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第一章
第8レース(4)ナデシコハナザカリVSグレンノイグニース
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「……軽い打撲で済んで良かったですわね」
「ええ……」
瑞穂の言葉に飛鳥はそっけなく答える。
「ハナザカリの方も特に異常が無くて良かったですわね」
「ええ……」
飛鳥は再びそっけなく答える。瑞穂が首を傾げる。
「どうかしたのかしら? 具合が悪いの?」
「……休みなら昨日頂きました」
「念の為、今日と明日も休みということにしてもらったわ」
「なっ⁉ 何を勝手に! 一体何の権限で⁉」
「保護者権限……かしら?」
「困ります!」
大声を上げる飛鳥に瑞穂は困り顔を浮かべる。
「なにをそんなに焦っているの?」
「ご存知でしょう! わたくしは短期コース受講者、期間はたった一年しかないのです! 一日だって無駄には出来ないのです!」
「体を休めるのも大事なことよ」
「ですから、休みならば昨日……!」
「まあまあ、久しぶりの姉妹水入らずの時間を大切にしましょうよ♪」
「大体どこに向かっているのですか⁉」
飛鳥が再び大声を上げる。彼女が今座っているのは、瑞穂の運転する高級スポーツカーの助手席である。瑞穂が笑う。
「ふふっ、内緒♪」
「内緒って……ふざけている場合では!」
「ちょっと、ちょっと、事故になるからあまり助手席で暴れないで頂戴……」
「これが落ち着いていられますか⁉ 山の中ですし!」
「もうすぐ着くわ……ほら、見えてきた。あの看板をご覧なさい」
瑞穂が窓の外を指し示す。
「『紅蓮牧場』……えっ⁉ も、もしかして……?」
「そのもしかしてよ、紅蓮炎仁君の亡きお祖父様が経営されていた牧場で、グレンノイグニース号が生産された場所……」
「こ、こんな場所に連れてきてどうするおつもりですか?」
「すぐ分かるわ……さあさあ、車を降りて」
駐車場に車を停め、瑞穂と飛鳥が車を降りる。飛鳥が周囲を見回す。
「当グループと比べると流石に見劣りしますが、雰囲気は悪くない牧場ですね」
「そうでしょう? 結構わたくしも気に入っているの」
「瑞穂お嬢様、飛鳥お嬢様、お待ちしておりました」
二人に長身の男が近づき、恭しく頭を下げる。
「浅田君、ご苦労様」
「あ、浅田さん、ご無沙汰しております……」
「ご無沙汰しております」
浅田が飛鳥に向かって改めて頭を下げる。
「それで浅田君、準備の方は?」
「既に厩舎に入っております」
「それは結構」
瑞穂が満足そうに頷く横で飛鳥が首を傾げる。
「準備? なんのですか?」
「決まっているでしょ、ドラゴンのよ」
「ドラゴン?」
「ええ、ナデシコハナザカリの」
「なっ⁉ 競竜学校から連れ出したのですか⁉」
「もちろん、許可は得ているわよ、かなりの特例らしいけど」
「な、なんの為に……?」
「それは……あっ出てきたわね」
「え? ⁉」
飛鳥は驚く。牧場の事務所から炎仁とCクラスのクラスメイト、そして仏坂がぞろぞろと出てきたからである。炎仁が笑う。
「撫子さん、遠いところをようこそ」
「な、何故、紅蓮君と皆さんがここに……訓練は?」
「休みにしたよ」
「よ、よろしいのですか⁉ 一日足りとて無駄には出来ないはずでは⁉」
飛鳥は仏坂の発言を咎めるような口調で話す。
「う~ん……正確に言えば、『牧場実習』に充てたんだよ、春も行ったでしょ?」
「牧場実習……」
「そう、その秋季の分ね。訓練ももちろん大事だけど、牧場などの生産現場について知ることもジョッキーとしては大事なことだからね」
「貧乏牧場だって聞いていたけど、案外設備が整っているな」
「これはこれで風情があって良いかもね~」
「撫子グループさんが結構整備してくれたからね」
嵐一と翔の言葉に炎仁が答える。
「えっと……?」
飛鳥は尚も戸惑い気味な表情で瑞穂を見る。瑞穂がウィンクする。
「先に言っちゃうけど、今日はここにグレンノイグニースも連れてきているのよ」
「えっ⁉」
「聡明な我が妹なら大体の察しがつくかと思うけど」
