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2章:ハーフブリード編
第20話 ラーズの英雄
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【ラーズの英雄】
「随分遅くまで話し込んじゃったな」
シルトが席を立ち窓の外を見ると
近所の家の灯りは消え、街は静寂が支配していた
「へー、そうやって1等級になったんだ」
突如、先程までシルトが座っていたソファから声がする
皆がシルトからソファへと目を向けるとそこには女性が座っていた
「え・・・」
「シウさんなんでここにいんの?ってか、どうやって入った!!」
「やだなぁ、玄関からに決まってるじゃないですかー」
さも当然そうにシウは言う
『鍵掛かってたろっ!』
「大声出すとご近所迷惑だよ?」
「・・・・鍵掛かってましたよね?」
「うん、そうですね」
「どうやっ・・・もういいや、聞くだけ無駄な気がしてきた」
シルトがどっと疲れた顔になり、シウは笑顔になる
「で、何の用っすか」
「ん、ここに住もうかなって」
『はぁ!?』
ハーフブリード全員が驚き、目を丸くしていると
シウはソファに横になり、既にくつろいでいた
「部屋たくさんあるみたいだし、いいでしょ?」
「よくないですよ」
「えー、いいじゃないですかー」
「いやいや、よくないですよ」
「じゃあハーフブリードに入れて?
雇った人達みんな死んじゃったし、私達が組めば最強じゃない?」
「え・・・・」
シルトが皆の顔色を伺う・・全員が困惑しているようだ
「シ、シウさん?本当にうちに入りたいの?」
「うん、そんな事より私の部屋どこかな」
「・・・・ちょっと待とうね?話し合うから待ってようね?」
「はーい」
シウは足をぶらぶらと揺らしながら退屈そうに天井を見上げている
ハーフブリード達はシウから少し離れた位置で顔を寄せ合う
「マジなのかな、入りたいっての」
「本心・・・だとは思うかなぁ」
シャルルが半信半疑だけどと付け足して言う
「シウさん凄く強いからいいかも?」
サラはシウの提案に少し胸が高鳴っていた
憧れのシウとチームが組めるかもしれないのだ、嬉しくないはずがない
「私は賛成、あれほどの戦力は他にはいないよ」
ジーンは単純にシウの戦力を分析していた
そして、加入する事による作戦の組立まで既に視野に入れている
「わたしはどっちでもー」
ラピは最後に加入した事もあり、こういう場合はいつも他人に委ねる
本心からどっちでもいいと考えているのかもしれないが
「僕は何とも言えないとこかな・・・歯車が合わない気はする・・・」
「それはあるかもね」
「強いのは間違いないけどね、さてどうしたものか・・・」
シルトが背後でくつろぐシウに目をやると
ちょうどシウがソファからぴょんっと立ち上がるところだった
足音も立てず滑るように歩くシウは気配というものを消すのが上手い
その動きを見て、気づかぬうちに室内に入り込んでいたのも頷けた
シウはシャルルとサラに近づき、大きな猫のような耳をピクピクと動かして言う
「同じハーフキャットとして仲良くしてほしいニャ」
「ニャ?」
「仲良くしてほしいニャ」
普段のクールな雰囲気からは微塵も感じられないシウの言動にシャルルとサラが固まった
シウは拳を握って猫のようなポーズでおどけて見せる
「ダメかニャ?」
「・・・いいよ!あ!いいニャ!」
シャルルが笑顔になり、シウも釣られて笑顔になる
二人は手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねていた
その光景を見たサラは、自分が想像していた人物像とかけ離れていく感覚に襲われる
いや、可愛いのだが、想像していたのは強くカッコイイ女性だったのだ
