上 下
77 / 121
富豪

しおりを挟む
「ひ、ひぃぃ……」

魔法陣が急に輝き出したと思ったら、その中央に黒い影が集まり、それはやがて人の形となった。



「人間よ、お前か。
我を解放したのは。」

「そ、そうだ。」

薄汚い中年の男は震えながら答えた。
魔法陣に立っているのは、腰まで伸びた黒髪が艶やかな、美しい青年だった。



「そうか。感謝する。
恩人であるおまえの願いを叶えよう。」

「そ、それなら、俺を金持ちにしてくれ!
どれだけ遣ってもなんともないくらい、とんでもない金持ちに。」

「なんともわかりやすい願いだな。
容易いことだ。」

青年は、小さな声で何事かを詠唱した。
そして、片手を差し出した。



「なんだ?」

「どれほど遣っても無くならない金貨が湧き出す革袋と、土地の権利者と屋敷の鍵だ。」

「な、なんだって!?」

「では、さらばだ。」

青年の姿は、その場からかき消えた。







(あれから、もう十年か…)



ラリーは、揺り椅子に座り、葉巻の煙をゆっくりと吐き出した。
煙を見ながら、ふと昔に想いを馳せた。



ラリーは、貧しい家庭の次男として生まれた。
酒飲みであまり働かない父親、そして病弱な母親と兄弟がいた。
ラリーは子供の頃から懸命に働いた。
けれど、どれだけ働いても家計は楽にはならない。



16の年に母親が死に、ラリーはそれをきっかけに家を飛び出した。
それからのラリーは真面目に働き、節約しながら貯めた金を根こそぎ盗まれたのは二十歳を少し過ぎた頃だった。



絶望したラリーは、良くない道へ進んだ。
悪事を働きながらも金を貯めた。
ところが、それなりの金が貯まると怪我をして、治療代にすべて消えてしまった。



(いつもこうだ。)

ラリーは、さらなる絶望を体験した。



悪事を続けながら、ラリーはギリギリの生活を続けた。
稼いだ金は、酒と博打と女に消えた。



そんなある日、ラリーは、ある古い廃屋で一冊の日記帳をみつけた。
そこには、封印された悪魔を蘇らせる方法が記されていた。
半信半疑だったが、半年をかけ、地下室に魔法陣を描きあげた。
ラリーの魔法陣はちゃんと機能し、復活した悪魔に願いを叶えてもらった。



(富豪というのは、退屈なもんだったんだな。)



広大な屋敷…
使用人も大勢いる。
三度程、妻を迎えたが、いずれもうまくいかず、今は独りだ。



金さえあれば、幸せになれると、ラリーは思っていたが、現実はそうではなかった。
金の心配をすることはないが、皮肉なことにそれがまたラリーの生活から活力を奪った。



心にぽっかりと大きく空いた穴を、ラリーはどうすることも出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...