだけドロップアイテムとして誰かが倒した魔物の素材が拾え、お金も拾え、さらに秋野冬至だけが自由に装備を強化したり、錬金したり、ゲームのいいとこ取りみたいな事をできてしまう。

異世界転生したので、のんびり冒険したい!

藤なごみ
ファンタジー
アラサーのサラリーマンのサトーは、仕事帰りに道端にいた白い子犬を撫でていた所、事故に巻き込まれてしまい死んでしまった。 実は神様の眷属だった白い子犬にサトーの魂を神様の所に連れて行かれた事により、現世からの輪廻から外れてしまう。 そこで神様からお詫びとして異世界転生を進められ、異世界で生きて行く事になる。 異世界で冒険者をする事になったサトーだか、冒険者登録する前に王族を助けた事により、本人の意図とは関係なく様々な事件に巻き込まれていく。 貴族のしがらみに加えて、異世界を股にかける犯罪組織にも顔を覚えられ、悪戦苦闘する日々。 ちょっとチート気味な仲間に囲まれながらも、チームの頭脳としてサトーは事件に立ち向かって行きます。 いつか訪れるだろうのんびりと冒険をする事が出来る日々を目指して! ……何時になったらのんびり冒険できるのかな? 小説家になろう様とカクヨム様にも投稿しました(20220930)

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

カウドゥール等(メインキャラ)の短編集

東龍ベコス
ファンタジー
2010年代くらいから気晴らしに打ってる、Kさんらメインの短編。 最初の方、すげぇ稚拙。置いてるだけなので、気にしないで下さい。

処理中です...