「ありがとニャー♪」
「こちらこそよろしくニャー♪」
この一瞬でシャルルは打ち解けていた
サラもこの流れに乗るべきなのか悩んでいると、シルトが間に入って来る
「シウさんちょっといい・・・かニャ?」
「なに」
とても冷たい口調でシウは言った
あっれー・・・乗ったのにそれー?まじかー・・・
「えっと・・・うちに入りたいってのは本気なの?」
「そのつもりだけど?あ、用事思い出した、帰らないと」
「え?」
「それじゃ、またね~」
手をひらひらと振りながらシウは玄関へと向かう
「は?何、どういう事!?」
シルトが混乱しているのをよそに、シウはシャルルとサラに向けてウインクをして言う
「じゃ、お二人さん、またニャ~♪」
「またニャー♪」
「ま、また・・・ニャー」
サラは恥ずかしそうに顔を赤くし、小さな声でニャを付け足していた
シウが帰ると、まるで嵐が去った後のような静けさが訪れた
「とんでもない人だね・・・」
「ふふ、自由な人だね」
「私のシウさん像が・・・」
「可愛い人だったニャー♪」
「可愛かったにゃ~」
ラピにも伝染ったようだ
「あの人、一体何しに来たんだ・・・」
シルトの疑問に答えてくれる人はいなかった
そして夜は深け、彼等はいつもの日常へと帰ってゆく
それから数日、ラピとシャルルは語尾にニャをつけるのが流行っていたのは言うまでもない
2ヶ月近い月日が流れる
この2ヶ月は平和そのもので、彼等は簡単な依頼をこなしたり
日課となっている修行や勉強の日々を過ごしていた
ネネモリの方では大森林が急速に枯れはじめ大騒ぎになっているらしいが
ラーズはサタナキアの一件以降、何事も無く平和な日々が続いていた
街もある程度復興が進み、最近では大工の数も減ってきている
うるさいくらいだったあの賑わいが無くなり、少しだけ寂しく思うのは無い物ねだりだろうか
最近は依頼も少なく、暇をしている日が多くなってきていた
そんなある日の出来事である
コンコンッ
玄関の扉からノックが聞こえてくる
「はいはい、どちらさまー?」
ラピがてこてこと走って行き、背伸びして扉を開ける
「おはようございます、冒険者組合より参りました」
前回来た組合の女性がそこに立っていた
おそらく彼女はハーフブリード担当になったのだろう
「はーい、ちょっと待ってくださいねー・・・シルさーん」
「ん、どったー」
朝食の片付けをしていたシルトがエプロンで手を拭きながら玄関へと向かうと
ラピが扉を大きく開き、組合の女性が頭を下げる
「何か依頼ですか?」
「いえ、本日は組合長ヒューズ・ウォール様より
皆様を組合まで連れてくるよう言われておりますので馳せ参じました」
「ヒューズさんが?何だろ」
「わたくしは伺っておりませんので何とも・・・」
「分かりました、急ぎですか?」
「出来ればすぐにでも」
「了解です、すぐに準備しますね」
「はい、外でお待ちしております」
組合の女性は深く頭を下げると1歩後ろへ下がって静かに佇んでいる
「みんな」
パンパンッと2回手を叩き、視線を集める
「ヒューズさんがお呼びみたいだから準備して」
「うん、わかった」
「なんだろー?また何か出たのかな?」
「厄介事かもね」
「念のため装備整えて行くー?」
「そうしよう、それじゃ急いで準備して」
皆が一斉に装備を整え、いつでも戦闘が出来るよう準備をしていく
30分ほどして準備は整い、家から出ると、組合の女性は先程と全く同じ場所で立っていた
「お待たせしました」
「いえ、では参りましょう」
女性の後を着いて行くように一行は歩いて行く
組合までの道はそれほど遠くはない、歩いて20分程度だ
しかし、完全武装したハーフブリードを目にした住民達は歓声を上げ
彼等がまたラーズを守るために戦いに行くのだと勘違いする
頼むぞー!ハーフブリード!
シャルルちゃん、サラちゃん、頑張ってねー!
