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ファースト・ミッション
06 鹿美華シークレットサービス研修センター
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この国で寒いところ、と言えば、列島の一番北を想像するだろう。
北海道。
その広大な土地のおある場所。
それはここに在籍する社員の大多数も分からない場所。
そこに鹿美華シークレット・サービス研修センターがある。
どんな仕事もそうだが、特別な職業であればあるほど、即日それに従事できるわけでは無い。ボディガードもそうだ。鹿美華家のボディガードになる人間は約1年間、このセンターで修行を積む事となる。
SSS略して、S3。
鹿美華シークレットサービスの略だ。
S3所属の今年度のボディガードは計248名。昨年度より19名減った。内訳は5名の退職、1名の裏切り、そして13名の死亡による減員。そして今年度は律を加え6名が入所する。
(美味しいけど、高ぇ~っ!)
唐突な旅立ちから、数時間。律は大きな空港内で海も感じずに高めの値段設定の海鮮丼を食べた。彼はアルバイトとは比にならない金額の報酬をこれから得る事になる。
だから、少し奮発したのだ。
とはいえ寂しくなった財布を見て後悔したのも束の間。空港を出てすぐに関係者の用意した車があった。
そこから数時間、車に揺られる。場所は隠されており、律はアイマスクとイヤホンをしながら、鼾かいてその場所に到着した。
広大の土地の牧場地を買い取った場所。豊かな自然にぽつりと佇む立方体の箱のような無機質な建物。
◆
鹿美華シークレットサービス・研修センター1階。座学室。
先に自己紹介を、と促された。
「はじめまして、爽奏律です」
律の髪の毛は湿気でいつもよりうねっている。
牧場を買い取った広大な土地。そこにポツンと建っている3階建ての建物。その1階の一室。そこが座学室。
部屋には律を含め7人の人間がいる。
研修生6名と教師が1名。壇上で自己紹介を終えた律にその教師が近づいてくる。
「こんにちは。バキュン!」
「なっ???」
「ここで講師を勤めるガンマン清です」
カウボーイハットを被った男が律を空の鉄砲で撃った。
青三清。
今はボディガードを育て上げるプロの講師である。ここではガンマン清先生としてキャラクターを作っていた。
(大丈夫か・・・ここ?)
律にはその姿がお調子者の西部劇ファンに見えている。若干の不安を抱えた。
「とりあえず座りたまえ、律くん。今日は座学だ」
律は空いている席に座った。
隣には凛々しい顔をした女が座っている。鼻立ちが整っていた。
(女もボディガードって出来るもんなんだな・・・)
「律くんにまずは鹿美華の基本から教える。他の諸君は復習だと思って聞いてなさい」
大きなモニタに映し出される内容。
鹿美華のボディガードとは何なのか・・・
それ以前に、鹿美華家とは何なのか・・・
ガンマン清は説明していく。
「鹿美華家はこの国の3大財閥のひとつであるわけだ。政界とは切っても切り離せない経済界の柱だ。君達も知っているだろう、トナカイ商事やシカクラウドでお馴染みのツノソフトウェア。ほかにも色々ある。鹿美華は多岐に渡る企業組織があるわけだな」
(えっ、鹿美華ってそんなに凄いところだったのか・・・)
律は小姫が金持ちの子である事を再認識する。
それも漫画に出てきそうなレベルの上の上の金持ちの娘であるという事を。そして小姫の父である、鹿美華琥太郎がその命を狙われている、と話をしていた事を思い出した。
ー〝金持ちの後継なもんでな。金持ちってのは常々狙われる〟ー
鹿美華に関わる企業や要人の警護を行う事。それがS3の主な役割である。
説明の中で、小姫の体質はおろか、小姫の名前は出てこない。律以外の人間にとっては当たり前のことだ。あくまで鹿美華に関連する人間を守るのがS3の役割である。
律はこの先、特任で小姫を守るボディガードとして従事する予定となっている。
その事実は小姫の体質同様、他言無用のトップシークレットだった。
◆
その日の授業が終わると律はセンターの3階に連れていかれる。
「ここね。君が過ごす部屋」
研修生達はこのセンターに缶詰めで教育を受ける事になっている。1年の大半は、何もないこの土地で過ごさなければならない。
扉の前に立つ律。303号室。そのプレートを見ていた瞬間、扉が勢いよく開いた。律はおでこを強打する。
