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B面「おまけのラプソディ」
跳べ!
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珍しく穏やかな先生が、強気な口調で断言した。
「わたし、とろいんです。さっきも恋心自覚したとたん、失恋したし。将来のはっきりしたビジョンも見えないし」
本当に、親のいう通り教師でいいのか……。そもそも、教師になれるのか。すべてがあいまいで、わたしの未来にはもやがかかり、足元しか見えない。
「あのさ。山登りする時って、頂上見ないで登るよね。足元見ながら、一歩一歩確実に歩いていく。人生も、同じじゃないかな。今できることをする。無理やり夢を語らなくても、いいって思うよ」
先生の声音は、押しつけがましくなく、どこまでものんびり落ち着いていて、優しい。人生何周すれば、そんなことが言えるようになるのだろう。
「わたしが今できるっていうか、したいことは家に帰って漫画読んで、泣きたいです」
「あはっ、いいね。僕も早く帰って、原田さんの漫画読みたいよ」
「いやいや、わたしのよりもっとおもしろいの、読んでくださいよ」
「じゃあさ、どんなの好き? 僕ね、健気受け」
さっきのいい話がぶち壊しになりそうな性癖を、先生は自ら暴露する。教え子にそれはまずいんじゃないだろうかと、一瞬頭をよぎるが無視する。
同志は自分の内なる欲望をぶちまけて、連帯すべし。
「王道ですね。わたし反対で、健気攻めが好きなんです」
「うわっ、攻めかあ。そっちは読んだことないなあ。じゃあさ、今度原田さんおすすめの健気攻め貸してよ。かわいい攻めがいいなあ」
「いいですよ。今度お貸しします」
「やった、ありがとう!」
先生は同志の出現により、あきらかにウキウキと楽しそうだった。それを見ていて、わたしもうれしい。
わたしはわたしがめんどくさい。自分のこともよくわからない。ましてや、将来のことを考えただけで、足がすくむ。
現実の嫌なことから逃避するため、妄想は人一倍たくましい。妄想は一種の自己防衛システムともいえる。人はその妄想がイタイというかもしれない。でも、それがわたし。
キラキラとしたドラマのようなA面の青春なんて、夢のまた夢だけど。案外こだわりの強いイタイ青春のB面も悪くない。
だから、自分の機嫌の取り方は知っている。失恋しても人生に迷っても、大好きな漫画を読んだらちょっとは元気が出る。
「あのさ、原田さん。今度、オリジナルのキャラつくってみたら? 原田さんの萌えを思いっきり注ぎ込んだキャラは、唯一無二でぜったいいいと思うよ」
わたしは先生の声に促され、ポケットの中から昨日拾った忍ちゃんの鉛筆を取り出した。手のひらの中にある芯の丸まった鉛筆は、もう何も訴えかけてこなかった。
「今度、挑戦してみようかな。先生のお好みのかわいい健気受け」
忍ちゃん、今頃何してる? わたしは、忍ちゃんにはなれなかったよ。でも、いい。今ちょっとだけ、解き放たれたような清々しい気分だ。
窓の外の二月の空は重苦しい鉛色だけど、車中には『跳べ!』と何度も繰り返されるB面の曲が流れ、明るい空気に包まれていた。
了
「わたし、とろいんです。さっきも恋心自覚したとたん、失恋したし。将来のはっきりしたビジョンも見えないし」
本当に、親のいう通り教師でいいのか……。そもそも、教師になれるのか。すべてがあいまいで、わたしの未来にはもやがかかり、足元しか見えない。
「あのさ。山登りする時って、頂上見ないで登るよね。足元見ながら、一歩一歩確実に歩いていく。人生も、同じじゃないかな。今できることをする。無理やり夢を語らなくても、いいって思うよ」
先生の声音は、押しつけがましくなく、どこまでものんびり落ち着いていて、優しい。人生何周すれば、そんなことが言えるようになるのだろう。
「わたしが今できるっていうか、したいことは家に帰って漫画読んで、泣きたいです」
「あはっ、いいね。僕も早く帰って、原田さんの漫画読みたいよ」
「いやいや、わたしのよりもっとおもしろいの、読んでくださいよ」
「じゃあさ、どんなの好き? 僕ね、健気受け」
さっきのいい話がぶち壊しになりそうな性癖を、先生は自ら暴露する。教え子にそれはまずいんじゃないだろうかと、一瞬頭をよぎるが無視する。
同志は自分の内なる欲望をぶちまけて、連帯すべし。
「王道ですね。わたし反対で、健気攻めが好きなんです」
「うわっ、攻めかあ。そっちは読んだことないなあ。じゃあさ、今度原田さんおすすめの健気攻め貸してよ。かわいい攻めがいいなあ」
「いいですよ。今度お貸しします」
「やった、ありがとう!」
先生は同志の出現により、あきらかにウキウキと楽しそうだった。それを見ていて、わたしもうれしい。
わたしはわたしがめんどくさい。自分のこともよくわからない。ましてや、将来のことを考えただけで、足がすくむ。
現実の嫌なことから逃避するため、妄想は人一倍たくましい。妄想は一種の自己防衛システムともいえる。人はその妄想がイタイというかもしれない。でも、それがわたし。
キラキラとしたドラマのようなA面の青春なんて、夢のまた夢だけど。案外こだわりの強いイタイ青春のB面も悪くない。
だから、自分の機嫌の取り方は知っている。失恋しても人生に迷っても、大好きな漫画を読んだらちょっとは元気が出る。
「あのさ、原田さん。今度、オリジナルのキャラつくってみたら? 原田さんの萌えを思いっきり注ぎ込んだキャラは、唯一無二でぜったいいいと思うよ」
わたしは先生の声に促され、ポケットの中から昨日拾った忍ちゃんの鉛筆を取り出した。手のひらの中にある芯の丸まった鉛筆は、もう何も訴えかけてこなかった。
「今度、挑戦してみようかな。先生のお好みのかわいい健気受け」
忍ちゃん、今頃何してる? わたしは、忍ちゃんにはなれなかったよ。でも、いい。今ちょっとだけ、解き放たれたような清々しい気分だ。
窓の外の二月の空は重苦しい鉛色だけど、車中には『跳べ!』と何度も繰り返されるB面の曲が流れ、明るい空気に包まれていた。
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