そんな声援を受けながら、彼等は組合までの道を歩く
しばらくして組合に到着し、入口の扉をくぐると
外の明るさと、中の暗さに目が慣れるまで一瞬何も見えなくなる
そして、視界が広がった瞬間、彼等はとんでもない物を目にする事となった
「・・・・・な、なんだこりゃああああ!」
「え・・・ぷ、なにこれー!」
「うわぁ・・・」
「これは・・・」
「わぁ・・・すごーい」
彼等の前に広がるのは1枚の巨大な絵である
冒険者組合受付の背後に縦3メートル、横8メートルにもなる巨大な絵画が飾られていた
今まで無かった"それ"を見たハーフブリードは驚きのあまり立ち止まる
この絵画にはハーフブリードらしき人物が描かれていた
らしき、というのには理由がある、絵の左側から説明しよう
まず左端にシルトと思われる人物が描かれている
漆黒の鎧を身に纏い、光すら飲み込みそうな黒い大盾を握る剣士
その表情は凛々しく、英気に溢れている
その隣にはジーンと思われる人物が描かれている
普段のジーンからは想像もつかないほどの満面の笑みで
優しさを全身から感じられるほどの雰囲気を纏った女性だ
その隣にはサラと思われる人物が描かれている
目は少女漫画のようにキラキラと輝いており
無駄にカッコイイポーズを決めている
その隣にはシャルルと思われる人物が描かれている
顔はシャルルのままなのだが・・・問題は胸だ
胸がやたら強調されている、盛りすぎである
そして、最後に描かれているのはラピと思われる人物だ
天には光の輪のようなものが浮かび、そこから七色の光が降り注ぎ
その真下、中央には両手を広げ、目を瞑るラピらしき聖女のような人物が描かれている
まさに女神、それを体現したような絵だった
「これ・・・うちらなのか?」
「じゃないかな・・・多分」
これには流石のジーンも苦笑気味だ
「やめて!見ないで!私あんな顔してない・・・」
サラは恥ずかしそうに後ろを向き、両手で顔を隠している
「あはは!シルさんキリッ!ってしてる!キリッ!って」
シャルルは絵のシルトの部分を指差して爆笑していた
「僕はあんな感じだろー」
「あはは!ないない!」
シャルルは笑いすぎてお腹が痛いのか、腹を抱えて笑っていた
「サラは可愛く描いてもらえたねー」
「えー!私あんなキラキラしてないよ!」
「あはは、確かにそうかもだけどー」
「恥ずかしくて死にそう・・・」
再び顔を両手で隠してサラが俯く
「ジーンが!ジーンが!あははは!」
「私はあんな風には笑わないよね・・・それはそうと、シャルルのは盛りすぎじゃない?」
「確かに・・・私あんなに無い・・・はず」
シャルルが自身の胸を触りながら絵を見比べる
そして、視界の隅に入って来る神々しい一角に目が行ってしまう
「ぷっ・・・あははは!ラピのもひどい!」
「え?すごくいい絵じゃない?」
ラピは自分の部分の絵を気に入ったようだった
「ほら、ディナ・シーの光とかー」
「あはははは!」
「いやぁ、これは僕もないと思うわー」
「えー、いいと思うんだけどなー・・・ね、ウェールズ」
アギャ?
