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第一章

第4レース(2)尖った奴ら

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「ぐおおっ!」

 コースで炎仁の叫びが虚しくこだまする。

「気合いを入れれば良いってものじゃないんだよ!」

 レオンが負けじと声を上げる。

「どうすればお前とエクレールのように見事なスタートを決められるんだよ⁉」

「う~ん、才能?」

「身も蓋もないな⁉」

 レオンの言葉に炎仁が愕然とする。

「何を騒いでいやがるんだあいつら……」

 離れた所にいた嵐一が呆れた様子で見つめる。

「いや~元気があって良いね~紅蓮君」

 指導用のドラゴンに跨った仏坂がうんうんと頷く。

「いや、教官……」

「うん? どうかした草薙君?」

「なに満足気に頷いてんすか」

「いや~僕さ、さっき、ついうっかり紅蓮君の評価を『ビリッケツ』って言ってしまったじゃない?」

「あれはついうっかりってレベルじゃなかったですね」

「でも見てくれ、紅蓮君のあの元気な様子を」

「……これ以上ないほどのカラ元気って感じっすけど」

「……やっぱり?」

 仏坂は首を傾げて尋ねる。

「ええ、見ていて痛々しいです。それに付き合わせられている金糸雀も気の毒です」

「ここは……指導に当たるべきかな~?」

「かな~じゃなくてべきです。そもそもなんですか、『自由課題』って」

「各自自由に課題に取り組んでもらおうかな~と思って……」

「指導教官としての職務を果たして下さい。このクラスの半分が競竜歴は浅いんだ、そんなレベルで各々の課題が解決できるはずもない。鬼ヶ島教官が言っているように時間は足りない。指導をお願いします。まずはあそこで叫んでいる馬鹿を」

 嵐一は顎をしゃくり、炎仁の方を指し示す。仏坂は意外そうな顔を浮かべる。

「え? 彼からで良いのかい?」

「正直、放っておいても構わないんだが……奴は馬鹿なりに懸命にやっている。そういう奴を教え導くことも指導者としては大事なんじゃないですか?」

「……もっともらしいことを言っているけど、僕を試しているね?」

「なっ⁉」

「このやる気の今一つ感じられないボロっちい黒ジャージの指導教官殿で果たして大丈夫なのか? 最下位の学生に対し、どのような指導を行うのか、それで僕の価値を計ろうとしているね?」

 仏坂の突然の問いかけに嵐一は少し戸惑いながら答える。

「……何度も言っていますが、時間が無いんです……!」

「それはそうだね……」

「ぬおおっ!」

「力みが入り過ぎだよ」

「⁉ 教官!」

「い、いつの間に……」

 仏坂が炎仁とレオンの側に近づく。

「最初から力み過ぎ。ここだというポイントで手綱を操作すれば良いんだ」

「ポイント……」

「点と点を合わせるというイメージかな、『行くぞ、行くぞ』と小刻みに波線を描いてしまってはドラゴンもどう反応していいか分からない。まあ、これはドラゴンのそれぞれの気性にもよるからなかなか難しくはあるけどね」

「点と点……」

「やってみてごらん……よーい、スタート!」

「! おっ、ちょ、ちょっと上手く行ったような!」

 炎仁がやや手応えを得たような声を上げる。

「ちょっとだけでも良い、そのイメージを大事にするんだ。忘れない内にもう一度」

「よし……おっ! 今度も良かったんじゃ!」

「……へえ、あれだけのやり取りで手応えを感じさせたか、一応指導教官だけはあるみてえだな……」

 嵐一が踵を返して、軽く自分のドラゴンを走らせる。

「……若干だけど体勢にブレがあるね、後ろから見るとよく分かるよ」

「⁉ なっ!」

 嵐一が驚いて振り返ると、そこには仏坂の姿があった。

「草薙君の場合は体格もしっかりしているし、体幹もすっかり出来上がっているんだ、そこを綺麗に保つだけでも大分変わってくると思うよ」

「は、はあ……」

 仏坂が嵐一のドラゴンに並びかける。

「その内に鬼ヶ島教官から話があるかもしれないし、君自身もなんとなく考えているかと思うけど、あの路線に進むにしても、正しい騎乗姿勢を身につけておくに越したことはないよ。基礎が出来ているからこそ応用がきくんだからね」

「……どうも」

 嵐一は素直に頭を下げる。

「……このペースでも大丈夫ですか、紺碧さん?」

「ええ、着いていけています、三日月さん!」

「併せ竜か、同じような『逃げ』・『先行』脚質だからね、良い訓練だ」

「「⁉」」

 並走する海と真帆の横に仏坂がピタッとつけてきたことに二人は驚く。

(結構なハイペースなのに、あっさりついてきた?)

(近づいてきたのに気配を感じなかった……)

「単純な並走もいいけど、一つ提案させてもらってもいいかな?」

「提案?」

「交代交代でどちらかが少し前を走るんだ。すぐ前、あるいはすぐ後ろに別のドラゴンが居るという感覚を早い内に覚え込ませる。レースでは必ずしも単騎逃げが出来るとは限らないからね」

「なるほど……分かりました、やってみます。ご指導ありがとうございます」

「ありがとうございます」

 海と真帆は丁寧に礼を言う。

「うおおおっ!」

「しつこいですわね!」

 前を行く飛鳥のドラゴンを青空のドラゴンが追走する。

「ちっ! なかなか抜けねえ!」

(こちらはなかなか振り切れない! サンシャインノヴァ、ここまでとは!)

