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ポイントカード(おうし座)

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「達也!」



そこにいた全員の視線が僕に注がれた。
そこは、天国でも地獄でもない…ただの狭い病室だった。
中央に置かれたベッドにはひとりの老人が横たわり、その周りには見慣れた母や姉、義兄や親戚の伯母の顔があった。



「お父さん!ほら!
やっぱり達也は来てくれたわよ!」



(父さん…?父さんだって!?)



まだ事情も飲み込めないまま、僕はゆっくりと老人の傍に歩み寄った。
姉が座っていた椅子から立ち上がり、僕をそこに座らせた。
老人のしわがれた瞳から涙が流れ、骨と皮になった細い腕が僕の方へ差し伸ばされた。
死人のように冷たいその手には、僕の手を握る力も乏しく、僕の知っているたくましい父親の手とは別のもののようだった。



「父さん…」

僕は目の前の光景が信じられないでいた。
そこにいたのは、僕が知ってる父さんとはまるで別人のような…今にも息絶えそうな程弱りきった老人…



「と…父さんなのか!?
な、なぜ、こんなことに…!」

「達也…ごめんね。
父さんが、あんたには絶対に知らせるなって言うもんだから…
父さんは三年前にガンがみつかってね…
手術はしたんだけど…また再発して……」

母さんはそう言うと、声を詰まらせハンカチで顔を覆った。



嘘だ…僕は父さんがガンだったなんて、一言も知らされてはいなかった。
手術したなんて聞いた事もない。
あの時…父さんの具合が悪いと電話があった一年前のあの日…
僕は、取引先とのゴルフがあって、実家には戻らなかった。
そして次の日、父さんが亡くなったと連絡があった。
僕は、少し迷ったけれど、その日も重要な会議があったから、葬儀にかかる金だけを振りこんで家には戻らなかった。
結局、僕が戻ったのは初七日の法要の日。
その時も、母も姉も僕には特になにも言わなかった。

どうせ僕は父さんには嫌われていたから、これで良かったんだと思った。



「達也…ありがとう…
ありがとう…」

酸素マスクの向こうから、苦しそうな声で父さんが何度も何度もそう呟いた。



「父さん!もう喋るな!」

「ありがとう…ありがと…」

声が小さくなり不意に途切れ…それと同時に、父さんの冷たい手から完全に力が抜けた。



「父さん…?」



抑揚のない電子音が部屋の中に響いた。
それをきっかけに部屋の隅に控えていた医師が近付き、父さんの脈と眼球を調べ、父さんの死とその時刻を告げ、母さんや姉さんや伯母の嗚咽が部屋に広がった。 
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