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第二章 いざ江の島へ

赤と黒と青が武を示す

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「さて、首謀者たちはどこにいるかしらね……」

 立ち止まった紅が周囲を見渡しながら考え込む。

「恐らくは奥の間にいると思うが……」

「ならば、こっちを通れば近道ね!」

「ちょ、ちょっと待て!」

 再び走り出そうとする紅を猛時が呼び止める。

「何よ?」

「このままでは中庭を突っ切る形になるぞ! 一気に包囲される可能性もある! 今更だがもう少し慎重に動くべきだ!」

「大丈夫だよ、そのまま進んでも」

 葵の言葉に猛時が振り返る。

「何を根拠にそのようなことをおっしゃるのですか⁉」

「作戦の第三段階に入ったとサワっちから連絡が入ったからね」

「伊達仁殿から……?」

 その時、呻くような叫び声が聞こえてきた。

「中庭から⁉ 行ってみるわよ!」

「だ、だから待てと……ええいっ!」

 走り出す紅に猛時と葵が続く。やや広い中庭に着くとそこには落ちた薙刀の近くに女性が倒れ込んでおり、その近くに爽が立っていた。葵が声を掛ける。

「サワっち!」

「! 葵様! この辺りは制圧しました。乱の首謀者たちはこの先にいる模様です!」

「やっぱり奥の間ね! 私たちの遊び場、返してもらうわよ!」

「仕事場だ、仕事場!」

 勇み立つ紅を猛時が落ち着かせようとする。

「ふふふ……飛んで火に入るなんとやらだな」

「誰⁉」

「ネズミが騒いでいるかと思ったら、上様でしたとは……いや、元、上様ですかね?」

 五人の大柄な男たちが中庭に姿を現す。紅が叫ぶ。

「何者⁉」

「我らは『新鎌倉四天王』‼」

「五人いるけど⁉」

 葵が思わず突っ込みを入れる。五人の男たちはお互いの顔を見合わせる。しばらく間を置いて、五人の内の真ん中に立つ男が叫ぶ。

「我ら、『新鎌倉暫定的四天王』‼」

「言い直した⁉」

「ざ、暫定的ですって⁉」

「え、驚くとこそこなの⁉」

 葵が紅の反応に戸惑う。確定していない四天王が不敵に笑う。

「人数的にも我らが一人多い。ここは大人しく降参した方が身の為ですぞ」

「くっ……」

「悪りい! 遅くなった!」

「上様! ご無事ですか⁉」

「⁉」

 赤毛の少年と黒髪の男が中庭に勢い良く駆け込んできた。その後をゆっくりと青髪の男性が歩いてくる。青髪の男性は良く通る声で告げる。

「この御所を占拠している不届き者たちはあらかた片付けた! 後はそなたらだけだ!」

「な、なんだと⁉」

「……こちらは三人増えた。人数的には逆転だな?」

 猛時が笑みを浮かべる。四天王の中心人物が叫ぶ。

「ふ、ふん! なんのなんの! 我らは武芸に長じた者たち、いわば精鋭集団! 貴様らなんぞ恐るるに足りんわ!」

「まずは柔術が得意な我が参る!」

 四天王の内の一人が爽に猛然と掴みかかる。葵が叫ぶ。

「サワっち!」

「悪く思うなよ、女! 少し痛い目を見てもらっ⁉」

 次の瞬間、男の体が一回転して地面に激しく叩き付けられる。男は呻く。

「ぐおっ……」

「わたくし生憎未熟者故、加減が上手く出来ませんでした。悪く思わないで下さい」

「へえ、やるわね。合気道かしら、見事だわ」

「……恐れ入ります」

 感心した様子の紅に爽が頭を下げる。

「柔術の! おのれ! 次は某が!」

 甲冑に身を包んだ男が前に進み出てくる。

「……オイラにやらせてくれ」

 赤髪の少年がゆっくりと前に出る。甲冑の男が叫ぶ。

「某は武術の達人! この目にも留まらぬ連撃を躱せるかな! ……な、何⁉」

