125 / 697
020. 冥王
5
しおりを挟む
*
「大丈夫ですか?」
「え……ええ…ありがとうございます。
いつものことですから…少し休んでいれば大丈夫です。」
男は、木陰に腰を降ろした女性の前に水筒の水を差し出した。
「よろしければどうぞ。
少しは楽になるかもしれませんよ。」
「……ありがとうございます。」
女性は、男性の好意を素直に受けた。
*
「あ…あなたは……」
「あぁ…昨日の…
あれから、体調の方はいかがですか?」
「昨日はありがとうございました。
今日は、昨日よりは少し良くなったようです。」
「それは良かった…」
男性の穏やかな微笑みに、女性はどこかひかれるものを感じ、自分でも少し不思議に感じながらもその男性に話しかけた。
「あの…こちらへはお仕事かなにかですか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
男性は、なぜだかこの女性と話をしたい気持ちにかられ、二人は木陰に腰を降ろし、気がつけばかなりの時間、お互いのことを話しあっていた。
「それは、お辛いですね…」
「辛いというのかなんといえば良いのか…
僕自身、自分の身の上に起こったことをまだ消化しきれていないような気がするんです。」
男は、一年程前に酒場で酔った勢いでつまらない喧嘩をし、その時に負った頭の傷のせいでそれまでの記憶を一切失ってしまったのだと話した。
生死の縁をさ迷い、ようやく息を吹き返したのは良かったが、一切の記憶を忘れたばかりではなく、今までとはまるで別人のようになってしまったのだという。
「もちろん、僕には記憶がありませんからそのことさえもよくわかりません。
でも、僕のことを知る人達は皆一様に言うのです。
昔の僕はそんなじゃなかったと…
昔の僕は酒が大好きだったらしいのですが、今は、グラス一杯の酒すら飲めないのです。
僕には結婚を約束した女性もいたらしいのですが、その人もそう言いました。
昔の僕とは違い過ぎて、今の僕は好きになれないと…そうして、気が付くと僕の周りからは誰もいなくなっていたのです。
そんな時、お医者様が言ってくれたんです。
どこか旅でもして気分転換をしてみたらどうかと…
記憶はありませんが、幸い、僕の身体には異常はありませんから、心配はないだろうと言われたので、あてもなくふらりと出掛けたのです。
いくつかの町を通り過ぎ、この町に辿りついた時に、なんとなくこの場所が気に入ってしまって…
僕の住んでた町は温かで良い気候なんですが、僕にはここの少し冷たい空気の感触がたまらなく心地良く感じられるんです。」
そう言って、男性は透き通った空を見上げた。
「大丈夫ですか?」
「え……ええ…ありがとうございます。
いつものことですから…少し休んでいれば大丈夫です。」
男は、木陰に腰を降ろした女性の前に水筒の水を差し出した。
「よろしければどうぞ。
少しは楽になるかもしれませんよ。」
「……ありがとうございます。」
女性は、男性の好意を素直に受けた。
*
「あ…あなたは……」
「あぁ…昨日の…
あれから、体調の方はいかがですか?」
「昨日はありがとうございました。
今日は、昨日よりは少し良くなったようです。」
「それは良かった…」
男性の穏やかな微笑みに、女性はどこかひかれるものを感じ、自分でも少し不思議に感じながらもその男性に話しかけた。
「あの…こちらへはお仕事かなにかですか?」
「いえ…そういうわけではないのですが…」
男性は、なぜだかこの女性と話をしたい気持ちにかられ、二人は木陰に腰を降ろし、気がつけばかなりの時間、お互いのことを話しあっていた。
「それは、お辛いですね…」
「辛いというのかなんといえば良いのか…
僕自身、自分の身の上に起こったことをまだ消化しきれていないような気がするんです。」
男は、一年程前に酒場で酔った勢いでつまらない喧嘩をし、その時に負った頭の傷のせいでそれまでの記憶を一切失ってしまったのだと話した。
生死の縁をさ迷い、ようやく息を吹き返したのは良かったが、一切の記憶を忘れたばかりではなく、今までとはまるで別人のようになってしまったのだという。
「もちろん、僕には記憶がありませんからそのことさえもよくわかりません。
でも、僕のことを知る人達は皆一様に言うのです。
昔の僕はそんなじゃなかったと…
昔の僕は酒が大好きだったらしいのですが、今は、グラス一杯の酒すら飲めないのです。
僕には結婚を約束した女性もいたらしいのですが、その人もそう言いました。
昔の僕とは違い過ぎて、今の僕は好きになれないと…そうして、気が付くと僕の周りからは誰もいなくなっていたのです。
そんな時、お医者様が言ってくれたんです。
どこか旅でもして気分転換をしてみたらどうかと…
記憶はありませんが、幸い、僕の身体には異常はありませんから、心配はないだろうと言われたので、あてもなくふらりと出掛けたのです。
いくつかの町を通り過ぎ、この町に辿りついた時に、なんとなくこの場所が気に入ってしまって…
僕の住んでた町は温かで良い気候なんですが、僕にはここの少し冷たい空気の感触がたまらなく心地良く感じられるんです。」
そう言って、男性は透き通った空を見上げた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます
ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。
何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。
生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える
そして気がつけば、広大な牧場を経営していた
※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。
7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。
5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます!
8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!
女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。
ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。
冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。
のんびり書いていきたいと思います。
よければ感想等お願いします。
土下座で女神に頼まれて仕方なく転生してみた。
モンド
ファンタジー
ドジな女神が失敗を繰り返し、管理している世界がえらい事になって困っていた。
ここに来て女神は「ここまできたら最後の手段を使うしかないわ。」と言いながら、あるカードを切った。
そう、困ったら「日本人の異世界転生」と言うのが先輩女神から聞いていた、最後の手段なのだ。
しかし、どんな日本人を転生させれば良いかわからない女神は、クラスごと転生を先ず考えたが。
上司である神に許可をもらえなかった。
異世界転生は、上司である神の許可がなければ使えない手段なのだ。
そこで慌てた女神は、過去の転生記録を調べて自分の世界の環境が似ている世界の事案を探した。
「有ったこれだわ!・・何々・「引きこもりかオタクが狙い目」と言うことは・・30歳代か・・それから、・・「純粋な男か免疫のない男」・・どういうのかわからなくなったわ。」
と呟きながら最後は、
「フィーリングよね、やっぱり。」
と言い切ってカードを切ってしまった、上司の許可を得ずに。
強いのか弱いのかよく分からないその男は、女神も知らない過去があった。
そんな女神に呼ばれた男が、異世界で起こす珍道中。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
【完結】この胸に抱えたものは
Mimi
恋愛
『この胸が痛むのは』の登場人物達、それぞれの物語。
時系列は前後します
元話の『この胸が痛むのは』を未読の方には、ネタバレになります。
申し訳ありません🙇♀️
どうぞよろしくお願い致します。
貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。
譚音アルン
ファンタジー
ブラック企業に勤めてたのがいつの間にか死んでたっぽい。気がつくと異世界の伯爵令嬢(第五子で三女)に転生していた。前世働き過ぎだったから今世はニートになろう、そう決めた私ことマリアージュ・キャンディの奮闘記。
※この小説はフィクションです。実在の国や人物、団体などとは関係ありません。
※2020-01-16より執筆開始。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる