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第1笑

1本目(1)慎重に検討

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「や、やっぱり、あの『ツイスマ』の……」

「人違いです……」

 笑美はその場を立ち去ろうとする。眼鏡の男の子が慌てて声をかける。

「い、いや、ちょっと待って下さい! 斜め90度からの顔でピンときたんです!」

「気持ち悪いな! どこでピンときてんねん! ほぼ横顔でええやろ!」

 笑美は思わず立ち止まってしまう。男の子は頷く。

「そのよく通る声、キレの良いツッコミ……そしてネイティブ関西弁!」

「ネイティブとか、エエかっこしてるみたいに言わんでええねん! ……!」

 ハッとした笑美は前を向く。男の子が再び頷く。

「やっぱりそうですよ……『ツイスマ』の突っ込み担当……」

「た、他人の空似です……」

 笑美は再び歩き出そうとする。男の子は構わず尋ねてくる。

「ツインスマイルには衝撃を受けました! 高校生でこんな漫才が出来るんだって……」

「……」

「あの良く言えば『自由奔放なボケ』に柔軟に対応する『七色のツッコミ』……プロでもあのレベルのコンビネーションはなかなか見られなかったと思います……」

「………」

「たった数ヶ月の活動で、伝説になったコンビ……映像や画像の類もほとんど出回っていないミステリアスさが、またそのカリスマ性を大いに高めている……」

「…………」

「何故こんな田舎の島に?」

「……他人の空似です」

「そもそもなんでツイスマを辞めちゃったんですか?」

「そんなことアンタには関係ないやろ!」

 笑美は立ち止まって振り向き、大声を上げる。男の子はビックリして、頭を下げる。

「す、すみません……」

「い、いえ、こちらこそ……」

 笑美はズレた眼鏡を直して、また歩き出そうとする。

「あ、あの……将来を嘱望されていた方に対して、大変恐縮なのですが……」

「はあ……」

 笑美はため息をつく。この男の子はまだ自分に話しかけてくる。

「うちのサークルに……」

「お断りします。ウチはサークル活動をするつもりはありません」

「え……」

「失礼します」

 笑美は頭を下げて、その場からスタスタと離れる。残された男の子は後頭部をポリポリとかきながら呟く。

「失敗した……でもまさか、こんな田舎の高校で見かけるなんて思わなかったからな、ついつい興奮してしまった……オタクの悪い癖だ……」

「や、やめて下さい!」

「!」

 笑美の声が聞こえてきたので、男の子は視線をそちらに向ける。笑美が屈強な体つきをした男たち三人に囲まれて、片腕を掴まれている。

「へへっ、お姉ちゃん、ワシらの部に入ってくれよ……」

「先輩、眼鏡っ子好きでしたっけ?」

「マニアックなやっちゃな~」

「アホ、こういう子ほど磨けば光るもんじゃ」

「は、離して下さい……」

 笑美が困惑気味に呟く。腕を掴む男は太い首を左右に振る。

「いいや、離さん」

「ウ、ウチは運動部には入るつもりはありません……」

「ウチだってよ!」

「おおっ、関西弁! これはエエかも⁉」

「じゃから最初からそう言うてるじゃろう……」

 笑美の反応に興奮する取り巻きに対し、男は自分の目利きが正しかったということを何故か誇らしげにする。笑美が呟く。

「あ、あんまりしつこいと、大声出しますよ……」

「それじゃ、その大声。さっきも聞こえてきた良く通る声……マネージャーにピッタリじゃ」

「マ、マネージャー……?」

「そうじゃ」

「おおっ、ついにウチにも女子マネージャーが!」

「楽しみが増えますねえ!」

「お前らちょっと黙っとけ……どうじゃ?」

 男は取り巻きを注意した後、笑美に問う。笑美は戸惑いながらも自分の考えを伝える。

「どうじゃもなにも……お断りします。離して下さい」

「いいや、エエというまで離さんぞ」

「⁉ な、なにをふざけたことを……くっ!」

 笑美は腕を振りほどこうとするが、ビクともしない。男は笑う。

「アッハッハッハ! 無駄じゃ、無駄。アンタの細腕じゃどうにもならん……と言いたいところじゃが、意外と筋肉がついとるの……」

 男が不思議そうに笑美の手首を見る。

「ひゃ、ひゃめなさい!」

「あん?」

 男と笑美たちが視線を向けると、そこには眼鏡の男子が立っていた。声も足も情けなく震えてしまっている。それでも懸命に二の句を継ぐ。

「い、嫌がっているじゃないですか!」

「ちょっと話し合いがエキサイトしとるだけじゃ……」

「ど、どこが話し合いですか⁉」

「やかましいのう……なんやキサンは?」

「か、彼女には僕らが先に声をかけていました! 横取りはダメですよ!」

 男の子は手に持った大量のビラを振りかざす。

「ああん? 寄越せ!」

「あ……」

 男の取り巻きがビラを一枚取って読み上げる。

「瀬戸内海学院お笑い研究サークル……?」

「ぷっ、部活でもないやん……」

「もやしっ子の文化系なんぞお呼びじゃないんじゃ。さっさと消えろ……」

 取り巻きの話を聞き、男は睨みをきかす。

「そ、そういうわけにはいきません! 彼女はうちのサークルへ入るんですから!」

「⁉」

 笑美が驚くが、男の子は構わず話を進める。

「さっきそう言ってくれました!」

「ああ? そんな口約束、クソくらえじゃ……」

 男は片腕をぐるぐると回す。男の子は怯みながら叫ぶ。

「ぼ、暴力反対!」

「人聞きの悪いことを言うな」

「だ、だって、絶対殴る前振りでしょ⁉」

「アホか、んなことしたら部活動停止じゃ……」

「……と思わせて~?」

「せえへんって言っとるやろ!」

「油断させてからの~?」

「するか! なんでキサンみたいなもやしっ子を不意打ちせないかんのじゃ!」

 男は声を荒げる。

「と、とにかく、彼女はこちらのサークルのメンバーです!」

「……この子はそんなこと言うた覚えはなさそうじゃが……?」

 男が笑美の顔を覗き込む。

「い、意外と鋭い……」

「ん?」

「サークルに入ることを慎重に、前向きに、検討すると言ってくれました!」

「さっきと言っていること違うじゃろう!」

「ぐっ……」

「……まあ、ええわ。笑わせてみろ」

「は?」

「お笑いサークルなら、ワシらを笑わせてみろ……それが出来たら引いてやるわ」

「え、えっと……」

「早よせえ!」

「せ、瀬戸内海お笑い研究サークル! ネ、ネタやりま~す!」

 男の子がビラを床に投げつけて右手を上げる。

「む……」

「セトウチで~す!」

「!」

「セトナイで~す!」

「‼」

「二人合わせて、セトセトで~す♪ いや~トナイくんね~? 最近……」

「こ、こいつ……一人で漫才する気か?」

「マ、マジか……」

「……くん」

「うん?」

「ちょっと待てや! トウチくん!」

「⁉」

 笑美が腕を強引に振り払い、男の子の方へ駆け寄る。男の子も男たちも驚く。

「何を自然に世間話入ろうとしてんねん!」

「え……」

「セトセトってコンビ名やのに、芸名がトウチ、トナイって! セ、どこいった!」

「セ、セにはここはぐっと我慢してもらって……」

「いらんねん、そんな我慢! それにトナイって、東京都内みたいでややこしいやろ!」

「シティ感出るかなって思って……」

「なんや、そのシティ感って! なにをちょっとキラキラしよう思うてんの⁉」

「駄目かな~」

「アカンがな!」

「……お、お前ら行くぞ……」

 男たちがいなくなったことに男の子が気づく。

「……あ、いなくなった。ネタが良かったのかな?」

「呆れたんやろ……それか関わったらアカン連中と思ったのか」

「あ、そっちですか……」

 男の子が苦笑する。笑美が呟く。

「おおきに……」

「はい?」

「助かったわ。お礼代わりに……」

 笑美が地面に散らばっているビラを拾い、男の子の顔に突きつける。

「……⁉」

「慎重に検討だけならしてあげてもええで」
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