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バック・スタバー(:起 大きな借り)
22 金色の武器
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◆
金曜日。
蜜葉学園は臨時の特別授業となる。
これはるりの指令だ。この学校は彼女がルールであり、授業内容の変更など容易い事であった。
体育館にぞろぞろと全校生徒が集まる。
(試合が行われるってよ・・・)
(るり様の企画らしいぜ)
(授業無くなるのは嬉しいわ~)
(俺はるり様を見れるだけで幸せだ)
大きな場所の中心に特設のプロレスリング用のリングがあり、その周りを生徒達が囲んでいる。
蜜葉財閥のお嬢様、蜜葉るり。
鹿美華財閥のお嬢様、鹿美華小姫。
この因縁の代理戦争が彼女達のボディーガードによって行われる。るりは教師たちに口止めをしており、両親はこの馬鹿げたイベントが行われる事を知らない。小姫も同様、琥太郎にはその事を伝えてはいない。
ざわつく体育館の照明が落ち、リングのど真ん中に立つレフェリーがスポットライトに照らされる。そしてマイクを握る。
「赤コーナー!蜜葉お嬢様の登場だ!」
バタン!と体育館の扉が開く。全校生徒がその音の方向を見る。そこからはリングまでレッドカーペットが敷かれている。
歓声がなる。真ん中に蜜葉るり。今日は露出の激しめなドレスを着ている。
男子生徒はその胸の谷間や太ももに目がいっていた。るりはこの学校において権力者という立場の他にアイドル的な人気による地位を確立している。
ドレス姿のるりの両隣にはボディガード。白のタキシード姿だ。図太い声の火油。甲高い声の水野。ふたりとも逆三角形の体型でラーメン屋の店主の様に腕組みをして構えている。
堂々と中心へ歩いていくその姿はライトアップされていた。
「続いて青コーナー!鹿美華小姫ェ!」と呼び捨てする司会者はもちろん蜜葉寄りの人間である。
一気に静まり返る。体育館の小さい方の扉から、3人は現れた。誰かがブーイングを始めると、それは全校生徒に伝播する。
現れた3人はいつも通りの制服姿である。律と優花里は無線イヤホンを装着していた。
「手厚い歓迎だの」
「なんだよこれ、プロレス興行かよ」
「行きましょう」
るり側にあったカーペットなど敷かれていない地味な体育館の道を3人並んで歩く。優花里は両手を天に突き上げ、アピールしていた。リングに上がる両チーム。律は足の感覚を確かめる。よく弾むようになっていた。
「さぁ!まずは両者握手を!」
司会の男が小姫とるりの握手を促す。律は近づいてくるるりの胸に目がいく。露出度の高いドレス。吸い込まれそうな隙間の線をまじまじと見た。
(で、デカい・・・)
差し出される、るりの手。
しかし小姫は手を出さない。
こういう場ですら、人に触れられる事を嫌がるからだ。握手すれば、その手が火傷の様な痛みを感じる。彼女の日常は常々障壁だらけなのだ。
「生意気ですわね」握手を拒否され、少し苛立つるり。
「ごめんなさい。潔癖症なの」
「分かりましたわ。始めましょうか」
そう言って各々がリングから降りる。
司会がルール説明を始める。
「ルールは単純明快!このリング上で1対1で戦ってもらいます!武器の使用もOK!勝利条件は相手をリングの外に飛ばすか、ノしたら勝ちだ!」
うおおおお!と盛り上がる場内。
「それじゃあ、さっそく行こうか!第一回戦だ!」
◇
静まる体育館内にゴングが鳴る。
戦いの合図だ。それを機に湧き上がる場内。
青コーナー小早川優花里。
対するは赤コーナーは甲高い声の水野。
「武器の使用を認められてるからなぁ」