「し、しかし……」
「撫子さん……」
真帆が前に進み出る。
「紺碧さん……」
「一昨日、こうおっしゃっていましたよね? 『このレースに勝ったら、紅蓮君に思いを伝えます』と」
「ええっ⁉ そ、それは確かにそう言いましたけど……」
「今、この場で伝えて下さい」
「こ、これは急展開だね!」
「真帆の奴、攻めに出やがったな!」
「……お二人ともちょっと黙っていて下さい」
わいわいと騒ぐレオンと青空を海がたしなめる。
「うっ……ぐ、紅蓮炎仁君!」
「は、はい!」
飛鳥が声を張り上げた為、炎仁は身を固くする。
「わ、わたくしとマッチレースをしてください!」
「「え?」」
飛鳥の言葉に炎仁と真帆は同時に間抜けな声を出す。
「競竜学校短期コースを受講する為の条件に競竜関係者の推薦というのがあります。わたくしは当然、姉さん、こちらにいる撫子瑞穂に推薦を頂こうと思いました……ところが、姉は全く縁もゆかりもない貴方を推薦するというではありませんか」
「あ、ああ……」
「推薦人に関してはなんとかなりましたが、わたくしの気持ちは晴れません。詳しく聞けば、トップジョッキーの姉とマッチレースをして勝ったと! レースは全くど素人の貴方が!」
「ああ、そういうこともありましたね……」
「これが何を意味するか分かりますか? この撫子瑞穂が妹のわたくしよりも貴方にジョッキーとしての可能性を見出したということです!」
「!」
「このことはわたくしにとっては大変な屈辱です……よって、貴方と勝負をして勝たないと、わたくしは前に進めないのです!」
「う、うむむ……」
「個人的な因縁ってそういうことだったのね……」
飛鳥の剣幕に圧される炎仁の横で真帆が頷く。
「さあ、どうです! 勝負、お受け頂けますか⁉」
「わ、分かりました!」
炎仁が力強く返事する。
「……それじゃあ、両者とも準備をして頂戴」
「「はい!」」
瑞穂の言葉に頷き、炎仁と飛鳥がレースの準備にとりかかる。
「それじゃあ、見物人のわたくしたちはコースの方に移動しましょうか」
瑞穂が声をかけ、真帆たちは移動する。しばらくして、炎仁たちが現れる。
「お待たせ致しました、準備出来ました」
「よろしい。じゃあレースだけど……このコースを二周、2000m走ってもらいますか」
「「⁉」」
「ナデシコハナザカリはもちろんだけど、グレンノイグニースにしても血統的に適正距離のはずだから問題ないはずよ。大丈夫よね?」
「……大丈夫です」
「問題ありません」
瑞穂の問いかけに飛鳥と炎仁が落ち着いて答える。
「それでは、スタート地点に……それじゃあ、スタート!」
「!」
二頭とも良いスタートを切った。炎仁だけでなく、真帆たちギャラリーも驚く。先行型のナデシコハナザカリがグレンノイグニースの後方につけたからである。
「抑えたな」
「前にいかねえのか」
「一昨日走ったばかりですから、スタミナを極力温存するという判断でしょう」
嵐一と青空の呟きに海が反応する。レオンが首を捻る。
「炎仁の戸惑いは誘えるかもしれないけど、それ以上の効果があるかな?」
「……いや、そういう小手先だけの作戦じゃないと思うよ」
「え? どういうことですか?」
「まあ……どうなるか見てみよう」
真帆の問いに翔は曖昧な返事を返す。レースはグレンノイグニースが常に先行するという予想外の形で進み、一周半の地点を過ぎる。そこで飛鳥とナデシコハナザカリが動き出し、グレンノイグニースを交わしにかかる。真帆が驚く。
「ここで仕掛ける⁉ まだ半周弱あるのに!」
「いや、あれで良い……」
「ええっ⁉」
「流石は天ノ川一族の坊ちゃん……鋭いわね」
翔の言葉に瑞穂は感心する。真帆が尋ねる。
「ど、どういうことですか⁉」
「ナデシコハナザカリの長所は長い脚を使えること……器用で賢いから『先行型』の戦法も取れるけど、本来は『まくり』……ロングスパートが得意なのよ」
「そ、そんな!」
真帆が驚いている内に、ナデシコハナザカリが先頭に立って、最終コーナーへと差し掛かる。炎仁はグレンノイグニースを羽ばたかせる。内側が塞がれている為、外に持ち出して距離をロスするよりも、相手の前に降り立とうとする。
