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第一章

第2レース(4)訓練開始

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 教練場に学校指定の赤いジャージに着替えた炎仁たちが緊張した面持ちで並ぶ。そこに真黒なジャージに着替えた鬼ヶ島が現れる。

「ふむ……遅刻者はいないか」

「あ、あの~?」

「なんだ、金糸雀?」

 おずおずと手を挙げたレオンに鬼ヶ島は鋭い視線を向ける。視線で人を貫けるのではないかという程だ。レオンは青い瞳を潤ませながら、勇気を振り絞って尋ねる。

「初日の午後はレクリエーションだと、頂いた資料では書いてあったかと……」

「それは忘れろ」

「え?」

 鬼ヶ島の言葉にレオンが首を傾げる。鬼ヶ島はため息を一つ挟んで説明する。

「諸君らも承知している通り、ここは関東競竜学校だ。『JDRA』……ジパング・ドラゴン・レーシング・アソシエーション、またの名を『ジパング中央競竜会』が作った学校だ。その騎手課程の目的はなんだ? 当然、騎手を育成することだ。しかしただの騎手ではない。プロの世界でも通用する騎手を育成しなければならない」

「……」

 黙り込む学生たちの前で、鬼ヶ島は説明を続ける。

「通常課程では三年かけて騎手を育成する。地方競竜にもいくつか学校があるが、そこも二年だな。それをこの短期コースを受講する諸君らは一年で全てのカリキュラムをこなすという……これがどういう意味が分かるか、撫子?」

「通常の三倍の速さでこなさければなりませんわね」

 鬼ヶ島の突然の問いに撫子飛鳥が落ち着いて答える。

「そうだ。つまり、諸君らには時間などいくらあっても足りないということだ……ここまでは分かったか、三日月」

「はい、よくわかりました」

 三日月海が淡々と答える。

「よって、休みも週一日だ! もっとも諸君らのドラゴンの世話もある……まだまだ手のかかる一歳竜……実質休みはないものと思え!」

「!」

 何人かが「マジかよ」と言った表情を浮かべる。それを鬼ヶ島は見逃さない。

「中列の二人と後列の両端、たるんでいるな、この教練場外周十周だ、早くしろ!」

「ふふっ……」

「何がおかしい? 草薙」

「時間ないって言っていたのに、罰走すか。それこそ時間の無駄じゃないすか?」

「余計な口答えは許さん、草薙……体力自慢の貴様は三十周だ」

「へいへい……」

 草薙嵐一は走り出す。他の学生も渋々ながら走り出す。鬼ヶ島が皆に向き直る。

「言いたいことは分かったな! それでは早速ドラゴンを使った実習に入る! 各自厩舎に向かい、竜具などを装具し、隣のコースに集まれ! 十分以内だ!」

「はい!」

 炎仁たちは戸惑いながら大声で返事をして、厩舎に向かう。

「ああ、朝日、天ノ川、金糸雀、お前らはいい。こっちに来い」

「え、なんすか?」

「朝日青空、ドラゴンでの通学……前代未聞の行為だ」

「その方が早く着くなって思ったんで」

 朝日青空は悪気なく舌を出す。

「天ノ川翔、敷地内でドローンを使用、あまつさえそれに乗って飛行するとは……」

「便利なものは使いたくなるので……」

 天ノ川翔は悪びれもせずに答える。

「金糸雀レオン、煙幕など怪しげな物を所持、さらに使用……」

「いや、あの場合は致し方なかったというか……」

「お前らは外周二十周だ」

「え~」

 三人とも不満そうな声を上げながら走り出す。鬼ヶ島はため息をついて呟く。

「……今年もまた随分と癖の強い奴が集まったな」

「真帆」

 厩舎で準備をしながら、炎仁は隣の竜房にいる真帆に話しかける。

「なに?」

「いや、なにって……なんでお前がここにいるんだよ」

「そりゃあ入学したからよ」

「それはそうだが……竜術競技は良いのか?」

「興味関心が移ったのよ。そんなにいけないこと?」

「べ、別にいけなくはないが……なんで一言言ってくれなかったんだ?」

「炎ちゃんも何も相談してくれなかったじゃない、そのお返しよ」

 真帆が炎仁の顔を見て悪戯っぽくウインクする。

「……しかし、推薦人の確保は俺より容易そうだが、よく競走竜を確保出来たな」

「親戚を当たってみたら、一頭いたわ、この『コンペキノアクア』がね」

 真帆が竜房からドラゴンを曳いて出る。紺碧色のドラゴンが大人しく歩く。

「水竜か」

「ええ、とっても聞き分けの良い子よ……それが炎ちゃんのドラゴンね。あら? 冠名をつけたの?」

「ああ、『グレンノイグニース』だ。紅蓮牧場の竜だからな」

 二人は厩舎を出て他の学生とともに、教練場へと戻る。鬼ヶ島が早速指示する。

「よし、騎乗!」

 ドラゴンの背中辺りをポンポンと叩くと、ドラゴンはしゃがみ、人間が跨りやすい体勢になる。これによって、人間は補助なしでも騎乗することが出来る。競走竜や竜術競技用の竜には初めのうちに教える動きである。皆、苦もなく騎乗する。

「よっと……」

 炎仁もすっかり慣れたものである。鬼ヶ島は頷くと、次の指示を出す。

「諸君らの訓練は私を含め、四人の担当教官で見る。あそこに竜に跨った教官がいるだろう? 3ハロン、600mだ。あそこまでドラゴンを走らせろ。一頭三回ずつだ」

「……」

「一本目はスローペース、1ハロン11秒台、つまり3ハロンを33秒台、次は平均ペース、1ハロン10秒台、最後はハイペース、1ハロン10秒を切るタイムで走らせろ」

「えっ⁉」

 真帆が思わず驚きの声を上げる。

「どうした紺碧?」

「い、いえ、タイム指定ですか?」

「さっきも言っただろう? 諸君らには時間が無い。『まずはドラゴンをまっすぐ走らせましょう』、『コーナーリングのコツは……』などと悠長なことを言っている場合ではないのだ」