そういって水野はポケットからと警棒を取り出す。それを振ると、家庭用ラジオのアンテナのような仕組みで警棒が伸びる。太めの油性ペンほどの直径があった。
「武器なんていらないの」
優花里は少しだけ腰を落とした。優花里は自分の限界を知っている。この巨体をリングアウトさせるのは不可能。ましてや武器も無い。ボクサーとも違う様な独特な構えで彼女は臨戦体制に入る。
2人の身長差は20センチ。
優花里は女に産まれた。その事実を受け入れている。それでも、強くありたかった。兄の様に強く。
(力が無いから、技術で行くの)
強さ、というのは単純に力を指すものだと思われがちだが、そういうわけでも無い。度胸とも言われる精神的な力や技量が勝利を導く。
勝利したものが、結果的に、強い、となるのだ。その〝強い〟を作り上げるのが、強さ。
蜜葉学園の生徒達のやかましい声。それはリング上のふたりには届いていない。
「さっさと終わらせてもらうぜ!」
水野から動き出す。
水野と火油はるりのボディガードとして、急ぎで採用された身である。そういうわけで彼らは警備会社のいち社員でしか無い。基本的な護身術等は身に付けているが、まさか女相手にリング場で戦うなど想定外だ。
多くの鹿美華のボディガードとは質も何もかもが異なる。
ただ、水野は強い。屈強だ。
そもそも歳下の女が相手という事で心理的な余裕がある。ただ、優花里は水野以上に修羅を乗り越えてきていて、お遊びのようなこの戦いに怖気付く事はない。精神的な位置で言うと寧ろ優花里の方が有利であった。
狭いようで広いような、そんな距離感。
水野は走り出し優花里へ向かう。
ほんの数歩でリング側からリング側まで辿り着く距離。
(まるでイノシシみたいだの・・・)
突進してくる水野を見て優花里はそう思う余裕があった。
近付いてきた水野に対し、向かって右に大きく避ける。その瞬間、振り払われる警棒。優花里もやわでは無い。それをジャンプして避ける。
水野の腕の長さと警棒のリーチは、リングの約6分の1の範囲を攻撃出来るものであった。
「やはり武器は有利ね」
小姫が冷静にふたりを見ている。
「あれ一発でも喰らったら痛そうだな」
律は自分だったらどうするかを考えていた。そこまで太いようには思えない武器だが、あれを水野の手から振るわれれば痛手だろう、そんな、予測をしている。
再び突進する水野。それを避ける優花里。綺麗に身をこなす。揺れるスカート。
リングの下にいる律はソレを目撃する。その姿に気が付いた小姫が律の脇腹を殴る。
「どこ見てるの」
「いやっ・・・だってその・・・」
水野はリングのロープをプロレスラーさながら、身を託し、そのバネを利用してより素早く優花里の元へ突進する。
そして振り払われる警棒を優花里がジャンプで避ける。
その連続だった。
「どうした女ぁ!」
水野は女好きだ。
特に自分の力でねじ伏せる事が好きだ。大学時代は飲み会で女を潰し、力で制した。最初は恐怖や嫌悪感を抱く。その後その力に圧倒され屈する。そういう女が水野の好物である。
肉食動物が狩りをするようなそんな感覚。目の前の女が余裕そうな表情を見せて逃げ惑うが、その余裕が無くなるのを待つ。近づき、腕を振る。それを繰り返す。マウントを取り、痛めつけ、場外に投げ飛ばしてやろう。そう思っていた。
優花里は顔色ひとつ変えない。
「オンナって言い方をされるのがむかつくの」
優花里は野生のうさぎの様にぴょんぴょんとジャンプを繰り返し、そしてリングの角のポールの上に立った。プロレスラーがムーンサルトを決めたりするような位置だ。
「おいおいそんな所に逃げても無駄だぜ」
(女に産まれて悪かったの・・・)
あの日の事を思い出す。
鹿美華琥太郎に馬鹿にされた日の事。
ゆっくりと近付いてくる水野。