「⁉」
またも炎仁とギャラリーが驚く。飛鳥がグレンノイグニースのジャンプを読んでいて、ナデシコハナザカリを即座に外側に持ち出したのである。内側のグレンノイグニース、外側のナデシコハナザカリ、内外が逆転し、激しい叩き合いになった。
「ふん!」
ナデシコハナザカリが半竜身ほど前に出て、ゴール前を通過した。飛鳥の勝利である。飛鳥は派手なガッツポーズを取る。瑞穂が笑う。
「ふふっ、まるでGⅠを勝ったような喜びようね」
「……今日はありがとうございました」
仏坂が瑞穂に声をかける。
「最初は驚きましたが、可愛い妹の為なら……でも良かったのかしら? プロがアマチュアに色々と口出しするのは……」
「上司にも確認しましたが、『休みに家族と会うことに何の問題もない』と……」
「ふふっ、甘美さんも現役時に比べて丸くなったわね……とはいえ、こうなると気になるのは推薦した彼の方ね……レース運びは格段に成長しているけど」
瑞穂は炎仁の方を見つめる。仏坂は笑みを浮かべて答える。
「奇策ばかりではこの先通用しないと分かってくれれば上々です」
「……ふふふっ! どう、ご覧になった? わたくしとハナザカリの走りを!」
「ええ、負けました。お見事な騎乗です」
「ほっほっほ! そうでしょう! そうでしょうとも! おっと⁉」
「危ない!」
落竜しそうになった飛鳥の腕を炎仁がグイッと引っ張り、鞍上に戻す。
「あ、ありがとうございます……な、なんて力強さ……少年だと思ったけど、もう立派な殿方ですのね……」
「大丈夫ですか? 撫子さん?」
「撫子だなんて……飛鳥と呼んで下さい。マ、マイダーリン……」
「は、はあっ⁉」
ポッと顔を赤らめながら突拍子もないことを言い出す飛鳥に炎仁は面食らう。
※ここまでお読み頂いている方へ(2022年4月28日現在)
男子の副クラス長を決めていないという初歩的なミスをしてしまいました。
『第5レース(4)ミカヅキルナマリアVSコンペキノアクア』の終盤にその件を差し込みました。ストーリーには大きく影響はないと思いますが、気になる方は良かったら見直してみて下さい。
これからはこのようなことが無いように注意致します。今後もよろしくお願いします。
「ええ……」
瑞穂の言葉に飛鳥はそっけなく答える。
「ハナザカリの方も特に異常が無くて良かったですわね」
「ええ……」
飛鳥は再びそっけなく答える。瑞穂が首を傾げる。
「どうかしたのかしら? 具合が悪いの?」
「……休みなら昨日頂きました」
「念の為、今日と明日も休みということにしてもらったわ」
「なっ⁉ 何を勝手に! 一体何の権限で⁉」
「保護者権限……かしら?」
「困ります!」
大声を上げる飛鳥に瑞穂は困り顔を浮かべる。
「なにをそんなに焦っているの?」
「ご存知でしょう! わたくしは短期コース受講者、期間はたった一年しかないのです! 一日だって無駄には出来ないのです!」
「体を休めるのも大事なことよ」
「ですから、休みならば昨日……!」
「まあまあ、久しぶりの姉妹水入らずの時間を大切にしましょうよ♪」
「大体どこに向かっているのですか⁉」
飛鳥が再び大声を上げる。彼女が今座っているのは、瑞穂の運転する高級スポーツカーの助手席である。瑞穂が笑う。
「ふふっ、内緒♪」
「内緒って……ふざけている場合では!」
「ちょっと、ちょっと、事故になるからあまり助手席で暴れないで頂戴……」
「これが落ち着いていられますか⁉ 山の中ですし!」
「もうすぐ着くわ……ほら、見えてきた。あの看板をご覧なさい」
瑞穂が窓の外を指し示す。
「『紅蓮牧場』……えっ⁉ も、もしかして……?」
「そのもしかしてよ、紅蓮炎仁君の亡きお祖父様が経営されていた牧場で、グレンノイグニース号が生産された場所……」
「こ、こんな場所に連れてきてどうするおつもりですか?」
「すぐ分かるわ……さあさあ、車を降りて」
駐車場に車を停め、瑞穂と飛鳥が車を降りる。飛鳥が周囲を見回す。
「当グループと比べると流石に見劣りしますが、雰囲気は悪くない牧場ですね」
「そうでしょう? 結構わたくしも気に入っているの」