「おい!先生!どういう事だの!」
現れたのはショートパンツ姿の女。その露出されている太ももはたくましい。怒りをぶつけるようにガンマン清に抗議している。
(座学の時、隣だった子だ・・・)
鼻立ちが整っている女がいた。座学の時とは、大きく印象が異なる。・・・野蛮。
「どういう事も何も・・・空いてるのは君のところだけじゃないか」
3階の研修生部屋は3部屋。1部屋2人組の寮になっている。元々5人で研修生唯一の女性である彼女の部屋は1人分の空きがあった。
「だからって、男女相部屋にするのかの?」
「しょうがないじゃないか、空きがないんだから」
「他の部屋に突っ込めばいいハナシだの!」
その瞬間、彼女はたくましい右足をぐわっと回転させ、ガンマン清の顔めがけて蹴りを入れた。律はその女の脚力にも驚くが、顔色ひとつ変えずに女の足首を掴んでいるガンマン清の反射神経に驚く。
「頼むよ優花里クン」
茶色の長髪で筋肉質で華奢とは言えないが、ガタイが良いとも言えない肉付き。女の子らしさはあるが、どこか男勝りな雰囲気。
小早川優花里。
飛び出した彼女の脚は微動だにしない。
「しょうがないの」
「よし、それじゃあ後はよろしく!」
「えっ!?先生!?」
律が振り向く頃には清の姿は消えていた。廊下に立つ砂埃。
(逃げ足も早い・・・)
◆
「小早川優花里。よろしくの」
優花里はとりあえず律に挨拶をする。よく見るとその顔はハーフ美女といった感じだ。律とは同い年。残念ながら貧乳である。
「爽奏律です・・・なんかごめん」
「いいの。他のみんなは相部屋で私だけ特別扱いってワケにはいかないしの」
律はツッコミを入れたかった。
優花里が語尾に〝の〟をつけている事を。
ただ、そこまでの関係性ではない。
部屋はトイレや風呂を含めておおよそコンビニ店舗の半分程の大きさがあり、2人で生活するには充分の大きさだった。むしろ3人で暮らしても問題は無い。
「襲われても困るから、アンタが下でワタシが上の」
そう言って二段ベッドを指さす優花里。そもそも何故この広さで二段ベッドなのだ、と律は思った。
編入初日から女子と相部屋なんて、ラッキーだなと思う律。優花里が上段に登った事を確認し、律もベッドに横たわる。
「電気消すの」
「うん」
パチリ、と部屋が暗くなる。
(女子と相部屋なんて、ぶっちゃけラッキーだな・・・)
律は鼻の下を伸ばしながら寝る。
しかし。
「ぐごごごごごごのののの!!!!ぐがががののののの!」
直ぐに優花里のいびきが相当なものである事を思い知る。
(うっ、うるせーっ!)
◆
パチン。
(痛え・・・)
律は頬に強烈な痛みを感じて目覚める。それは優花里がなかなか起きない律の為に放ったビンタだった。
「起きろ律。朝練がはじまるの」
「あ、朝練?そうだっけ?・・・早すぎねぇ?」律が部屋の時計を見ると4時50分を指している。
律は昨日、なかなか眠れなかった。それは優花里のいびきのせいである。これは通常の人間のいびきがおおよそ60dBに対し、優花里のそれは90dBと約1.5倍の大きさである。
そしてビンタを喰らって起きる。この女と相部屋になった事は間違いなく不幸だ。そう思った。
朝5時。
北の大地の空気は澄み切っていて、それでいて寒い。建物を出て、風が吹き荒れる牧草地に集まるメンバー達。
「新入りが掛け声って決まってるんだ」
筋骨隆々の坊主頭のウソで、律達6人は準備運動を始める。とても気持ちの良い朝。
律は改めてここにいるメンバーを確認する。最初に目に入るのは優花里だ。唯一の女性メンバー。
それ以外は20代後半と言ったところで、17歳の律だけが若く見え、そして優花里と律を除き、皆等しく、体つきが良い。多くはスポーツマンであり、柔道経験者が多数いた。
数分後、牛柄の可愛いパジャマを着て、ナイトキャップを被ったガンマン清が現れる。明らかに寝坊してきたかのような出で立ちだ。
「おはよう諸君。身体は温まっているかな?」
その問いかけに律以外が声を揃えて返事をする。
「よし、それじゃあいつものやるよ!ハイっ!始めっ!」そういって、手を叩くガンマン清。
その合図に合わせ、律以外の全員が、それぞれ一斉に散らばるように走り出す。状況が飲めず、困惑する律。
「せ、先生!何をやるんですか!?」
「鬼ごっこだ!」
「は!?鬼ごっこ!?」
「敷地内ね!今から30秒あげるから逃げて!」
急かされた律は、とにかく走り出す。朝ご飯も食べていない身体は、いつも以上に調子が出ない。
(朝練!?鬼ごっこ!?)
