上 下
89 / 121
メンチカツ

しおりを挟む
「パパ…ごめんなさい。」

父を迎えた玄関先で、敦は大粒の涙をこぼした。



「敦、どうした?」

「ぼ、僕ね、僕ね……」

敦の声はなかなか言葉にならない。
敦は、父親の腕を取り、キッチンに向かった。



「うわぁ…なんだ、これ?」

「ご、ごめんなさい!」

散らかった台所で、敦は火が付いたように激しく泣き出した。







「……落ち着いたか?」

敦は小さく頷く。



「メンチカツ、作ろうとしてくれたんだよな?」

敦はまたさっきと同じように頷いた。



「じゃあ、今から一緒に作ろう。」

「う、うん。」

散らかった台所を片付けながら、父は冷蔵庫から材料を取りだした。



「残ってて良かったよ。
まずは、玉ねぎを刻むぞ。」

「玉ねぎも入ってたんだ…」

「そうだよ。人参も少し入ってるんだ。」

父親は、慣れた手付きで玉ねぎと人参を刻んでいく。



「パパ、上手だね。」

「まぁな、もう何年もやってるからね。
次は肉を混ぜるぞ。」

父親は、刻んだ野菜と挽肉を混ぜ合わせた。



「今、入れたのは何?」

「調味料だよ。」

「僕、ミンチを丸くしただけだった。」

「そうか。ま、大丈夫だ。
少し冷やすから、そこに座って。」

父親は、あたりを片付け、テーブルの中央にケーキを置いた。



「敦の好きなチョコケーキ、買ってきたぞ。」

「……ありがと。
今日はパパの誕生日だから…だから、メンチカツを作ってあげたかったんだ。」

「うん、わかってる、ありがとな。」

父親は、敦の頭を優しく撫でた。



「ごめんね…失敗して。」

敦の視線の先には、生焼けの肉の残骸が置いてあった。



「大丈夫だ。もう1回揚げたら食べられるよ。」

そう言いながら、父はテーブルの上にバットを並べていく。



「何してるの?」

「メンチカツを揚げる準備だよ。」

「えーー…僕、ミンチにパン粉を付けただけだった。」

敦は並べられた卵液やパン粉を不思議そうに眺めた。



「さぁ、揚げようか。」

手際良く揚げる状態に整えられていく様子に、敦は釘付けだった。
敦の作ったメンチカツもボソボソの衣をはがされ、体裁が整った。
油の中でメンチカツが段々ときつね色に色付いて…



「わぁ、美味しそう!」

メンチカツが皿に盛られ、テーブルにはサラダやチキンも並べられ、敦の摘んできた黄色い花も飾られた。



「パパ、お誕生日おめでとう。」

「ありがとう。
花、綺麗だな。どこで摘んだんだ?」

「河原だよ。」

「そっか。
でも、気を付けるんだぞ。
パパには敦しかいないんだから、元気でいてくれよ。」

「大丈夫だよ。僕はずっと元気でパパの傍にいる。
だから、明日から僕に料理を教えてよ。」

「えーっ?敦、料理がしたいのか?」

「うん!パパに美味しいメンチカツを作ってあげたいんだ。」

「そっか。」

二人っきりの誕生日パーティは、賑やかではなかったが、穏やかで満ち足りたものだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...