夢の硝子玉

ルカ(聖夜月ルカ)

文字の大きさ
上 下
689 / 802
ペルージャの獣人

28

しおりを挟む
「ジュリアス……君は何を恐れている?
なぜ、同族の所へ行くのを、そんなに嫌がるんだ?」

「そ、それは……」

ジュリアスは顔を伏せたまま口籠り、ダルシャの問いかけに答えることはなかった。



「わかった。
言いたくないのなら言わなくて良い。
君が獣人の村に行きたくないのならそれでも良い。
ただ、今は早急にここを離れよう。
その後のことは私が責任を持ってなんとかする。」

「なんとか…って……」

「一生、匿う。」

その短くも重みのある言葉に、ジュリアスは思わず顔を上げ、ダルシャの瞳をじっとみつめた。



「……あんたが初めてだった。」

「何が初めてなんだ?」

「あんたは俺に名前を訊ねてくれた初めての人間だ。
人間にとっちゃ、獣人に名前なんて必要ない。
どれもただの『獣人』でしかない。
だけど、あんたは違った…
それに他のみんなも、俺のことを自然とジュリアスって呼んでくれた……
俺……本当はそのことがすごく嬉しかったんだ。
名前を呼ばれたことなんて、ものすごく久しぶりのことだ。
おかしな話だけど、俺は、あんた達に名前を呼んでもらうことで本当にこの世界に生きてるんだって…そんな風に実感出来たんだ。」

話しているうちに、ジュリアスは感情が高ぶったのか、彼の大きな瞳にはうっすらと涙が溜まっていた。



「だったら、もっと生きねばならんな。
時に、君のご両親は?」

ジュリアスは、俯き小さく首を振った。



「そうか、それではご両親のためにも長生きせねばならんな。」

「なぜだ?」

「我が子の無事や幸せを願わない親などいない。
それは、たとえ天に召されてからでも変わらないさ。」

「でも、生きていたら幸せとは限らないんじゃないか!」

ジュリアスの悲痛な声が部屋に響く。



「……君は、今まであまり幸せではなかったのだな?」

仕草でも言葉でも何も答えないジュリアスに、ダルシャはさらに言葉を続けた。



「ならば、これから幸せにならんとな。
悔しいとは思わないか?
幸せだと感じることのないまま、この世を去るなんて……
君には幸せになる権利が…いや、幸せになる義務があるんだ。
ご両親のためにもな……」

顔を伏せたまま何も言わず、ただ肩を震わせるジュリアスの背中を、ラスターが優しくさすり続けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

裏切りの代償

志波 連
恋愛
伯爵令嬢であるキャンディは婚約者ニックの浮気を知り、婚約解消を願い出るが1年間の再教育を施すというニックの父親の言葉に願いを取り下げ、家出を決行した。 家庭教師という職を得て充実した日々を送るキャンディの前に父親が現れた。 連れ帰られ無理やりニックと結婚させられたキャンディだったが、子供もできてこれも人生だと思い直し、ニックの妻として人生を全うしようとする。 しかしある日ニックが浮気をしていることをしり、我慢の限界を迎えたキャンディは、友人の手を借りながら人生を切り開いていくのだった。 他サイトでも掲載しています。 R15を保険で追加しました。 表紙は写真AC様よりダウンロードしました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです

珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。 老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。 そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

処理中です...