角度を調整する優花里。それが今だった。
(女である事)
ばっ。
優花里はスカートをめくった。その中からは、金色の水着のパンツがお目見えする。
(それを武器にするの)
「き、金!」とその言葉の続きを言おうとした水野の顔面には、もう既に優花里の膝が飛んで来た。
パンツを見せ、隙を作り、顔を攻撃し、更に怯んだ隙に・・・
優花里はリングに飛び降り、腰を低くし、そのバネで水野のアゴに向けて、頭突きを放った。ごつん、と鈍い音がする。
よろめく水野。優花里はその連続の動作の最後に、強烈な右足を下から上へ・・・
それは水野の男性器、精巣に向けて一打を放った。金的。男の弱点である。女にはない、弱点。格闘における性差で女性が優る点だ。
体育館にいた男子生徒達が共鳴するかのようにどよめいた。ある者はその想像を絶する痛みに共感し、耐え切れず目を覆った。水野は強いが、ただの人である。その痛みには耐えれない。
どさっ。
水野が倒れる。
「やったの」
まさかまさかの展開に、生徒達も歓声を上げざるを得なかった。その中に混ざる男子生徒のブーイングを受けながら、優花里は両手を天に突き上げた。
「ししし・・・勝者!小早川優花里!」
司会者は台本に無い台詞を慌てて喋る。
◆
「おつかれ優花里」
「律、アンタのおかげだの」
「何がだよ」
「アンタがるりの巨乳ばっかり見てたから、今日この作戦が使えるかもって思ったんだの」
「そそそ、そうか・・・」
隣の小姫の顔を怖くて見れない律。
「律、次は貴方ね」表情を変えずに小姫がいう。
「よし!俺が勝って終わりだ!」
そう言いながら律が立ち上がる。
ばしっ。
ふたつの手が、彼の背中を押した。
◆
熱狂冷めやらぬまま、2戦目。
リングの上。目の前には火油が立っている。逆三角形の身体。太い腕。殴るための拳。律は少しだけ怯んだ。少しだけだ。
(でもこの人はあの犬みたいにミサイルを飛ばすわけじゃない・・・)
律は機械猟犬の事を思い出しながら深呼吸する。あれだけの死線を掻い潜った彼に、目の前の男は脅威ではない。やはり精神的に優位であった。
鹿美華側のリングサイドには小姫と優花里。格好悪いところは見せられない。向こうには蜜葉るりが苛立ちを見せた様子で座っている。水野は白目を剥いたまま運ばれていった。
「それじゃあ、試合開始!」ゴングが鳴る。
「お前も武器を持たないのか?」
野太い声で火油は律に問いかける。
「うん。というか許可が降りなかった」
「なら、俺も使わん」
そういって警棒をリング外へ放り投げる。
この火油という男は水野と違い、見た目通りの熱血漢である。フェアな勝負を望んだ。年齢や明らかな体格差は気にしてはいない。柔道家としての構えを取る。
そういうわけで、力対力の勝負になる。
律は勝てる気がしなかった。でも、律は思い出す。ガンマン清先生の教えを、ひとつずつ。
両者、じりじりと少しずつ距離を詰める。
「格闘や喧嘩はした事がない」
火油はそう言いながら、律が自分の拳の届く位置に詰め寄った事を確認し、その筋力で真っ直ぐな拳を繰り出す。
(清先生・・・やってみるよ)
火油の鍛えられた腕の筋肉から繰り出される真っ直ぐな拳。律は避けない。後ろに退く事もしない。それに対して、火油は手加減をする事を失礼だと思い、その拳を振り切る。
しかし・・・
「なに?」
火油の拳は、律の顔面の少し横を逸れた。律が顔を動かして避けたわけではない。
(出来たぜ、先生・・・)
律は冷や汗をかいている。火油はその状況を理解できない。揺さぶりをかけるために、もう一度、その拳を振るう。まるでターン制のRPGのような、1回1回の攻撃。躊躇いなく、小柄な律を吹き飛ばす為に力を込めた。
またしてもその拳は律を避けている。
