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花束

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「仰~げば尊~しわが師~の恩~」



 歌いながら涙を流す子は一人や二人ではない。
そう、今日は我が校の卒業式だ。
もう何度も体験したことがあるが、今年はいつもよりほんの少し感慨深い。
なぜなら、今年で私も卒業だからだ。



 明日の誕生日を最後に、私は定年となる。
 大学を出てから、私は一度も職を変えることなく、教師生活を過ごして来た。
この女子高には14年お世話になった。



 特に、たいそうな志を持って教師を目指したわけではなかった。
もとはといえば、親にすすめられたからだ。
だが、私にはそれなりに合っていたのではないかと思う。
いや、それは正しい判断とは言えないか…
私は、教師以外の職業をしたことがないのだから。
しかし、とりあえず、大きな不満等は何もなかった。
それはきっと、教師という職業を、生活の糧としか考えてないせいかもしれない。



 私は陰で『アンコウ』と呼ばれている。
 安東という苗字からではなく、私が不細工でアンコウに似ているからだろう。
 熱い志もなく、見た目も良くない私は、生徒からもあまり慕われることはなかった。
 私が今年定年することを知る者もいないだろう。
それで良い。
それが私に似合いの最後だ。



 *



 「安東先生!」

 振り返ると、そこには深谷がいた。
 私が顧問をしていた華道部の子だ。



 「……何だい?」

 「あ…あの…定年、お疲れ様でした。」

 「え!?」

 驚く私の目の前に、彼女は花束を差し出した。



 「先生…長い間、お世話になりました。」

 「え…あ…ありがとう。」

 「先生のおかげで、私、楽しい部活が出来ました。」

 「そ、そうなのか…」

 「では……」

そう言って去って行く深谷の後ろ姿を見ながら、私はなかなか驚きから抜け出せないでいた。



 (私は何もしていないのに…)



 華道部の顧問は、前任の教師がやめてからやる者がおらず、私にお鉢が回って来ただけのこと。
 華道には何の関心もなかったし、私は最低限のことをしていたに過ぎないのに、彼女は私の労を労い、花束をくれた。



そのことが、どうにも私の心をざわつかせた。
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