皆が笑いながら絵を眺めていると、組合長ヒューズが歩いて来る
「いやはや、喜んでくれているようで何よりだよ」
「ヒューズさん、何っすかこれは」
「もちろん、君達の絵だよ」
「いや、それは見れば分かりますけど・・・」
「君達は死の無くなった世界を救った英雄であり
サタナキアからラーズを救った英雄でもある、そんな君達を称えないでどうするかね」
「はぁ・・・」
「本当なら銅像を作るはずだったんだぞ?」
「「「「「やめてください!!」」」」」
「まぁその話は流れてしまったんだがね
代わりと言ってはなんだが、こうして君等の絵画を作ったのだよ」
「これずっと飾るんですか・・・」
「もちろん」
「ですよねぇ・・・」
ヒューズの即答にシルトはがっくりと肩を落とす
「にしても、若干似てない気がするんですが・・・?」
「絵なんて誇張するものだろう?」
「はぁ・・・そんなもんですか」
芸術などは一切分からないシルトにそれ以上の言葉が見つからなかった
「君等はラーズの英雄であり、冒険者としても英雄だ
今後君等に憧れて、優れた冒険者が育つようにという意味もあるのだよ」
「なるほど」
「今日は急に呼んでしまってすまなかったね」
「いえ、絵にはビックリしましたけど、何事もないなら良かったですよ」
「また何かあった時にはよろしく頼むよ、ハーフブリードの諸君」
「「「「「はい!」」」」」
こうしてハーフブリードの絵画は冒険者組合に飾られる事となった
これは後にラーズの観光名所の1つとなる
英雄ハーフブリードの勇姿を描いた絵の反響は予想以上で
国外から見に来る人もいるほどだった
ラーズの子供達はハーフブリードに憧れ、冒険者ごっこが流行り
その子供達が大きくなり、一部の者は冒険者となっていく
彼等の英雄譚はラルアースにあまねく知れ渡っていった
ハーフブリードの絵画が飾られてから10日ほど経った日の事である
それは唐突にやってきた
皆が普通に生活していると、突如脳内に声が響く
《・・・人よ・・・・人の子らよ・・・》
ガタッ
昼食をとっていたハーフブリード全員に緊張が走る
その声には聞き覚えがあるからだ
それは神の声・・・・水の神の声だ
「え、お魚さんの声?」
「何事だ」
《・・・・災いが迫っておる・・・心するがよい・・・》
「災い?」
「なんだろ・・・ちょっと怖い」
怯えるサラの手をシャルルがギュッと握る
二人は目を合わせ、何も言わず頷いた
《・・・北へ向かえ・・・・新たな大地を・・・・目指せ・・・》
「新たな大地?大森林の先って事かな」
「多分そうだね、あの先には広大な大地が広がると言われているから」
《・・・・そこで試練を受けよ・・・・神の器たる力を得るために・・・・》
「神の器・・・なんだそれ」
「でも力だって!アーティファクトとかかな?」
《・・・新たな大地を目指せ・・・さすれば与えられん・・・》
その後、神の言葉が続く事はなかった
ハーフブリード達は話し合い、神の言葉の真相を知ろうとするが、情報が不足しすぎている
そんな話をしていると、街の方がやけに慌ただしくなっているのに気がつく
「なんだろ、何かあったのかな」
シルトが窓から外を見ていると、ラーズ兵が走って行くのが見えた
「ただ事じゃ無さそうだな・・・ちょっと見てくる」
「気をつけてね」
「私も行くー!」
「いってらっしゃーい」
「シャルルも気をつけて」
シルトとシャルルが家から飛び出し、ラーズ兵が向かう方へと走る
すると、中央通りのその先にはラーズ軍の中隊が集結していた
「なんだなんだ」
「すごい数だね、何かあったのかなー」
兵の横を通り、正門付近まで進むと、そこに見知った顔を見つける
小柄な体型だが、腕は太く、ずんぐりむっくりとした身体をしている男
ドゥヴェルグ・アーグ・トールキンその人だ
彼は青い槍のような武器を片手に持ち
爪痕のような傷の入った兜を被り、全身に鎧を着ている
ドゥヴェルグの強さは噂では聞いている
