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桜並木

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「ご馳走様でした。」

 「どうもありがとうございます。」



 今日も来てくれた。
ただそれだけで、嬉しくて笑みがこぼれる。



 歓迎会の時から、なぜだか気になっていた山本さん…
近くの岩本電機の新入社員らしい。
 新入社員とはいえ、大卒という雰囲気ではない。
 年の頃は、僕と同じくらいだろうか。
 家庭的で、どこか頼りないっていうのか、守ってあげたくなるタイプの人だ。



 歓迎会の後、同僚と一緒にランチを食べに来てくれて…
僕の料理を気に入ってくれたのか、その後は、毎日のように来てくれるようになった。
だから、最近は、日替わりランチにも熱がこもる。
 彼女が飽きないように、新メニューを毎日考えている。



まだ知り合ってそんなに経たないのに…
なんで、こんなに惹かれるんだろう?
 最近は、恋愛からもずっと離れていて、店のことしか頭になかったのに…



あまりに恋愛から離れていたせいか、妙に憶病になってしまってる。
どこかに誘おうかと思うものの、その一歩がなかなか踏み出せない。
いつ誘うかということも、問題になっている。
 僕の店は週に一度、水曜日を定休日にしている。
 彼女は、水曜は仕事だから、その日は誘えるわけもなく…
彼女が休みの土日は、僕が忙しい。



 (困ったな……)



 *



 相変わらず、なかなか彼女を誘えない。
いつもと同じ、暇で退屈な水曜日…僕は、なんとなく店の近くに来ていた。



 (あっ!!)



 夕方の雑踏の中に、僕は山本さんの姿をみつけた。
 僕は、反射的に彼女のところへ駆け寄った。



 「こんばんは!」

 「え?……あ、マスターさん!」

 山本さんはちょっと驚いたような顔をしていた。



 「今、お帰りですか?」

 「は、はい。」



 (これは天がくれたチャンスだ!
どうしよう?お茶にでも誘うか?
でも、このあたりにはカフェがない…)



 「あ、あの…山本さん、さ、桜、見に行きませんか?」

 「えっ!?」

 「すぐ近くにあるんです。桜並木が。」

 「そ、そうなんですか?」

 「はい、行きましょう!」

 「は、はい。」



やった!咄嗟に思い付いたことだったけど、彼女にOKしてもらえた!
 僕は、天にも昇る心地だった。
だけど、実は、桜並木はすぐじゃなくてここから30分くらいかかる。



 「いつも食べに来て下さって、どうもありがとうございます。」

 「いえ…私こそ、いつもお邪魔して、恥ずかしいです。」

 「恥ずかしい?どうしてですか?」

 「実は私、お料理が苦手で…
マスターのお店のランチはワンコインでとても美味しくて、しかもメニューも良く変わるし、デザートまでついてるし、ものすごく助かってるんです。」



 嬉しいことを言ってくれる。
 僕はすっかりテンションが上がり、桜並木に着くまでずっとつまらないことを話し続けた。
おしゃべりな男だと呆れられていないかと心配になる程だったが、彼女は始終、微笑んでくれていた。



 「ほら、あそこです!」

 「わぁ!」

ライトアップされた桜並木に、彼女は目を輝かせた。



 「こんな所があるなんて、知りませんでした。」

 「駅からちょっと離れてるせいか、見物客も少な目で良いでしょう?」

 「はい。」

 僕達は、桜並木をゆっくりと歩いた。
 彼女は、桜を楽しんでくれてるようだ。
 思い切って誘って良かった。
 今日の帰りには、次の約束を取り付けよう!
 調子に乗って、そんな積極的な考えが浮かんでいた。



 「あ、写真撮らなきゃ!」

 彼女は、スマホを取り出した。



 「インスタとかされてるんですか?」

 「いえ、娘に見せてあげたくて…」

 「えっ!?」



 脳天を打たれたような気分だった。
 今までの浮かれた気分が一気に消え去った。



 彼女は既婚者だった…
彼女の年なら結婚していても不思議はないのに、なぜ僕はそんなことに気付かなかったんだろう?



 暗い空に舞い散る桜の花びらが、やけに悲しく見えた。
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