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064. 水に没む
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「おじさん、うちの商品は良いものばかりだよ。
母さんと姉さんが、心をこめて丁寧に作ったものだから。」
少年の嬉しそうで、どこか誇らしげな笑顔を見ていると、俺は「いらない」という言葉が言えなくなってしまった。
結局、俺は男に言われるままに、ピンクの生地に花の刺繍の入ったスカーフを受け取った。
手触りからして、それが質の良いものだということはすぐにわかる。
きっと高価なものなのだろう。
どこかで売ればきっと良い稼ぎになるだろうに…
俺のちょっとした親切心に、そこまで感謝してくれた男に、俺は胸が熱くなった。
親子と別れた俺は、森を通り抜け町に入った。
医者がいないというのも頷ける小さな町だったが、幸いなことに酒場はあった。
食堂と酒場を兼ねたような古い店で、店内はそれなりに賑わっていた。
俺は、そこで相席になった男と息投合し、朝まで飲み明かした。
*
「お客さん、朝だよ。
ウェイド、仕事は良いのかい?」
店のおかみに起こされ、俺が目を覚ました時、店の中の様子は昨夜とはすっかり変わっていた。
昨夜いたはずの酔っ払いはほとんど姿を消し、この町には不似合いな着飾った若い娘とその使用人らしき中年の男が少し離れたテーブルで朝食を食べていた。
「おかみ、俺達にコーヒーをくれ。
うんと熱くて苦いやつな。
ラスティ、それで良いだろ?」
「あ…あぁ…」
男の事は覚えている。
昨夜、相席になった男だ。
確か、職人だと言ってたような気がするが、俺はその男の名前も覚えていなければ、自分の名前を教えたことも覚えてはいなかった。
「苦いコーヒーを飲めば、頭もすっきりするさ。」
男は片目をつぶると、カウンターの方へ歩き出した。
いつもそうしているのかどうかはわからないが、カウンターでコーヒーを受け取ると、両手にそれを持ってまたテーブルの方へ歩いて来る…
その時だった。
ちょうど席を立とうとした女の身体が、ウェイドの腕にぶつかり、その瞬間、持っていたコーヒーがこぼれた。
女は短い叫び声をあげると、ドレスについた茶色い染みに困惑した顔を向けた。
「まぁまぁ、大変だ!
ちょっと待って下さいよ!」
おかみが濡らしたナプキンを手に女の元へ駆け付け、女のドレスに付いた染みを拭った。
そのおかげで染みはずいぶん薄れたが、当然、完全には消えなかった。
母さんと姉さんが、心をこめて丁寧に作ったものだから。」
少年の嬉しそうで、どこか誇らしげな笑顔を見ていると、俺は「いらない」という言葉が言えなくなってしまった。
結局、俺は男に言われるままに、ピンクの生地に花の刺繍の入ったスカーフを受け取った。
手触りからして、それが質の良いものだということはすぐにわかる。
きっと高価なものなのだろう。
どこかで売ればきっと良い稼ぎになるだろうに…
俺のちょっとした親切心に、そこまで感謝してくれた男に、俺は胸が熱くなった。
親子と別れた俺は、森を通り抜け町に入った。
医者がいないというのも頷ける小さな町だったが、幸いなことに酒場はあった。
食堂と酒場を兼ねたような古い店で、店内はそれなりに賑わっていた。
俺は、そこで相席になった男と息投合し、朝まで飲み明かした。
*
「お客さん、朝だよ。
ウェイド、仕事は良いのかい?」
店のおかみに起こされ、俺が目を覚ました時、店の中の様子は昨夜とはすっかり変わっていた。
昨夜いたはずの酔っ払いはほとんど姿を消し、この町には不似合いな着飾った若い娘とその使用人らしき中年の男が少し離れたテーブルで朝食を食べていた。
「おかみ、俺達にコーヒーをくれ。
うんと熱くて苦いやつな。
ラスティ、それで良いだろ?」
「あ…あぁ…」
男の事は覚えている。
昨夜、相席になった男だ。
確か、職人だと言ってたような気がするが、俺はその男の名前も覚えていなければ、自分の名前を教えたことも覚えてはいなかった。
「苦いコーヒーを飲めば、頭もすっきりするさ。」
男は片目をつぶると、カウンターの方へ歩き出した。
いつもそうしているのかどうかはわからないが、カウンターでコーヒーを受け取ると、両手にそれを持ってまたテーブルの方へ歩いて来る…
その時だった。
ちょうど席を立とうとした女の身体が、ウェイドの腕にぶつかり、その瞬間、持っていたコーヒーがこぼれた。
女は短い叫び声をあげると、ドレスについた茶色い染みに困惑した顔を向けた。
「まぁまぁ、大変だ!
ちょっと待って下さいよ!」
おかみが濡らしたナプキンを手に女の元へ駆け付け、女のドレスに付いた染みを拭った。
そのおかげで染みはずいぶん薄れたが、当然、完全には消えなかった。
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