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第二章 いざ江の島へ
ハンデ与え過ぎた件
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「……あの、どちら様でしょうか?」
葵は当然過ぎる疑問を口にする。
「こちらは……」
「結構、自分で名乗れます」
プラチナブロンドの女性は爽を制し、会室の中央に進み出てきて葵の前に跪く。
「あ、あの……」
「上様、こうしてお初にお目に掛かることが出来て光栄の極みでございます」
「は、はい……」
「私は3年は組クラス長、尾成金銀(おなりこがね)と申します。以後お見知り置きの程を何卒よろしくお願いを致します」
「お、お願いします……」
爽が補足する。
「尾成様は御三家の一つ、尾成家のご当主です」
「ええっ⁉」
葵が驚く。金銀はゆっくり立ち上がる。背丈は葵と同じ位である。爽は説明を続ける。
「生徒会副会長でもあり……継承順位は4番目の方です」
「五橋さんよりも上! っていうことはもしかして……?」
「単刀直入に申し上げます……将軍位をお譲り頂きたいのです!」
「や、やっぱり!」
「お答えは?」
金銀が見つめる。葵は戸惑いながらも立ち上がって口を開く。
「答えはいいえです! 将軍職を譲るつもりは毛頭ありません!」
「ふふっ……」
金銀は懐から扇子を取り出し、口許に当てて小さく笑う。葵が怪訝な表情で尋ねる。
「なにがおかしいんですか?」
「失礼……あまりにもこちらの読み通り、想定内のお答えだったもので」
「……恐れながら」
「どうぞ。親藩大名や外様大名の違いなど、今のこの時代に於いてナンセンス極まりないものです。気兼ねなくお考えを聞かせて下さい」
金銀が促し、爽は頭を上げて発言する。
「尾成さまにおかれましては、掲げておられた目標の完遂の為、将軍職就任に関しては辞退なされたものだと認識しておりましたが……」
「気が変わりました」
「き、気が変わったって……」
即答する金銀に爽が戸惑う。
「それに私一人の考えだけで全てが決まるわけではありません。家の者や幕閣の方々にも確認しましたが、私の継承権利はまだ生きているようです」
「幕閣の方々とはどなたのことですか?」
「お名前は出せません。関係者であることは確かです」
「そ、そんな……」
「わりと無茶な話だナ……」
壁にもたれ、腕を組みながらイザベラが呟く。
「ただ、私としても手荒な手段は好みません。平和的な話し合いで解決できるものなら、それに越したことはありませんからね。上様、如何でしょうか?」
「……目標の完遂とは?」
葵が問う。金銀はニコッと微笑み、扇子をバッと広げてみせる。
「この扇子の揮毫をご覧下さい」
葵は扇子を見て、書いてある文字を読む。
「ンワーリンオ……えっ?」
「葵様、それは右から読みます」
「あ、ああ、そうなんだ……えっと、『ナンバーワンかつオンリーワン』……?」
「そうです! 唯一無二の存在になること! それが私の目標であり、夢なのです!」
「夢……」
「そう、ドリーム!」
「は、はあ……」
爽が再び補足する。
「葵様、尾成様は史上初めての女性のプロ将棋棋士です」
「えっ⁉ あ、そ、そういえばどこかで見たことがあると思った!」
「更に囲碁のプロでもいらっしゃいます」
「プロのチェスプレイヤーでもあるナ……」
イザベラが呟く。
「ええっ! 囲碁もチェスもプロ⁉」
驚く葵に金銀は得意気に語る。
「自慢ではありませんが、多くの二つ名を持っております。『ボードゲームの申し子』、『盤面の戦姫』、『AIに最も近い人類』などですね、私個人としては『盤面の戦姫』がなかなか気に入っております」
「『勝利の女神に愛された女』というのもありますね」
「そうそう」
「『盤を親に持つ者』というのもあったナ……」
「それはどちらかというと蔑称ですね……まあ、アンチの戯言など気にもしませんが」
「そ、それで……?」
「私は人々に夢を持つことの大切さを知って欲しいのです! そして、夢は信じれば必ず叶うものだと! 一度はその夢は破れましたが……」
「一度は?」
首を傾げる葵に爽が小声で囁く。
「昨年度の生徒会長選挙で万城目さんに僅差で敗れています」
「ああ……」
「その敗戦の傷もすっかり癒えました! 今一度、頂点を目指したいと思っております! と、いうわけで将軍職をお譲り下さい」
「い、いや、そういうわけにはいきませんよ⁉」
金銀の勢いに圧されながら、葵は首を左右に振る。
「では……勝負と参りましょう」
「はい?」
「準備を!」
