夢の硝子玉

それぞれの旅立ち

８２

＊



 （……なんだよ。
こんな時間まで俺が帰らなくても心配にもならないってことか…）

ジャックは小さく舌を打ち、宿へ戻った。
 宿を飛び出したは良いが、この町の先には魔物が出ると聞いていたため、ただなんとなく町の中をうろついてみたものの、ひなびた田舎町にはこれといって見るものもなく…
期待していたフレイザーも一向に姿を見せず、空腹を葡萄のつまみぐいで紛らせた挙句、仕方なく宿に戻ったのだった。



 「お客さん！どこに行ってたんだい！
お連れさん達が大変だよ！」

 宿に入った途端、宿の主人がジャックに駆け寄った。



 「大変って…フレイザーになにかあったのか！？」

 「とにかく、部屋へ…」

 主人と一緒に部屋へ戻ると、荒れ果てた部屋の中でフレイザーとエリオットが熟睡していた。



 「こ…これは…何があったんだ？」

 「お客さんが出て行ってからワインを買っていかれたんだけど…
しばらくは静かだったんだよ。
そのうち聞いたこともない歌が聞こえてきて…それからしばらくしたら、今度はものすごい物音がして、なにかあったのかと駆け付けてみたらこの有様で。
 酔っ払って暴れまくって止めようにも止まらなかったんだけど、さっきやっと静まった所だよ。
そうたくさんも飲んでないはずなんだけど…この人達は普段からこんなに酒癖が悪いのかい？」

 「え…？
あ…あぁ、ふだんは酒は全然飲まないんだけどなぁ…」

ジャックは、いまだ、部屋の荒れようが信じられないといった表情で答えた。



 「なるほどね…飲まない者が急に飲んだからこんなことになったのか…
とにかく部屋はちゃんと元通りにしてもらうよ。
それと、壊れたものは弁償してもらうからね。」

 「……はい、申し訳ありませんでした。」

ジャックは、殊勝に目を伏せ頭を下げた。



 「あとのことは頼んだよ。じゃあ…」

 「あ…あの…」

 出ていこうとする主人に、ジャックがおずおずと声をかける。



 「なんだい？」

 「あの服は…？」

ジャックは、あちこちに脱ぎ捨てられた服の一部を目で示した。



 「あぁ、それならその男の人のだよ。」

 「えっ！？…でも、なんでこんな所に？」

 「なんでって…ほら！」

 主人は、フレイザーに近付き、彼にかけられた毛布をめくる。



 「うわっ！」

 全裸のフレイザーに、ジャックは思わず声を上げた。



 「よくいるんだよ。
 酔うと服を脱ぎたがる人が…
早く着せてやんなよ。」

 主人はそう言って笑いながら部屋を後にした。