走りながら見渡す、広大な土地の牧草地。
律はとりあえずガンマン清と距離を取ることにする。走りながら、チラチラと後ろを見ながら距離を取った。30秒の余裕は、彼のスピード分の距離を稼いだ。
先に走り出したメンバーも四方に散らばっている。
(他の人に近づいた方がいいのか?)
律は悩み、現状確認のために振り返る。既に猶予の30秒が過ぎていた。
馬のようなスピード。
ガンマン清が律を目掛けて一直線で走ってくる。
どどどどど・・・
そんな効果音をつけたくなるような威圧感。速度。そして絶望感。
「マジかよ!」
律はとにかく逃げるしかないと思った。牧草地は隠れる場所がない。少しの丘があるが、身を隠せるほどではない。
踵を返す時間すら惜しい。律は直感で右方向へと向かって走り出す。ガンマン清は笑い出す。簡単な算数の問題と同じだ。右へ動き出した律を見て、ただ斜めに移動して距離を詰める。
ガンマン清の視界に映る律が直ぐに大きくなり、その身体を捉えた。
「律くん!捕まえた!」
その手が律の肩を叩いた。ぐっ、っと両肩を掴まれる。ちょっとやそっとの力どころか、今の彼の力ではその手を解く事は出来ない。
「はい、鬼ね。そこで10秒数えたら君の番」そう言ってガンマン清は去っていく。逃げ足もやはり素早い。瞬く間に小さくなっていく。
(先生ぇ、容赦ねえな・・・!くそう!)
ガンマン清のスピードを目の当たりにした律は彼を追う事をやめ、他のメンバーを狙うことにした。
しかし、走り出せど、遠くにいるはずの他メンバーに近づく気配がない。無駄に体力を消耗していく。自然の大地を駆け回るアホ犬。他のメンバーは彼をそう言って笑っていた。
それから朝10時になるまでの間、律はずっと鬼を続け、最後の2時間は歩いてしまった。諦めて座り、寝転んだ。
(無理・・・)
◆
律にとっての地獄の朝練が終わった。
次の座学までの間、座学室の机に突っ伏し、項垂ている。
「新入り。まずお前は基礎体力も何もかもねーな」
律に説教をするのは坊主頭の男、コミネである。コミネは26歳、元プロサッカー選手。そこまで輝かしいキャリアは無いが、コミネは第二の人生をボディガードに捧げることにした熱血漢だ。
「す、すんません」
「そもそもそんな身体付きでよく試験に合格出来たもんだお前」
「し、試験?」
「何言ってんだお前・・・」
「えっ?」
「体力試験、一般試験、受けただろ?」
「いや・・・それは・・・」
律はその場にいた研修生に自分がここにいる説明をする。もちろん、小姫の事は喋る事は出来ない。律は枝角若草からの紹介を受け、S3に入社した事実を話した。
彼以外の人間は、適正な試験や調査を受け、厳選された後、雇用されている。律の存在はイレギュラーであり、研修生たちは律が〝特別〟入社であると察した。
「おいおい、マジかよお前・・・士気下がるってゆーかさ・・・」とコミネ。
「彼の話は本当さ。さ、始めるぞ」
微妙な空気を割くようにガンマン清が現れ、授業を始めようとする。カウボーイハットを被り、ふざけた姿をしているが、彼はこの組織の上位に位置し、そしてなにより、小姫の事を知っていた。
「ちょっと待てよ清さん。悪いけどさ、途中からこんなやつ入れて大丈夫なのか?」
コミネが意見する。空気がひりついた。ただ、他の皆が思っていた事を代弁したのだ。
「それをなんとかするのが俺の仕事。君達は自分磨きに精進しなさい」
そう言い返して授業を再開するガンマン清。コミネは不満げな顔のままだ。
律は疲労で重い腕を動かし、ペンを走らせる。ヘトヘトの身体、慣れない知識を頭に入れ、脳味噌も疲れていく。
(やっと終わった・・・)
安堵する律の肩を叩く清。
「律くん。君は今日から居残りだよ」
「え?」
「い・の・こ・り」
「居残り?」
「カッコよく言うなら、特訓」
その日の夜から、律の特訓が始まった。
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