金銀が両手を叩くと、複数の生徒がぞろぞろと会室に入ってきて、三つの机をコの字に並び直し、その上にそれぞれ将棋盤、囲碁盤、チェス盤を設置する。金銀は机の間に置かれた椅子に座り、葵に告げる。
「1対3、いわゆる三面対局で勝負と行きましょう!」
「い、いや、なんでそうなるんですか⁉」
「話し合いで解決しないなら勝負しかないでしょう?」
「ないでしょう?と申しましても……」
爽が首を傾げる。
「当然、ハンデは差し上げます。まさかそんな有利な勝負、天下の征夷大将軍様がお逃げにはならないでしょう?」
「そうは言っても……」
「分かった、受けて立ちます!」
「葵様⁉」
「ここまで言われて引き下がれないよ!」
「ええ……心得はあるのですか?」
「将棋はお爺ちゃんに教わったことがあるよ! ザべちゃんは?」
「チェスならバ……」
「よし! サワっちは?」
「囲碁を少々……」
爽はため息まじりで答える。金銀が微笑む。
「準備はよろしいようですね……将棋は十枚落ち、囲碁は置き石25個、チェスは全落ちで、さらに私は持ち時間無し、ノータイムで臨みます」
「ええっ⁉ 王と歩だけ⁉」
「キングとポーンのみ……大した自信だナ」
「さあ、参りましょう!」
こうして将棋と囲碁とチェスを同時に行う異例の三面対局が始まった。
「う~ん、こうだ!」
「ほう、角道を開けてきましたか! 囲碁は私の先手ですね!」
「……うむ、ではこれで」
「……こうカ」
「 1.e4ですか! 無難に来ましたね!」
「こうかな?」
「矢倉囲いで来ましたか! 碁は小ゲイマかかり一間ばさみ飛び込みですね!」
「は、速い!」
「本当にノータイムとハ……」
「そのキャスリングはルイ・ロペス エクスチェンジバリエーションですね!」
金銀は異なる戦局にも柔軟かつ迅速に対応してみせる。葵たちは只々圧倒される。
「くっ!」
「王手ですね!」
「ぬっ!」
「そろそろ終局ですね!」
「チッ!」
「チェックメイトですね!」
金銀は一呼吸置いて頭を下げる。
「ここで投了! 私の負けです! ありがとうございました!」
「「「ええっ⁉」」」
「撤収!」
金銀が再び人を呼び、盤が手際よく片付けられる。金銀は立って出口に向かう。
「今日はほんの小手調べです! 夏合宿では覚えていて下さい!」
「な、なんだったのあの人……」
堂々と捨て台詞を吐き、悠然と去って行く金銀を見て、葵は呆然と呟く。
葵は当然過ぎる疑問を口にする。
「こちらは……」
「結構、自分で名乗れます」
プラチナブロンドの女性は爽を制し、会室の中央に進み出てきて葵の前に跪く。
「あ、あの……」
「上様、こうしてお初にお目に掛かることが出来て光栄の極みでございます」
「は、はい……」
「私は3年は組クラス長、尾成金銀(おなりこがね)と申します。以後お見知り置きの程を何卒よろしくお願いを致します」
「お、お願いします……」
爽が補足する。
「尾成様は御三家の一つ、尾成家のご当主です」
「ええっ⁉」
葵が驚く。金銀はゆっくり立ち上がる。背丈は葵と同じ位である。爽は説明を続ける。
「生徒会副会長でもあり……継承順位は4番目の方です」
「五橋さんよりも上! っていうことはもしかして……?」
「単刀直入に申し上げます……将軍位をお譲り頂きたいのです!」
「や、やっぱり!」
「お答えは?」
金銀が見つめる。葵は戸惑いながらも立ち上がって口を開く。
「答えはいいえです! 将軍職を譲るつもりは毛頭ありません!」
「ふふっ……」
金銀は懐から扇子を取り出し、口許に当てて小さく笑う。葵が怪訝な表情で尋ねる。
「なにがおかしいんですか?」
「失礼……あまりにもこちらの読み通り、想定内のお答えだったもので」
「……恐れながら」
「どうぞ。親藩大名や外様大名の違いなど、今のこの時代に於いてナンセンス極まりないものです。気兼ねなくお考えを聞かせて下さい」
金銀が促し、爽は頭を上げて発言する。
「尾成さまにおかれましては、掲げておられた目標の完遂の為、将軍職就任に関しては辞退なされたものだと認識しておりましたが……」
「気が変わりました」
「き、気が変わったって……」
即答する金銀に爽が戸惑う。
「それに私一人の考えだけで全てが決まるわけではありません。家の者や幕閣の方々にも確認しましたが、私の継承権利はまだ生きているようです」
「幕閣の方々とはどなたのことですか?」
「お名前は出せません。関係者であることは確かです」
「そ、そんな……」
「わりと無茶な話だナ……」
壁にもたれ、腕を組みながらイザベラが呟く。