「は、はい……」

「分かったのなら、二頭ずつ走れ」

 炎仁たちの顔にも緊張が走る。もうふるい分けは始まっているのだ。

「ふう……」

 ペースランニングが終わり、真帆が安堵のため息をつきながら戻ってくる。流石に騎乗スタイルは様になっている。

「よし、次は……」

 鬼ヶ島が次々と訓練メニューを提示する。炎仁たちは戸惑いながらもそれらをなんとかこなしていく。

「はあ、はあ……」

「今日のところはこの辺りにしておくか。それでは最後に模擬レースをする。左周り1000m、四頭で行う。結果は問わん、志願者はいるか?」

「は、はい!」

 真帆が手を挙げる。鬼ヶ島が笑う。

「ふむ、やる気は十分だな、後の三人は……」

「はい」

 炎仁と二人の女が同時に手を挙げる。

「ふむ、紅蓮と茶田姉妹か。よし、準備しろ」

「……」

 炎仁たちがスタート地点につく。スタート地点の教官が声を上げる。

「スタート!」

 炎仁たちがスタートする。大きく出遅れてしまった炎仁以外は良いスタートを切った。三頭がほぼ横並びで進み、最初のコーナーに差し掛かる。

「ぐっ!」

 真帆の乗るコンペキノアクアが若干よろける。後ろから見ていた炎仁が驚く。

「真帆!」

「ちょ、ちょっと! ぶつかっていますよ!」

 真帆が怒りを抑えた声で抗議する。

「ぶつけてんのよ!」

「ええっ⁉」

 相手の思わぬ返事に真帆は驚く。コンペキノアクアを挟み込むように走る茶色い竜体をした二頭のドラゴンの内、一頭がやや前に出て、真帆たちの進路を防ぐ。

「『金メダルとダービージョッキーの二冠』? 舐めたこと言わないでくれる?」

「そ、それは記者さんたちが勝手に言っていることで……」

「アンタみたいなお遊び気分のお嬢さんが一番気に食わないのよ!」

「今日の訓練も内容悪かったじゃない!」

「そうそう、経歴に傷が付く前にさっさと辞めたら⁉」

「くっ……」

 真帆は唇を噛む。茶田姉妹の言う通り、訓練内容は自分が一番良くなかった。競竜転向からたった数か月の練習だけでは所詮付け焼刃に過ぎないということを痛感した。だからこそこの模擬レースで挽回しようと思い志願した。教官は結果を問わないと言ったが、やはり一着の方が印象は良いだろう。しかし状況は芳しくない。

「そらっ!」

「⁉」

 前に出た一頭が巧妙に芝生を蹴り上げる。真帆たちの顔にかかり、またもや若干よろけてしまい、真帆はコンペキノアクアを後退させる。茶田姉妹が笑う。

「ははっ! そこで下げるって! 勝つ気あるの?」

(内側は完全に閉じられてしまった……外に持ち出す? いや、この人たちは対応してくるはず。悔しいけどこのまま行くしかないか……)

「真帆!」

「⁉」

 炎仁の言葉に真帆は驚いて視線を向ける。

「諦めるな! チャンスはある! 集中を切らすな!」

「!」

 真帆は視線を前に戻し、あえて竜体を前進させる。茶田姉妹はそれを見て笑う。

「竜術競技のように飛越してくる? 高速で走りながらそれをやるのは困難よ」

「……ここ!」

「何っ⁉」

 最後のコーナーで二頭のドラゴンのコーナーリングにやや乱れが生じたところを真帆は見逃さなかった。大体はここで滑空させるのだが、真帆はコンペキノアクアに細かいステップを踏ませ、二頭の間隙を縫わせるように走り、先頭に躍り出る。

「くっ⁉」

「馬鹿な⁉」

 レースはコンペキノアクアの一着で終わった。鬼ヶ島が口を開く。

「初日にしては見ごたえのあるレースを見せてもらった……茶田姉妹、貴様らは退校だ。荷物をまとめて帰れ。妨害行為が目に余る。我々の目は誤魔化せんぞ」

「ええっ⁉」

「確かにドラゴンレースというものは多少の接触ありきで、レースによっては妨害ありのものもある……しかし、今はそういった指定はしていない……事故につながりかねない危険な騎乗だ。そんな者たちに教えることはない、さっさと去れ!」

「ぐっ……」

 茶田姉妹が悔しそうにその場を後にする。やや間を空けて鬼ヶ島が皆に告げる。

「今日はここまで、ドラゴンを竜房に戻せ」

 厩舎では真帆が皆に囲まれる。飛鳥と海、青空が声をかける。

「紺碧さん、実に見事な騎乗でしたわ!」

「コーナーでステップワークを多用……その発想はありませんでした」

「今度はアタシと勝負しようぜ!」

「ははは……まだまだだから……」

 真帆は戸惑い気味に答える。

「ふふっ……」

 そんな様子を見て、炎仁は笑みを浮かべる。レオンが声を掛けてくる。

「笑っている場合かい?」

「え?」

「出遅れてほとんど見せ場なく終わったじゃないか。危機感を持った方が良いよ?」

「さ、早速罰走喰らった奴に言われたくねえよ」

「うぐっ⁉ こ、これから挽回してみせるさ」

「俺だってそのつもりだ!」

「……上がり3ハロンは最速か。グレンノイグニース、面白いかもしれんな……」

 教練場に一人残った鬼ヶ島は名簿を眺めながら呟く。
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