「瑞穂お嬢様、飛鳥お嬢様、お待ちしておりました」
二人に長身の男が近づき、恭しく頭を下げる。
「浅田君、ご苦労様」
「あ、浅田さん、ご無沙汰しております……」
「ご無沙汰しております」
浅田が飛鳥に向かって改めて頭を下げる。
「それで浅田君、準備の方は?」
「既に厩舎に入っております」
「それは結構」
瑞穂が満足そうに頷く横で飛鳥が首を傾げる。
「準備? なんのですか?」
「決まっているでしょ、ドラゴンのよ」
「ドラゴン?」
「ええ、ナデシコハナザカリの」
「なっ⁉ 競竜学校から連れ出したのですか⁉」
「もちろん、許可は得ているわよ、かなりの特例らしいけど」
「な、なんの為に……?」
「それは……あっ出てきたわね」
「え? ⁉」
飛鳥は驚く。牧場の事務所から炎仁とCクラスのクラスメイト、そして仏坂がぞろぞろと出てきたからである。炎仁が笑う。
「撫子さん、遠いところをようこそ」
「な、何故、紅蓮君と皆さんがここに……訓練は?」
「休みにしたよ」
「よ、よろしいのですか⁉ 一日足りとて無駄には出来ないはずでは⁉」
飛鳥は仏坂の発言を咎めるような口調で話す。
「う~ん……正確に言えば、『牧場実習』に充てたんだよ、春も行ったでしょ?」
「牧場実習……」
「そう、その秋季の分ね。訓練ももちろん大事だけど、牧場などの生産現場について知ることもジョッキーとしては大事なことだからね」
「貧乏牧場だって聞いていたけど、案外設備が整っているな」
「これはこれで風情があって良いかもね~」
「撫子グループさんが結構整備してくれたからね」
嵐一と翔の言葉に炎仁が答える。
「えっと……?」
飛鳥は尚も戸惑い気味な表情で瑞穂を見る。瑞穂がウィンクする。
「先に言っちゃうけど、今日はここにグレンノイグニースも連れてきているのよ」
「えっ⁉」
「聡明な我が妹なら大体の察しがつくかと思うけど」
「し、しかし……」
「撫子さん……」
真帆が前に進み出る。
「紺碧さん……」
「一昨日、こうおっしゃっていましたよね? 『このレースに勝ったら、紅蓮君に思いを伝えます』と」
「ええっ⁉ そ、それは確かにそう言いましたけど……」
「今、この場で伝えて下さい」
「こ、これは急展開だね!」
「真帆の奴、攻めに出やがったな!」
「……お二人ともちょっと黙っていて下さい」
わいわいと騒ぐレオンと青空を海がたしなめる。
「うっ……ぐ、紅蓮炎仁君!」
「は、はい!」
飛鳥が声を張り上げた為、炎仁は身を固くする。
「わ、わたくしとマッチレースをしてください!」
「「え?」」
飛鳥の言葉に炎仁と真帆は同時に間抜けな声を出す。
「競竜学校短期コースを受講する為の条件に競竜関係者の推薦というのがあります。わたくしは当然、姉さん、こちらにいる撫子瑞穂に推薦を頂こうと思いました……ところが、姉は全く縁もゆかりもない貴方を推薦するというではありませんか」
「あ、ああ……」
「推薦人に関してはなんとかなりましたが、わたくしの気持ちは晴れません。詳しく聞けば、トップジョッキーの姉とマッチレースをして勝ったと! レースは全くど素人の貴方が!」
「ああ、そういうこともありましたね……」
「これが何を意味するか分かりますか? この撫子瑞穂が妹のわたくしよりも貴方にジョッキーとしての可能性を見出したということです!」
「!」
「このことはわたくしにとっては大変な屈辱です……よって、貴方と勝負をして勝たないと、わたくしは前に進めないのです!」
「う、うむむ……」
「個人的な因縁ってそういうことだったのね……」
飛鳥の剣幕に圧される炎仁の横で真帆が頷く。
「さあ、どうです! 勝負、お受け頂けますか⁉」
「わ、分かりました!」
炎仁が力強く返事する。
「……それじゃあ、両者とも準備をして頂戴」
「「はい!」」
瑞穂の言葉に頷き、炎仁と飛鳥がレースの準備にとりかかる。
「それじゃあ、見物人のわたくしたちはコースの方に移動しましょうか」
瑞穂が声をかけ、真帆たちは移動する。しばらくして、炎仁たちが現れる。
「お待たせ致しました、準備出来ました」
「よろしい。じゃあレースだけど……このコースを二周、2000m走ってもらいますか」
