上 下
2 / 50
第一章

第1話(1)暴れ馬

しおりを挟む
                  壱

「ふう……」

「藤花さん、目的地に関してですが……」

 楽土は前を歩く藤花に尋ねる。

「……」

「藤花さん?」

 藤花が振り返って答える。

「それについては追々お話します……」

「そうですか……」

 藤花が再び前を向いて歩き出す。楽土がそれに続く。とある町へとさしかかる。

「町ですね……」

「ここで一泊ですか?」

「まさか、そんなに悠長にはしていられません」

「はあ……」

「日の落ちる前に次の大きな町を目指します」

「分かりました」

 楽土が頷く。

(……別に夜通し歩いても良いんだが、こいつがどう動くか分からん……ただの監視役ならそれで構わないのだが……しばらく慎重に行動した方が良さそうだ)

 藤花は楽土に視線を向けながら、考えを巡らす。

「ヒヒ~ン!」

「!」

「な、なんだ⁉」

「あ、暴れ馬だ~!」

「誰か止めてくれ~!」

「いや、危ない、避けろ、避けろ!」

「きゃあ~!」

 興奮した馬が町の通りを暴走する。馬は勢いに乗ったまま、藤花へと迫る。

「む……」

「藤花さん、逃げて!」

 楽土が叫ぶ。

「あ、足がすくんで……」

 藤花が困り顔を浮かべる。

「くっ!」

「‼」

「ヒヒ~ン⁉」

 藤花の前に立った楽土が盾をかざして、馬の蹴りを防ぐ。

「ら、楽土さん……」

「うおおっ!」

「ヒヒヒ~ン⁉」

「なっ⁉」

 藤花が驚く。馬の巨体を楽土が弾き返してみせたからである。

「ヒ~ン……」

 倒れた馬が大人しくなる。

「ふう……」

「おいおい! てめえ!」

「うちの大事な馬になにしてくれてんだ!」

「え?」

 明らかに性質の悪そうな男たちが楽土に近づいてくる。

「怪我でもしてたらどう落とし前付けてくれんだ⁉ ああん⁉」

「そうだぞこら⁉」

「いや、そもそもとして……貴方たちがしっかり手綱を握ってくれていれば、こんなことにはならなかったのですよ?」

「ああん⁉ こっちが悪いっつうのか⁉」

「てめえ、良い度胸してんなあ!」

「ええっと……」

「さしずめ当たらせ屋ってところか、面倒な連中だな……」

 戸惑う楽土の横で藤花が小声で呟く。

「ヒン……」

 馬の様子を男が覗き込む。

「おうおう大丈夫か⁉ あ~これは怪我してるぜ!」

「お~こりゃあ、金払ってもらわねえとな!」

「ちょ、ちょっと待って下さい……」

「ああん⁉ 払えないっつうのか⁉」

「兄ちゃん、ちょっと面貸せや!」

「い、いや、落ち着いて下さい……」

「いいから来い! ん⁉」

 男が楽土の腕を掴んで引っ張るが、楽土はピクリとも動かない。

「どうした⁉」

「い、いや、こいつが抗いやがる……!」

「お、お前、大人しく従え!」

「し、従う謂れがありませんので……」

 楽土が遠慮がちではあるものの、拒否の意思を示す。

「なんだと、てめえ! ぐはっ⁉」

 男の一人が倒れ込む。もう一人が慌てる。

「お、おい! どうした⁉ ごわっ⁉」

 もう一人も倒れ込む。楽土が覗き込む。

「針が撃ち込まれている……!」

 楽土が視線を藤花に向ける。藤花は首を捻る。

「なにか?」

「さっき髪をかき上げたでしょう? 頭髪に仕込んでいる針を飛ばしたのでは……」

「ほう……」

「違いますか?」

「いえ、なかなか察しがよろしいですね……なに、馬から守ってくれたお礼ですよ」

「なにも殺すことは……」

「人様に多大な迷惑をかけるような連中です。生かしていてもしょうがないでしょう……」

「そ、それは……」

                  ♢

「おい!」

 老年の女性が江戸のある屋敷の廊下を歩く眼鏡をかけた男性に声をかける。

「ああ、これはお師匠さま……なにか御用ですか?」