「ただ、私としても手荒な手段は好みません。平和的な話し合いで解決できるものなら、それに越したことはありませんからね。上様、如何でしょうか?」
「……目標の完遂とは?」
葵が問う。金銀はニコッと微笑み、扇子をバッと広げてみせる。
「この扇子の揮毫をご覧下さい」
葵は扇子を見て、書いてある文字を読む。
「ンワーリンオ……えっ?」
「葵様、それは右から読みます」
「あ、ああ、そうなんだ……えっと、『ナンバーワンかつオンリーワン』……?」
「そうです! 唯一無二の存在になること! それが私の目標であり、夢なのです!」
「夢……」
「そう、ドリーム!」
「は、はあ……」
爽が再び補足する。
「葵様、尾成様は史上初めての女性のプロ将棋棋士です」
「えっ⁉ あ、そ、そういえばどこかで見たことがあると思った!」
「更に囲碁のプロでもいらっしゃいます」
「プロのチェスプレイヤーでもあるナ……」
イザベラが呟く。
「ええっ! 囲碁もチェスもプロ⁉」
驚く葵に金銀は得意気に語る。
「自慢ではありませんが、多くの二つ名を持っております。『ボードゲームの申し子』、『盤面の戦姫』、『AIに最も近い人類』などですね、私個人としては『盤面の戦姫』がなかなか気に入っております」
「『勝利の女神に愛された女』というのもありますね」
「そうそう」
「『盤を親に持つ者』というのもあったナ……」
「それはどちらかというと蔑称ですね……まあ、アンチの戯言など気にもしませんが」
「そ、それで……?」
「私は人々に夢を持つことの大切さを知って欲しいのです! そして、夢は信じれば必ず叶うものだと! 一度はその夢は破れましたが……」
「一度は?」
首を傾げる葵に爽が小声で囁く。
「昨年度の生徒会長選挙で万城目さんに僅差で敗れています」
「ああ……」
「その敗戦の傷もすっかり癒えました! 今一度、頂点を目指したいと思っております! と、いうわけで将軍職をお譲り下さい」
「い、いや、そういうわけにはいきませんよ⁉」
金銀の勢いに圧されながら、葵は首を左右に振る。
「では……勝負と参りましょう」
「はい?」
「準備を!」
金銀が両手を叩くと、複数の生徒がぞろぞろと会室に入ってきて、三つの机をコの字に並び直し、その上にそれぞれ将棋盤、囲碁盤、チェス盤を設置する。金銀は机の間に置かれた椅子に座り、葵に告げる。
「1対3、いわゆる三面対局で勝負と行きましょう!」
「い、いや、なんでそうなるんですか⁉」
「話し合いで解決しないなら勝負しかないでしょう?」
「ないでしょう?と申しましても……」
爽が首を傾げる。
「当然、ハンデは差し上げます。まさかそんな有利な勝負、天下の征夷大将軍様がお逃げにはならないでしょう?」
「そうは言っても……」
「分かった、受けて立ちます!」
「葵様⁉」
「ここまで言われて引き下がれないよ!」
「ええ……心得はあるのですか?」
「将棋はお爺ちゃんに教わったことがあるよ! ザべちゃんは?」
「チェスならバ……」
「よし! サワっちは?」
「囲碁を少々……」
爽はため息まじりで答える。金銀が微笑む。
「準備はよろしいようですね……将棋は十枚落ち、囲碁は置き石25個、チェスは全落ちで、さらに私は持ち時間無し、ノータイムで臨みます」
「ええっ⁉ 王と歩だけ⁉」
「キングとポーンのみ……大した自信だナ」
「さあ、参りましょう!」
こうして将棋と囲碁とチェスを同時に行う異例の三面対局が始まった。
「う~ん、こうだ!」
「ほう、角道を開けてきましたか! 囲碁は私の先手ですね!」
「……うむ、ではこれで」
「……こうカ」
「 1.e4ですか! 無難に来ましたね!」
「こうかな?」
「矢倉囲いで来ましたか! 碁は小ゲイマかかり一間ばさみ飛び込みですね!」
「は、速い!」
「本当にノータイムとハ……」
「そのキャスリングはルイ・ロペス エクスチェンジバリエーションですね!」
金銀は異なる戦局にも柔軟かつ迅速に対応してみせる。葵たちは只々圧倒される。
「くっ!」
「王手ですね!」
「ぬっ!」
「そろそろ終局ですね!」
「チッ!」
「チェックメイトですね!」
金銀は一呼吸置いて頭を下げる。
「ここで投了! 私の負けです! ありがとうございました!」
「「「ええっ⁉」」」
「撤収!」
金銀が再び人を呼び、盤が手際よく片付けられる。金銀は立って出口に向かう。
「今日はほんの小手調べです! 夏合宿では覚えていて下さい!」
「な、なんだったのあの人……」
堂々と捨て台詞を吐き、悠然と去って行く金銀を見て、葵は呆然と呟く。
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