噂ではワータイガーを30人相手にしても平然と切り伏せたという
ワータイガーとは人間を遥かに超える身体能力を持っている
シャチはその中でもダントツの強さだが、一般的なワータイガーも十分に驚異なのだ
そのワータイガーを30人も相手にして無傷で勝利を収めるなど不可能にも近い
それをやってのけたのがドゥヴェルグという男だ
彼の持つ青い槍のような物はアーティファクト武器である
実はこれは槍ではない、槍のようになっている刃からは巨大な水の刃が斧のように出るのだ
そう、これは水の刃のハルバードである
この水の刃は斬れぬものが無いほど鋭く、どんな金属ですら紙のように斬れるという
"藍斬のハルバード"それがこのアーティファクトの名称である
ドワーフの秘宝の1つであるこの武器は
ドワーフ族最強のドゥヴェルグのみが扱う事を許されている代物だ
そのドゥヴェルグが完全武装で先陣を切っている
これは只事ではないと判断したシルトは、ドゥヴェルグの視線の先に目をやった
その先に立つ人物が2人いた・・・・これまた見知った人物だ
『シャチさん!?それと・・・ヒミカちゃん?』
『ヒミカちゃんだー!』
シャルルがヒミカの元へと両手を広げて走る
ヒミカも見知った顔を見つけ、安堵の息を洩らしていた
「どうしたのー?こんな場所に」
「オ久シブリデス」
ぺこりと頭を下げるワータイガーの少女は以前会った時より
ほんの僅かだが大きくなった気がした
「この人達は安全です、生の巫女とワータイガーの英雄ですから」
シルトがドゥヴェルグに聞こえるように声を上げて言うが
ドゥヴェルグは警戒を緩める事はなかった
それもそうだ、彼の片目が潰れている原因はそのワータイガーの英雄のせいなのだから
「ヒミカちゃん、何か用事?」
「ハイ、先日・・・生ノ神ヨリ神託ガアリマシタ」
「あ!さっき私たちのところにもあったよ!水の神さまから!」
「ヤハリソウデシタカ・・・ドコカオ話デキル場所ハアリマセンカ?ココジャ・・・」
ヒミカがチラチラとドゥヴェルグとラーズ軍へと目をやると
ドゥヴェルグと視線が合い、ビクッとしたヒミカはシャチの後ろに隠れる
「ムゥ・・・アノ者、何時ゾヤノ・・・・」
シャチはアーティファクト武器"破岩"を構え、ドゥヴェルグを睨みつける
その瞬間、ラーズ軍に緊張が走る
「待った待った待った、構えない構えない」
シルトが両手を振りながらシャチとドゥヴェルグの間に立ち、両者を止める
ヒミカがシャチの尻尾を掴み、ぐいっと引っ張った
「ムゥ・・・」
「シャチノバカ!戦イニ来タンジャナイノ!」
「ヒミカ様・・・スミマセン」
「シャチノバカ!様ハ要ラナイッテ言ッテルデショ!」
「ムゥ・・・」
そんなやり取りを見て、シャルルが歯を見せて笑う
「あはは!二人は仲良しだねー!良かったらうちにおいでー♪」
「イイノ?」
「うん!いいよ!」
「カタジケナイ」
二人のワータイガーを連れ、シャルルが歩き出す
シルトもそれに加わり、4人が歩いて行くと、その道をドゥヴェルグが遮った
「待たれよ、ワータイガー」
ドゥヴェルグの低い声が響き、辺りの空気が急速に重くなる
「マダ生キテイタカ、人間」
「ふっ・・・何時ぞやのケリ、ここでつけてもいいのだぞ」
「面白イ、相手ニ『ダメー!!』
ヒミカが叫び、シャチはムゥと唸って止まった
ドゥヴェルグはワータイガーの少女を見て驚く
この少女は本気で争うつもりがないのだ、そしてこのシャチという化け物を完全に律している
この小さな身体にどれほどの力を秘めているのか・・・想像するだけで鳥肌が立つ
生の巫女というのはそれほど恐ろしい存在なのだ
そんな存在を街の中にやすやすと入れる訳にはいかない
「ここを通す訳にはいかない」
ダンッ!と藍斬のハルバードを石畳に叩きつけ、道を塞ぐ
動く気配のないドゥヴェルグの元に、にやけ顔のシルトがペコペコと頭を下げながら近寄った