「「⁉」」
「ナデシコハナザカリはもちろんだけど、グレンノイグニースにしても血統的に適正距離のはずだから問題ないはずよ。大丈夫よね?」
「……大丈夫です」
「問題ありません」
瑞穂の問いかけに飛鳥と炎仁が落ち着いて答える。
「それでは、スタート地点に……それじゃあ、スタート!」
「!」
二頭とも良いスタートを切った。炎仁だけでなく、真帆たちギャラリーも驚く。先行型のナデシコハナザカリがグレンノイグニースの後方につけたからである。
「抑えたな」
「前にいかねえのか」
「一昨日走ったばかりですから、スタミナを極力温存するという判断でしょう」
嵐一と青空の呟きに海が反応する。レオンが首を捻る。
「炎仁の戸惑いは誘えるかもしれないけど、それ以上の効果があるかな?」
「……いや、そういう小手先だけの作戦じゃないと思うよ」
「え? どういうことですか?」
「まあ……どうなるか見てみよう」
真帆の問いに翔は曖昧な返事を返す。レースはグレンノイグニースが常に先行するという予想外の形で進み、一周半の地点を過ぎる。そこで飛鳥とナデシコハナザカリが動き出し、グレンノイグニースを交わしにかかる。真帆が驚く。
「ここで仕掛ける⁉ まだ半周弱あるのに!」
「いや、あれで良い……」
「ええっ⁉」
「流石は天ノ川一族の坊ちゃん……鋭いわね」
翔の言葉に瑞穂は感心する。真帆が尋ねる。
「ど、どういうことですか⁉」
「ナデシコハナザカリの長所は長い脚を使えること……器用で賢いから『先行型』の戦法も取れるけど、本来は『まくり』……ロングスパートが得意なのよ」
「そ、そんな!」
真帆が驚いている内に、ナデシコハナザカリが先頭に立って、最終コーナーへと差し掛かる。炎仁はグレンノイグニースを羽ばたかせる。内側が塞がれている為、外に持ち出して距離をロスするよりも、相手の前に降り立とうとする。
「⁉」
またも炎仁とギャラリーが驚く。飛鳥がグレンノイグニースのジャンプを読んでいて、ナデシコハナザカリを即座に外側に持ち出したのである。内側のグレンノイグニース、外側のナデシコハナザカリ、内外が逆転し、激しい叩き合いになった。
「ふん!」
ナデシコハナザカリが半竜身ほど前に出て、ゴール前を通過した。飛鳥の勝利である。飛鳥は派手なガッツポーズを取る。瑞穂が笑う。
「ふふっ、まるでGⅠを勝ったような喜びようね」
「……今日はありがとうございました」
仏坂が瑞穂に声をかける。
「最初は驚きましたが、可愛い妹の為なら……でも良かったのかしら? プロがアマチュアに色々と口出しするのは……」
「上司にも確認しましたが、『休みに家族と会うことに何の問題もない』と……」
「ふふっ、甘美さんも現役時に比べて丸くなったわね……とはいえ、こうなると気になるのは推薦した彼の方ね……レース運びは格段に成長しているけど」
瑞穂は炎仁の方を見つめる。仏坂は笑みを浮かべて答える。
「奇策ばかりではこの先通用しないと分かってくれれば上々です」
「……ふふふっ! どう、ご覧になった? わたくしとハナザカリの走りを!」
「ええ、負けました。お見事な騎乗です」
「ほっほっほ! そうでしょう! そうでしょうとも! おっと⁉」
「危ない!」
落竜しそうになった飛鳥の腕を炎仁がグイッと引っ張り、鞍上に戻す。
「あ、ありがとうございます……な、なんて力強さ……少年だと思ったけど、もう立派な殿方ですのね……」
「大丈夫ですか? 撫子さん?」
「撫子だなんて……飛鳥と呼んで下さい。マ、マイダーリン……」
「は、はあっ⁉」
ポッと顔を赤らめながら突拍子もないことを言い出す飛鳥に炎仁は面食らう。
※ここまでお読み頂いている方へ(2022年4月28日現在)
男子の副クラス長を決めていないという初歩的なミスをしてしまいました。
『第5レース(4)ミカヅキルナマリアVSコンペキノアクア』の終盤にその件を差し込みました。ストーリーには大きく影響はないと思いますが、気になる方は良かったら見直してみて下さい。
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