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ビスクドール

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「ドリー…新しいドレスはもうちょっと待ってね。
 来週には必ず着せ替えてあげるから。約束よ。」

 私は、胸に抱いたドリーの艶やかな髪を、そして滑らかな頬を優しく撫でた。



その約束が果たせないであろうことは、約束する前からわかっていた。
 私自身が、すりきれた木綿のドレスを着ているのだ。
ドリーに、新しいドレスなんて買ってあげられるはずがない。



 屋敷には、ドリーの絹のドレスが山ほどあったのに…
私はあの時、ドリーを持ち出すことだけで精いっぱいだった。
ドリーは幼い頃からの私の友達だった。
だから、置いていくことなど出来なかった。



 両親も、私がドリーを一緒に連れていくことに、何も言わなかった。
この先、厳しい生活になることがわかっていたから、きっと何も言わなかったのだろう。
 新しい人形を買うことも出来ないと分かっていたのだと思う。
 心の拠り所としても、連れて行った方が良いと考えたのかもしれない。



 現実に、私たちの暮らしは日々過酷なものになっていった。
 今、私たちが住んでいるのは、畑の傍に建てられた納屋だ。
 農機具やがらくたが雑然と置かれた狭い納屋。
 三人が体を伸ばして寝ることさえ出来ない。



 私は思い出す。
 今頃の季節、庭にはエリカの花が咲き誇っていたことを。
 紅紫の花が風に揺れる様は、まるで海の底にいるような不思議な気分にさせられたものだ。



 今はエリカを見ることさえ出来ない。
このあたりにはエリカはないし、この納屋には窓もない。



 「大丈夫よ、ドリー…
またいつか、お屋敷に戻れる日が来るわ。
そして、以前のように穏やかな日々を過ごすの。
いつか必ず……」

それは、自分自身に言い聞かせるための言葉だった。
 心の奥底では、そんなこと、不可能だって思ってる。
でも、心を闇に閉ざしてしまったら…私はもう生きていけないから。



 私はそっと目を閉じた。
 脳裏に浮かんだのは、風に揺れるエリカの花…



そうだ、こうすればいつでもエリカの花が見られるんだ。
そう気付いたら、なぜだか涙が頬を伝った。


 
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