 赤髪の少年は甲冑男の繰り出す攻撃を全て躱してみせ、静かに呟く。

「次はオイラの番だな……」

「ふ、ふん、素手でこの甲冑に身を包んだ某に痛撃を与えられるものか! ……⁉」

 甲冑男は驚愕する。赤髪の少年の拳が自身の甲冑の一部を砕いていたからである。

「そ、そんな……」

 甲冑男は信じられないといった様子で崩れ落ちる。

「火事場の馬鹿力ってやつだ。女に手を上げるような汚え真似をしやがったからオイラの怒りに火が点いちまったんだ……火の用心だぜ……」

「彼は空手家か何かかしら?」

「赤宿進之助(あかすきしんのすけ)、火消しを目指しているの。只の喧嘩好きよ」

「火消しで喧嘩好きって、また忙しないわね……」

 葵の説明に紅は呆れ気味に呟く。

「武術の! 続いては弓術名人の自分が!」

 軽装の男が距離を取って弓を構え、叫びながら矢を三本程放つ。

「矢尻は柔らかくしてあるが、当たれば痛いぞ! ⁉」

「当たれば、な」

 黒髪の男が放たれた矢を軽々と躱し、軽装の男の背後に立つと、その首筋にそっと苦無を突き付ける。

「悪いがこちらは苦無の先端を丸めるというような人道的配慮は一切していない。育ちが悪いものでな……大人しく弓矢を捨てろ」

 軽装の男は震えながら弓矢を投げ捨てて、両手を上げる。葵が紅に紹介しようとする。

「彼は黒駆秀吾郎(くろがけしゅうごろう)、えっと……」

「う、上様!」

 秀吾郎が葵に目配せする。己のことは秘密にするのが大江戸城御庭番の隠密である彼に課せられた掟なのである。

「ま、まあ、察してくれる?」

「……忍者ね」

「ああ、紛うことなき忍者だな」

 紅と猛時は小声でささやき合う。

「弓術の! ならば剣術が達者な拙者が!」

 四天王の中心人物の男が木刀を持って、同様に木刀を持つ青髪の男性に斬りかかる。

「先手必勝! ⁉」

「……鎌倉武士の腕前は如何程のものかと期待したが、少々期待外れだったな!」

 四天王の中心人物は木刀を落として、力なく倒れ込む。青髪の男性が恐るべき速さで胴に木刀を撃ち込んだからである。猛時が話しかける。

「青臨大和(せいりんやまと)殿、噂以上の実力ですね。しかし、こんな俗物で鎌倉武士の力量を見極めたつもりになってもらっては困る……」

「ほう! であれば貴殿がお相手下さるか!」

 大和が嬉しそうな声を上げる。葵が注意する。

「ちょ、ちょっと、今はそんな場合じゃないから!」

「剣術の! ま、まだ棒術自慢の俺がいる!」

 五人いる四天王の最後の一人の男が余所見をしていた葵に襲い掛かる。

「⁉」

「葵様!」

 爽が地面に転がっている薙刀を拾い、葵に向かって投げる。

「⁉ ぬおっ……」

 男が唸る。薙刀を受け取った葵が、柄の部分を使って、棒を叩き落とし、続け様に薙刀の切っ先を男の鼻先に突き付けたのである。

「遅い……踏み込みが甘いわね」

「くっ……」

 男は棒を手放してうな垂れる。葵が薙刀を下ろし、笑顔で紅たちに語り掛ける。

「これで第三段階、『武を示す』作戦成功だよ!」

「全ての段階を完了したのね……」

「うん!『場美武(ばびぶ)』大作戦大成功!」

「……べぼは?」

「え?」

「いや、ばびぶと来たらべぼでしょ」

「そこは別にどうでもいいだろう!」

 紅の指摘に猛時が声を上げる。

「ご、ごめん、そこまでは考えていなかったよ、申し訳ない……」

「謝る必要はどこにもございませんよ⁉」

「……『美美出場美出武宇(びびでばびでぶう)』大作戦はどうかしら?」

「それ、良いかも!」

「二人だけで共感し合うな!」

 猛時が一際大きな声を上げる。
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