「どういう事だ」
「教えるかよ」
律はガンマン清先生の教えを思い出していた。
金曜日。
蜜葉学園は臨時の特別授業となる。
これはるりの指令だ。この学校は彼女がルールであり、授業内容の変更など容易い事であった。
体育館にぞろぞろと全校生徒が集まる。
(試合が行われるってよ・・・)
(るり様の企画らしいぜ)
(授業無くなるのは嬉しいわ~)
(俺はるり様を見れるだけで幸せだ)
大きな場所の中心に特設のプロレスリング用のリングがあり、その周りを生徒達が囲んでいる。
蜜葉財閥のお嬢様、蜜葉るり。
鹿美華財閥のお嬢様、鹿美華小姫。
この因縁の代理戦争が彼女達のボディーガードによって行われる。るりは教師たちに口止めをしており、両親はこの馬鹿げたイベントが行われる事を知らない。小姫も同様、琥太郎にはその事を伝えてはいない。
ざわつく体育館の照明が落ち、リングのど真ん中に立つレフェリーがスポットライトに照らされる。そしてマイクを握る。
「赤コーナー!蜜葉お嬢様の登場だ!」
バタン!と体育館の扉が開く。全校生徒がその音の方向を見る。そこからはリングまでレッドカーペットが敷かれている。
歓声がなる。真ん中に蜜葉るり。今日は露出の激しめなドレスを着ている。
男子生徒はその胸の谷間や太ももに目がいっていた。るりはこの学校において権力者という立場の他にアイドル的な人気による地位を確立している。
ドレス姿のるりの両隣にはボディガード。白のタキシード姿だ。図太い声の火油。甲高い声の水野。ふたりとも逆三角形の体型でラーメン屋の店主の様に腕組みをして構えている。
堂々と中心へ歩いていくその姿はライトアップされていた。
「続いて青コーナー!鹿美華小姫ェ!」と呼び捨てする司会者はもちろん蜜葉寄りの人間である。
一気に静まり返る。体育館の小さい方の扉から、3人は現れた。誰かがブーイングを始めると、それは全校生徒に伝播する。
現れた3人はいつも通りの制服姿である。律と優花里は無線イヤホンを装着していた。
「手厚い歓迎だの」
「なんだよこれ、プロレス興行かよ」
「行きましょう」
るり側にあったカーペットなど敷かれていない地味な体育館の道を3人並んで歩く。優花里は両手を天に突き上げ、アピールしていた。リングに上がる両チーム。律は足の感覚を確かめる。よく弾むようになっていた。
「さぁ!まずは両者握手を!」
司会の男が小姫とるりの握手を促す。律は近づいてくるるりの胸に目がいく。露出度の高いドレス。吸い込まれそうな隙間の線をまじまじと見た。
(で、デカい・・・)
差し出される、るりの手。
しかし小姫は手を出さない。
こういう場ですら、人に触れられる事を嫌がるからだ。握手すれば、その手が火傷の様な痛みを感じる。彼女の日常は常々障壁だらけなのだ。
「生意気ですわね」握手を拒否され、少し苛立つるり。
「ごめんなさい。潔癖症なの」
「分かりましたわ。始めましょうか」
そう言って各々がリングから降りる。
司会がルール説明を始める。
「ルールは単純明快!このリング上で1対1で戦ってもらいます!武器の使用もOK!勝利条件は相手をリングの外に飛ばすか、ノしたら勝ちだ!」
うおおおお!と盛り上がる場内。
「それじゃあ、さっそく行こうか!第一回戦だ!」
◇
静まる体育館内にゴングが鳴る。
戦いの合図だ。それを機に湧き上がる場内。
青コーナー小早川優花里。
対するは赤コーナーは甲高い声の水野。
「武器の使用を認められてるからなぁ」
そういって水野はポケットからと警棒を取り出す。それを振ると、家庭用ラジオのアンテナのような仕組みで警棒が伸びる。太めの油性ペンほどの直径があった。
「武器なんていらないの」
