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いわし雲
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「お母さん、見て!ちっちゃい雲がいっぱい…!」
「あれ、いわし雲って言うのよ。」
「……いわし雲?どうして?」
「彰君、いわしは知ってるよね?」
「うん、知ってるよ。」
「いわしはね、いつも群れで動くの。
ほら、あの雲も群れで動いてるよね?
だから、いわし雲って呼ばれるのよ。」
「へぇ…そうなんだ。」
「彰君、明日は雨になるかもしれないよ。」
「どうして?」
「いわし雲が出たら、雨が降ることが多いのよ。」
「ママって、いろんなこと知ってるんだね。」
私のことを見上げる息子に、私は小さく微笑んで…
その小さな手を引いて、歩き始めた。
いろんなことを知ってたのは、私じゃなくて茂さん…
茂さんのお陰で、私もいろいろな雑学を覚えた。
「……明日は雨になりそうだね。」
いわし雲を見上げながらそう言ったのが、私の聞いた最後の茂さんの声だった。
次の日は、映画を見に行く約束をしてたのに、茂さんは待ち合わせの場所には来なかった。
LINEを送っても、電話をかけても反応がない。
二時間待って、私は茂さんの家に向かった。
そこで、私を待っていたのは、冷たくなった茂さんだった。
三か月後には結婚することになっていた。
なのに、茂さんは突然逝ってしまった。
目の前の現実が受け入れられないどころか、信じることさえ出来ず、私の心は完全に壊れてしまった。
私は茂さんの後を追うことばかりを考えていた。
一人では生きていけない。
私の人生はもう終わった…
家族や友人が、懸命に私を助けてくれて…
そのおかげで、私は死なずに済んだ。
もちろん、当時の私はそんな家族や友人を疎ましく感じていただけだったのだけど…
仕事に復活したのは、茂さんが亡くなって6年後のことだった。
もちろん、まだ不安はあったし、茂さんのことが吹っ切れたわけでもなかった。
そこで、私は福田と出会った。
福田は、茂さんとはかなり違うタイプの人で、私になんらかの影響を与えてくれるわけじゃない。
そもそも恋愛感情さえ感じてはいなかった。
いても邪魔にならない楽な人だったのだ。
そんな福田からプロポーズされた時は本当にびっくりした。
私は、会社の同僚としか思っていなかったから。
だけど、何度断っても、彼は諦めなかった。
「僕と一緒にいてもいやじゃないでしょ?」
「え?、そ、それはまぁそうだけど…」
「じゃあ、一緒に居ようよ。」
何度目かのプロポーズでそんなことを言われた時…
私はなぜだか頷いてしまっていた。
相変わらず、私は福田のことを愛しているのかどうかはよくわからない。
けれど、確かに、一緒にいるのはいやじゃない。
私の心の中にはまだ茂さんがいる。
でも、彼が亡くなったことはもう受け入れられた。
ただ…いわし雲を見たら…やっぱりあの時のあの声を思い出してしまう。
『……明日は雨になりそうだね。』
けれど、もう涙は零れない。
「ママ、今夜はハンバーグだよね?」
「そうよ。」
「やったー!」
明日は雨かもしれない。
洗濯ものは部屋干しにしておこう。
「あれ、いわし雲って言うのよ。」
「……いわし雲?どうして?」
「彰君、いわしは知ってるよね?」
「うん、知ってるよ。」
「いわしはね、いつも群れで動くの。
ほら、あの雲も群れで動いてるよね?
だから、いわし雲って呼ばれるのよ。」
「へぇ…そうなんだ。」
「彰君、明日は雨になるかもしれないよ。」
「どうして?」
「いわし雲が出たら、雨が降ることが多いのよ。」
「ママって、いろんなこと知ってるんだね。」
私のことを見上げる息子に、私は小さく微笑んで…
その小さな手を引いて、歩き始めた。
いろんなことを知ってたのは、私じゃなくて茂さん…
茂さんのお陰で、私もいろいろな雑学を覚えた。
「……明日は雨になりそうだね。」
いわし雲を見上げながらそう言ったのが、私の聞いた最後の茂さんの声だった。
次の日は、映画を見に行く約束をしてたのに、茂さんは待ち合わせの場所には来なかった。
LINEを送っても、電話をかけても反応がない。
二時間待って、私は茂さんの家に向かった。
そこで、私を待っていたのは、冷たくなった茂さんだった。
三か月後には結婚することになっていた。
なのに、茂さんは突然逝ってしまった。
目の前の現実が受け入れられないどころか、信じることさえ出来ず、私の心は完全に壊れてしまった。
私は茂さんの後を追うことばかりを考えていた。
一人では生きていけない。
私の人生はもう終わった…
家族や友人が、懸命に私を助けてくれて…
そのおかげで、私は死なずに済んだ。
もちろん、当時の私はそんな家族や友人を疎ましく感じていただけだったのだけど…
仕事に復活したのは、茂さんが亡くなって6年後のことだった。
もちろん、まだ不安はあったし、茂さんのことが吹っ切れたわけでもなかった。
そこで、私は福田と出会った。
福田は、茂さんとはかなり違うタイプの人で、私になんらかの影響を与えてくれるわけじゃない。
そもそも恋愛感情さえ感じてはいなかった。
いても邪魔にならない楽な人だったのだ。
そんな福田からプロポーズされた時は本当にびっくりした。
私は、会社の同僚としか思っていなかったから。
だけど、何度断っても、彼は諦めなかった。
「僕と一緒にいてもいやじゃないでしょ?」
「え?、そ、それはまぁそうだけど…」
「じゃあ、一緒に居ようよ。」
何度目かのプロポーズでそんなことを言われた時…
私はなぜだか頷いてしまっていた。
相変わらず、私は福田のことを愛しているのかどうかはよくわからない。
けれど、確かに、一緒にいるのはいやじゃない。
私の心の中にはまだ茂さんがいる。
でも、彼が亡くなったことはもう受け入れられた。
ただ…いわし雲を見たら…やっぱりあの時のあの声を思い出してしまう。
『……明日は雨になりそうだね。』
けれど、もう涙は零れない。
「ママ、今夜はハンバーグだよね?」
「そうよ。」
「やったー!」
明日は雨かもしれない。
洗濯ものは部屋干しにしておこう。
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