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新天地

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「今日は立夏か…
早いもんだね。
ついこの間、年が明けたと思ってたら、もう夏がやってくるなんて…」

 母が日めくりを見ながら、ひとりごとみたいにそう言った。



 「歩実…本当に行くのかい?」

 「行くに決まってるじゃない。
 今更やめたりなんかしないよ。」



もうここにはいられない。



 「他の人のことなんて、気にしなければ…」

 「私、そんなに強くないから!」

つい感情が高ぶり、大きな声を上げてしまった。



 「頭痛いから、ちょっと寝るわ。」

 私は自分の部屋に向かった。



 *



 失恋なんて、誰にだって経験があるだろう。
 皆、しばらくは落ち込んでも、すぐに立ち直る。
だけど、私には、命を削る程、深い傷を残した。



 彼には本命の彼女がいて、その人と彼が結婚するって聞いた時、私の心は粉々に砕け散った。
 彼を疑ったことなんて、一度もなかったから。



 私は精神のバランスを崩し、三か月の間、家から一歩も出なかった。
 田舎のことだから、私が彼に捨てられたことはすぐに広まった。
 職場にも、友達の間にも…



皆の善意の励ましも、私にはまるで響かなかった。
むしろ、傷を深くするだけだった。



とにかく、ここから…
彼の傍から離れよう…
そう決意し、私は住む所を探しに東京に向かった。



 両親は、私のことを心配して、ここを離れることを反対したが、私は聞く耳を持たなかった。
とにかく、ここにいたら…私は、絶対に立ち直れない気がしたから。



 不意に、襖が小さく開き、ミイ子が私の部屋に入って来た。
ミイ子は、横たわる私の背中にひょいと飛び乗った。



 「ミイ子…元気にしてるんだよ。
またお正月には戻って来るから。」



 一番寂しいのは、ミイ子と離れることかもしれない。
これからはこのしなやかな毛並みに触れることが出来なくなると思うと、やっぱり辛かった。



 *



 「うん、大丈夫。
 今日ね、良い人と知り合ったんだ。
スーパーで知り合ったんだけど、わざわざ家に寄ってくれて、お風呂の沸かし方教えてくれて、冷蔵庫の位置も直してくれたんだ。
コーヒーもおごってくれたよ。」

 「え?男の人なのかい?」

 「うん。でも、大丈夫だよ。
 本当に良い人だから。
その人のうちも教えてもらったけど、歩いて5分くらいなんだ。
これからも困ったことがあったら、いつでも呼んでって言ってくれたよ。
それにね、その人も猫好きらしいんだ。」

 「そうかい。
でも、都会の人は怖いから、すぐに信用しちゃいけないよ。」

 「わかってるって。」



 私の東京暮らしはまだ始まったばかりだけれど、なんとなく幸先が良いような気がした。
 彼のことを笑って許せるようになるその日まで…私はこの場所で生きていくつもりだ。
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