優花里は少しだけ腰を落とした。優花里は自分の限界を知っている。この巨体をリングアウトさせるのは不可能。ましてや武器も無い。ボクサーとも違う様な独特な構えで彼女は臨戦体制に入る。
2人の身長差は20センチ。
優花里は女に産まれた。その事実を受け入れている。それでも、強くありたかった。兄の様に強く。
(力が無いから、技術で行くの)
強さ、というのは単純に力を指すものだと思われがちだが、そういうわけでも無い。度胸とも言われる精神的な力や技量が勝利を導く。
勝利したものが、結果的に、強い、となるのだ。その〝強い〟を作り上げるのが、強さ。
蜜葉学園の生徒達のやかましい声。それはリング上のふたりには届いていない。
「さっさと終わらせてもらうぜ!」
水野から動き出す。
水野と火油はるりのボディガードとして、急ぎで採用された身である。そういうわけで彼らは警備会社のいち社員でしか無い。基本的な護身術等は身に付けているが、まさか女相手にリング場で戦うなど想定外だ。
多くの鹿美華のボディガードとは質も何もかもが異なる。
ただ、水野は強い。屈強だ。
そもそも歳下の女が相手という事で心理的な余裕がある。ただ、優花里は水野以上に修羅を乗り越えてきていて、お遊びのようなこの戦いに怖気付く事はない。精神的な位置で言うと寧ろ優花里の方が有利であった。
狭いようで広いような、そんな距離感。
水野は走り出し優花里へ向かう。
ほんの数歩でリング側からリング側まで辿り着く距離。
(まるでイノシシみたいだの・・・)
突進してくる水野を見て優花里はそう思う余裕があった。
近付いてきた水野に対し、向かって右に大きく避ける。その瞬間、振り払われる警棒。優花里もやわでは無い。それをジャンプして避ける。
水野の腕の長さと警棒のリーチは、リングの約6分の1の範囲を攻撃出来るものであった。
「やはり武器は有利ね」
小姫が冷静にふたりを見ている。
「あれ一発でも喰らったら痛そうだな」
律は自分だったらどうするかを考えていた。そこまで太いようには思えない武器だが、あれを水野の手から振るわれれば痛手だろう、そんな、予測をしている。
再び突進する水野。それを避ける優花里。綺麗に身をこなす。揺れるスカート。
リングの下にいる律はソレを目撃する。その姿に気が付いた小姫が律の脇腹を殴る。
「どこ見てるの」
「いやっ・・・だってその・・・」
水野はリングのロープをプロレスラーさながら、身を託し、そのバネを利用してより素早く優花里の元へ突進する。
そして振り払われる警棒を優花里がジャンプで避ける。
その連続だった。
「どうした女ぁ!」
水野は女好きだ。
特に自分の力でねじ伏せる事が好きだ。大学時代は飲み会で女を潰し、力で制した。最初は恐怖や嫌悪感を抱く。その後その力に圧倒され屈する。そういう女が水野の好物である。
肉食動物が狩りをするようなそんな感覚。目の前の女が余裕そうな表情を見せて逃げ惑うが、その余裕が無くなるのを待つ。近づき、腕を振る。それを繰り返す。マウントを取り、痛めつけ、場外に投げ飛ばしてやろう。そう思っていた。
優花里は顔色ひとつ変えない。
「オンナって言い方をされるのがむかつくの」
優花里は野生のうさぎの様にぴょんぴょんとジャンプを繰り返し、そしてリングの角のポールの上に立った。プロレスラーがムーンサルトを決めたりするような位置だ。
「おいおいそんな所に逃げても無駄だぜ」
(女に産まれて悪かったの・・・)
あの日の事を思い出す。
鹿美華琥太郎に馬鹿にされた日の事。
ゆっくりと近付いてくる水野。
角度を調整する優花里。それが今だった。
(女である事)
ばっ。
優花里はスカートをめくった。その中からは、金色の水着のパンツがお目見えする。
(それを武器にするの)