「とぼけるな、なんだあの楽土という奴は?」

「老中さまからのご命令で、任務に随行させました」

「聞いておらんぞ」

「上にも色々事情があるのでしょう……」

「藤花は『からくり人形』の『零号』……始まりの存在にして、最強かつ最凶……助けなどまったくの不要じゃ」

「ふふっ……」

 眼鏡の男性が笑う。

「な、なにがおかしい!」

「性能は認めますが、少々時代遅れの感が否めません……」

「なんじゃと!」

「そこを補わせて頂こうと思いまして……」

「補う?」

「ええ、あの楽土はつい先日、『からくり人形』の『拾参号』に定められました……」

「じゅ、拾参号じゃと⁉」

「お言葉を借りるならば、新たな存在にして、最高かつ最硬……どうなるか見てみましょう」

 男性は不敵な笑みを浮かべる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Live or Die?

阿弥陀乃トンマージ
SF
 人類が本格的に地球から宇宙に進出するようになってから、すっかり星間飛行も宇宙旅行も当たり前になった時代……。地球に住む1人の青年、タスマ=ドラキンが大きな夢を抱いて、宇宙に飛び出そうとしていた!……密航で。  タスマが潜り込んだ船には何故か三人組の女の子たちの姿が……可愛らしい女の子たちかと思えば、この女の子たち、どうやら一癖も二癖もあるようで……?  銀河をまたにかけた新感覚一大スペクタクル、ここに開演!

龍虎

ヤスムラタケキ
歴史・時代
 幕末動乱期を、彗星のごとく駆け抜けた、2人の若者がいた。  久坂玄瑞と高杉晋作。  互いに競うように、時代の荒波の中に飛び込んでいく。性格が正反対の2人は、時にぶつかり、時に足を引っ張り、時々意気投合する。  龍虎と称された玄瑞と晋作の、火を噴くような青春を描く。

織田信長に育てられた、斎藤道三の子~斎藤新五利治~

黒坂 わかな
歴史・時代
信長に臣従した佐藤家の姫・紅茂と、斎藤道三の血を引く新五。 新五は美濃斎藤家を継ぐことになるが、信長の勘気に触れ、二人は窮地に立たされる。やがて明らかになる本能寺の意外な黒幕、二人の行く末はいかに。 信長の美濃攻略から本能寺の変の後までを、紅茂と新五双方の語り口で描いた、戦国の物語。

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ
歴史・時代
「───────あの空の極みは、何処であろうや」  三国志と呼ばれる、戦国時代を彩った最後の英雄、諸葛亮は五丈原に沈んだ。  蜀漢の皇帝にして、英雄「劉備」の血を継ぐ「劉禅」  最後の英雄「諸葛亮」の志を継いだ「姜維」  ── 天下統一  それを志すには、蜀漢はあまりに小さく、弱き国である。  国を、民を背負い、後の世で暗君と呼ばれることになる劉禅。  そして、若き天才として国の期待を一身に受ける事になった姜維。  二人は、沈みゆく祖国の中で、何を思い、何を目指し、何に生きたのか。  志は同じであっても、やがてすれ違い、二人は、離れていく。  これは、そんな、覚めゆく夢を描いた、寂しい、物語。 【 毎日更新 】 【 表紙は hidepp(@JohnnyHidepp) 様に描いていただきました 】

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

トノサマニンジャ 外伝 『剣客 原口源左衛門』

原口源太郎
歴史・時代
御前試合で相手の腕を折った山本道場の師範代原口源左衛門は、浪人の身となり仕官の道を探して美濃の地へ流れてきた。資金は尽き、その地で仕官できなければ刀を捨てる覚悟であった。そこで源左衛門は不思議な感覚に出会う。影風流の使い手である源左衛門は人の気配に敏感であったが、近くに誰かがいて見られているはずなのに、それが何者なのか全くつかめないのである。そのような感覚は初めてであった。

処理中です...