上 下
24 / 145
第一章 JK将軍誕生

橙の痴態

しおりを挟む
「お得意さまというよりは……二階はあの方専用のようなものなのですか?」

「そ、そうですね。そういう感じです……」

「せ、専用ってすごいね」

「差支えなければどういった経緯でそうなったのか教えて頂けませんか?」

 爽の問いに店員が答える。

「え、えっと、私が聞いた話だと、この店のオーナーが大の浮世絵好きでして、橙谷さんの才能に惚れ込んで、二階をほぼ丸ごと貸し出しているんです。半分あの方の仕事場のようなものになっています」

「ふむ……出資者、パトロンのようなものですか」

「まあなんでも良いですわ。ちょうどいらっしゃるのなら早速ご挨拶に参りましょう」

「い、いえ、ですから! それはちょっと困ります!」

「何が困るのですか?」

「橙谷さんの許可を得ていない人は例えこの店の関係者であっても自由に二階に上がることは出来ないんです!」

 立ち上がって階段へ向かおうとした小霧の行く手を店員が両手を広げて阻む。

「ならば押し通るまでですわ」

「こ、困ります!」

「ち、ちょっと、さぎりん!」

「まあまあ、ここは一つ穏便に……」

 揉み合いになった小霧と店員を宥めるような口調で爽がゆっくりと立ち上がった。

「店員さん、先程も申し上げましたが、揉め事を起こす気はありません。我々を二階に上がらせてはもらえないでしょうか?」

「で、ですから私一人の判断ではどうすることも……!」

「工藤菊乃さん……」

「え、何で私の名前を⁉ あ……」

 突然フルネームで呼ばれた店員は驚きながら、思わずエプロンの左胸に付けていた名札を隠すようにおさえた。爽は店員の耳元で何かを囁く。店員は驚いた顔で爽を見た。

「⁉ な、何故それを⁉」

「二階、上がっても宜しいですか?」

「~~! ど、どうぞ……」

 店員は慌てたように階段への道を開けた。小霧が不思議そうに爽に尋ねる。

「一体何を言ったんですの?」

「まあそれは乙女の秘密ということで……」

「よ、よくそんな秘密を知っていたね。初めて会ったんじゃないの?」

「勿論初対面です。先程名札を確認させて頂いて、食事中にちょっと調べて貰いました」

「調べて貰った? 誰にですの?」

「黒駆くんです。流石の情報網と言いますか、少し引いてしまいますね」

「あー……」

 葵は自身の部屋の天井裏に忍び込んでいた秀吾郎の様子を思い出して、何とも言えない表情を浮かべた。三人は二階に上がった。二階には一階と違っていくつかの部屋があった。騒ぎ声は一番奥の部屋から聞こえてくるようだった。

「奥の部屋に居るようですね。さて、どうしますか、高島津さん?」

「え? い、いやわたくしに振られても……」

 いざとなるとやや尻込みした様子の小霧を横目に、葵がスタスタと廊下を奥へと進んでいった。

「葵様⁉」

「若下野さん⁉」

 驚く二人には構わず、葵は一番奥の部屋の襖をガラリと勢い良く開いた。騒ぎ声が一瞬で静まった。一方、部屋の様子を見て、葵は固まった。葵に追いついた爽たちも、部屋の中を確認し、絶句した。そこには二人の女性に馬乗りにされ、四つん這いの状態で部屋を這い回る、『天才浮世絵師』橙谷弾七の姿があったからだ。

「へ、変態だー‼」

 暫しの沈黙の後、葵が絶叫する。

「変態ですわね」

「まごうことなき変態さんですね」

 後からついてきた二人も迷わず葵に同調した。

「……いきなりと随分なご挨拶じゃねえか」

 ド派手な着物を上半身はだけさせた、弾七らしき男が四つん這いの状態のまま、気取りながら答える。

「俺様のどこが変態なんだ?」

「いや! もう何というか、服装、体勢、状況、何もかもがよ!」

 葵が部屋中を指差す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

王太子の子を孕まされてました

杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。 ※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

処理中です...