「き、金!」とその言葉の続きを言おうとした水野の顔面には、もう既に優花里の膝が飛んで来た。
パンツを見せ、隙を作り、顔を攻撃し、更に怯んだ隙に・・・
優花里はリングに飛び降り、腰を低くし、そのバネで水野のアゴに向けて、頭突きを放った。ごつん、と鈍い音がする。
よろめく水野。優花里はその連続の動作の最後に、強烈な右足を下から上へ・・・
それは水野の男性器、精巣に向けて一打を放った。金的。男の弱点である。女にはない、弱点。格闘における性差で女性が優る点だ。
体育館にいた男子生徒達が共鳴するかのようにどよめいた。ある者はその想像を絶する痛みに共感し、耐え切れず目を覆った。水野は強いが、ただの人である。その痛みには耐えれない。
どさっ。
水野が倒れる。
「やったの」
まさかまさかの展開に、生徒達も歓声を上げざるを得なかった。その中に混ざる男子生徒のブーイングを受けながら、優花里は両手を天に突き上げた。
「ししし・・・勝者!小早川優花里!」
司会者は台本に無い台詞を慌てて喋る。
◆
「おつかれ優花里」
「律、アンタのおかげだの」
「何がだよ」
「アンタがるりの巨乳ばっかり見てたから、今日この作戦が使えるかもって思ったんだの」
「そそそ、そうか・・・」
隣の小姫の顔を怖くて見れない律。
「律、次は貴方ね」表情を変えずに小姫がいう。
「よし!俺が勝って終わりだ!」
そう言いながら律が立ち上がる。
ばしっ。
ふたつの手が、彼の背中を押した。
◆
熱狂冷めやらぬまま、2戦目。
リングの上。目の前には火油が立っている。逆三角形の身体。太い腕。殴るための拳。律は少しだけ怯んだ。少しだけだ。
(でもこの人はあの犬みたいにミサイルを飛ばすわけじゃない・・・)
律は機械猟犬の事を思い出しながら深呼吸する。あれだけの死線を掻い潜った彼に、目の前の男は脅威ではない。やはり精神的に優位であった。
鹿美華側のリングサイドには小姫と優花里。格好悪いところは見せられない。向こうには蜜葉るりが苛立ちを見せた様子で座っている。水野は白目を剥いたまま運ばれていった。
「それじゃあ、試合開始!」ゴングが鳴る。
「お前も武器を持たないのか?」
野太い声で火油は律に問いかける。
「うん。というか許可が降りなかった」
「なら、俺も使わん」
そういって警棒をリング外へ放り投げる。
この火油という男は水野と違い、見た目通りの熱血漢である。フェアな勝負を望んだ。年齢や明らかな体格差は気にしてはいない。柔道家としての構えを取る。
そういうわけで、力対力の勝負になる。
律は勝てる気がしなかった。でも、律は思い出す。ガンマン清先生の教えを、ひとつずつ。
両者、じりじりと少しずつ距離を詰める。
「格闘や喧嘩はした事がない」
火油はそう言いながら、律が自分の拳の届く位置に詰め寄った事を確認し、その筋力で真っ直ぐな拳を繰り出す。
(清先生・・・やってみるよ)
火油の鍛えられた腕の筋肉から繰り出される真っ直ぐな拳。律は避けない。後ろに退く事もしない。それに対して、火油は手加減をする事を失礼だと思い、その拳を振り切る。
しかし・・・
「なに?」
火油の拳は、律の顔面の少し横を逸れた。律が顔を動かして避けたわけではない。
(出来たぜ、先生・・・)
律は冷や汗をかいている。火油はその状況を理解できない。揺さぶりをかけるために、もう一度、その拳を振るう。まるでターン制のRPGのような、1回1回の攻撃。躊躇いなく、小柄な律を吹き飛ばす為に力を込めた。
またしてもその拳は律を避けている。
「どういう事だ」
「教えるかよ」
律はガンマン清先生の教えを思い出していた。
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