 青空は口に出して、飛鳥は内心、舌打ちをする。

「いやいや、なかなか迫力ある競り合いだね」

「なっ⁉」

「おっさん⁉」

 二頭のすぐ後方にいつの間にか、仏坂のドラゴンが来ていることに二人は驚く。

「お、おっさんって、一応教官だからね、僕……」

 青空の物言いに仏坂は苦笑する。

「教官なら教えてくれ! どうすりゃ、アイツを抜ける!」

「バイクとは勝手が違うかい?」

「ああ、全然違う!」

「それが分かっているなら上出来だ……見ていてくれ」

「な、なっ⁉」

 一瞬の間を置いて、仏坂のドラゴンが飛鳥のドラゴンを躱し、先頭に出る。

「ど、どうやった⁉」

「ドラゴンには呼吸がある。一息入れるタイミングを見計らって仕掛けてごらん」

「か、簡単に言うけどよ!」

「君のケモノみたいな……野生的カンがあれば出来るはずだ」

「今ちょっと良い感じに言い直しただろう!」

「同様のことは君にも言える」

「わ、わたくしにも?」

 仏坂は飛鳥に並びかけて告げる。

「相手の騎手の心理を読むだけでなく、ドラゴンの息遣いを感じるようにするんだ。そうすれば競り合われたときに、それを利用して上手く突き放すことが出来る」

「か、簡単におっしゃいますけど! レースの最後の局面でそんな余裕はとても!」

「思考を働かせるより、感覚を覚え込ませるって感じかな、プロのトップジョッキーは皆、そういう感覚が備わっている、君のお姉さんもね」

「! ……ご指導ありがとうございます」

 飛鳥は恭しく頭を下げる。

「いえいえ、どういたしまして」

「朝日さん! 少し休憩したらもう一本行きましょうか!」

「おうよ!」

 飛鳥の呼びかけに青空が答える。

「……ふっ!」

 翔がステラヴィオラをスパートさせる。

「精が出るね~」

「⁉」

 翔は驚く。仏坂があっさりと並びかけてきたからである。

「さっきから同じところばかりを走っているけど、イメージは?」

「……中団で脚を溜め、後方一気のスパート……です」

 翔は淡々と答える。

「なるほどね~しかし、この段階でイメージトレーニングとは恐れいったよ」

「それはどうも……」

「もう一回やってみてくれるかな?」

「言われなくても……」

 翔はドラゴンを同じスタート位置に戻す。仏坂が尋ねる。

「ちょっと並走させてもらっても良いかな? よりイメージしやすいと思うけど」

「お好きにどうぞ」

「よし、じゃあ、スタート!」

「!」

 仏坂のドラゴンはステラヴィオラにピッタリと並走する。

「竜群を捌くのは大変だと思うけど?」

「最終コーナーを回って、最後の直線に入ったら竜群はどうしてもばらける……皆勝ちたいから……その間隙を縫うように走るイメージです」

「ではこうされたら?」

「なっ⁉」

 仏坂がドラゴンをヴィオラにより密着させる。

「ジパングではあまり無いことだけど、海外では一人のオーナーが複数頭のドラゴンを同じレースに出してくるケースが多い。自分にとっての本命のドラゴンを勝たせるために、他のドラゴンはあえて捨て駒のように扱うことも考えられる――言葉は少し悪いけど――」

「捨て駒……」

「異常なハイペースで逃げさせて、他のドラゴンのペースを乱したり、こういう風にライバルのドラゴンをひたすら密着マークし、進路を塞いだり――もちろん、反則行為とされない程度に巧妙に――色々なケースが想定されるよ」

「……」

「どうせならより高いイメージを持って日々のトレーニングに臨んで欲しいな」

「より高いイメージ……」

「君ならそれが出来ると思うんだけどね」

「……やってみます」

 翔は何度か小さく頷いた後、呟く。

「……各々ドラゴンを竜房に戻したね、じゃあ、今日はこれで解散」

「ありがとうございました!」

 Cクラスの八人が揃って頭を下げる。仏坂は校舎に戻り、教官室に入る。

「仏坂教官、ご苦労様です」

「ああ、凡田教官、お疲れ様です。お早いお戻りですね」

 仏坂は少し小太りの男に頭を下げる。

「いや~私のクラスは全く手がかかりませんからな~」

「そうですか、それは何よりです」

「しかし、毎年のことながら、仏坂教官も物好きですな~よりにもよって、癖の強いというか、尖った連中をまとめてお引き受けになるとは……」

「ご存知ありませんでしたっけ? 僕は穴竜狙いなんですよ」

「はっはっは! これはこれは大したギャンブラーですな、それでは私は本日分のレポートも提出しましたので、お先に失礼しますよ」

「お疲れさまでした」

「はい、どうも、ご苦労様~」

 凡田が教官室から出ていく。

「……平均的なお行儀の良い奴らよりどこか尖った奴らの方が面白いけどね……」

 Cクラスの学生たちのデータを見ながら、仏坂は小さく呟く。
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