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『テレホンカード』

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「どうかお願いします!」

 「しかしなぁ……
確かに、彼女は歌はうまい。
だが、それだけでは…」

 「大橋ユリカは歌がうまいだけじゃありません!
あの子は、絶対に化けます!
もし、売れなかったら…僕は、プロデューサーをやめます!」



それは、大きな賭けだった。
 今の地位に着くまで、僕がどれほどの苦労をしたことか…
音楽プロデューサーという職は、田舎から出て来て十年以上かかってようやく手に入れた役職であり、僕の夢だったものだ。
だが、大橋ユリカにはその職を賭す価値があると思えた。



たまたま時間があってのぞきに行ったのど自慢大会で、彼女の歌を耳にした時…
僕の魂は震えた。
この子は、天性の歌い手だ。
この世の人々に感動を与えるために生まれて来た者だと思った。



 当然、彼女は予選を通過した。
だが、優勝したのは彼女ではなかった。
 徳永莉子という女の子だった。
 誰からも愛されるであろう可愛らしいルックスと、甘く耳障りの良い歌声…もちろん歌もうまい。
 彼女なら間違いなく売れるだろうと、僕も思った。



それに引き換え、大橋ユリカは、人目を引く容姿ではなかった。
 地味で、しかもファッションセンスもあまり良くない。



 売れるには、時間のかかるタイプかもしれない。
 売り方も難しい。
だが、ここで彼女を放り出してしまうことは、僕にはどうしても出来なかった。
 彼女の歌に癒される人々が絶対にいる。
 救われる人がいる。
 僕はそのことを確信していた。
この子は、世に出さなくてはいけない。
 僕はそんな使命感すら感じていた。



だから、プロデューサーという職を賭した。
 僕の覚悟をわかってくれたのか、根負けしたのか…上司は僕が大橋ユリカを育てることを許してくれた。



 『テレホンカード』



 大橋ユリカのデビュー曲が決まった。
もうじき新たな元号に変わるというのに、彼女が歌うのは昭和の時代を描いた歌だ。
 妻のいる男性とそれでも彼を好きになってしまった女性が、公衆電話で連絡を取り合う様子を歌った切ない恋の歌だ。
 彼女は、その心情を見事に歌い上げている。



これは絶対に売れる!
いや…たとえ売れなくて、職を失うことになったとしても、僕には悔いはない。

 
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