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十年目

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(やっぱり、今日も雨だね……)



 『梅雨の時期なんだから、仕方ないだろ。』



 兄さんは、多分、そう言いそうだ。
そんなことを思うと、なんだか笑える。



 長かったようで…それでいて、あっという間だったような十年だった。
 明るくて、リーダー格で、なんでもそつなくこなせて…誰からも愛される人だった。
そんな兄さんは、僕の憧れでもあった。



 理想が高かったたのか、モテる割には、女性関係は派手じゃなく…
兄さんが彼女さんを家に連れて来たのは、亡くなる数か月前のことだった。



 『来年あたりには結婚するつもりなんだ。』



 兄さんは柄にもなく照れて、そう言った。
 小夜さんは、僕と同い年だったけど、物静かでたおやかで、品の良い人で…僕よりも年上に感じられた。
 何度か家に来る度に、僕は小夜さんに惹かれていったけど、そんな想いは打ち明けられるはずもなく、そして、一生、打ち明ける気もなかった。
そもそも、その想いが恋なのかただの憧れなのかもわからなかった。
 来年には、僕の義姉さんになる人だし、ただ会えるだけで幸せだった。



 兄さんが急に逝ってしまってから、小夜さんの憔悴ぶりは酷いものだった。
 小夜さんも一緒に逝ってしまうんじゃないかと、僕はとにかくそれが怖くて、マメに彼女に連絡をした。



 『ありがとう、玲君、もう大丈夫だから。』



 彼女がそう言ったのは、五年程の月日が流れた頃だった。
 僕は彼女と離れるのがいやで、自分の想いを打ち明けた。
だけど、彼女は首を振った。



 『私……今は、誰も好きになれないから…』



 一方的な想いでも良いから、君の傍にいたいと僕は言った。
だけど、その想いは報われることはなかった。
 彼女は僕の前から姿を消し、連絡も着かなくなった。



それからさらに五年が経って…
それなのに、僕の気持ちはまだ変わっていない。
 小夜さん以外の女性に目が行かず、母さんは僕が一生結婚出来ないんじゃないかって心配している。



 雨の霊園は、人影もまばらだ。
 僕は、兄さんと父さんのいる墓を目指した。



 『待てど暮らせど来ぬ人を宵待ち草のやるせなさ。
 今宵は月も出ぬそうな…』



か細く澄んだ歌声が、そぼ降る雨の中に響いた。



 「……小夜さん!」

 「……玲君。」

 思いがけない再会に、僕の心は波打った。



 「来てくれたんだ?」

 「うん…やっと来れた。
 十年かかったけど…やっと、現実を受け入れられたのよ。」

 「ありがとう。兄さんもきっと喜んでるよ。」

 「……うん。」

 「あ……今の歌は?」

 小夜さんは、はにかんで俯いた。



 「あの…お茶でもどうかな?」

お参りを終え、僕は勇気を振り絞って言ってみた。



 「……そうね。いろいろ話したいこともあるし。」

 「えっ!?あ、あぁ、そうだね。」

 断られると思ってたから、びっくりして焦ってしまった。
でも、とても嬉しかった。



 (兄さん、小夜さんに会わせてくれてありがとう。)



 僕は、鉛色の空に向かって、小さく呟いた。

 
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