「ドゥヴェルグさん、通してもらえないですかね」
「無理だ」
「実は今日、僕らに水の神が話しかけてきたんですよ
彼等はそれと関係ありそうなんで何とかなりませんかね」
「・・・・ほぅ」
「ダメですかね?」
「・・・・・後で詳細を報告せよ、それと見張りはつけさせてもらうぞ」
「了解です、お任せください」
「うむ」
ドゥヴェルグは軍隊に指示を出し、兵を下げさせる
そして、軍の中から精鋭とも呼べる面子を8名、シャチ達の監視として同行させた
中央通りを歩くヒミカは新しい物ばかりで目をキラキラと輝かせている
ラーズの民達は忌むべき相手であるワータイガーが
街を闊歩している事に不快感を現わにしていた
なるべく何事も起きないよう、シルトとシャルルが二人を挟むように歩き
早足気味に自宅へと向かう
軍の精鋭達はハーフブリード宅を囲むように配置されていた
玄関の扉をくぐるように入るシャチは、真っ直ぐ立っていられなかった
それほど背が大きいのだ
「ムゥ・・・ヨクコンナ狭イ場所ニ住メルナ」
「スゴーイ!綺麗ナオ家~!」
ヒミカが居間へと走って行くと、その姿を見た皆が驚く
「え?ヒミカちゃん何で?」
「わー、シャチさんもいる」
「珍しいお客さんだね」
ヒミカとラピが再開を喜んでいると、シャチが低い声で話し出す
「オ前達モ神託ヲ聞イタノカ」
「えぇ、水の神の言葉なら」
「ソウカ・・・俺ハ地ノ神ノ言葉ヲ授カッタ」
「どんな内容かしら?」
「災イガ迫ッテイル・・・ト」
「同じみたいね」
「ソレト、アノ時訪レタ者達ト合流シロト言ワレテ来タ」
「あ、それは初耳、詳しく聞かせて?」
ジーンは興味深々にシャチの話を聞く
「エイント言ッタカ、アノ者達ト会イタイノダガ」
「彼等ならネネモリかな、巫女達はカナランだろうし、ミラさんはドラスリアかな?」
「ムゥ・・・遠イノカ?」
「何ならこちらで集合場所を手配するけど」
「助カル」
シャチが頭を下げる
あの強者であるシャチがだ、それほど大事な話なのだろう
「もう少し詳しく聞かせて欲しいのだけど」
「北ヲ目指セト言ワレテイル」
「やっぱり北なんだ・・・」
「神ノ器ヲ得ルタメノ試練ヲ受ケロトモ」
「そこは同じなんだね」
「神ハ絶対ダ、逆ラウ事ナドデキヌ」
「ふーん、そういうものなんだ」
ジーンは神の圧倒的な力は知っているが、信仰心というものが薄い
単に強い存在としか認識していないのだ
その日、シャチとヒミカはハーフブリード宅に泊まる事となった
シャチは身体が大きすぎるため、居間で寝る事となる
ヒミカはシルトの寝室を使い、ラピと一緒に寝ている
ラピのベッドで寝るか悩んだシルトはいつものソファに戻るのだった
そして、シャチとの気まずい時間が流れる事となる・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・寝ないんっすか」
「我等ハ夜行性ナノデナ、ヒミカハ幼イガ故ニ眠ルダケダ」
「はぁ・・・・そうですか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・zz」
「貴様トハマタ戦イタイモノダナ」
ビクッとシルトが起きる、一瞬寝かけていたのだ
「僕はもうやりたくないですよ」
「ソウカ?良イ戦イデハナカッタカ」
「確かに楽しかったですけど、僕じゃ相手にならない」
「ソウトハ思ワンガ・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・zz」
「貴様、マタ強クナッタナ」
再びビクッとして起きる・・・寝かせてくれ
「・・・・そんな事ないですよ」
「以前ヨリ遥カニチカラヲ感ジルゾ」
「そりゃどうも・・・」
こうしてシルトは眠れぬ夜を過ごす事となった
後日、ジーンが死の概念を取り戻す旅の生還者達に手紙を出し
一行は集合場所であるネネモリを目指す
ほぼ同時期にエイン、リリム、マルロ、イエル、ミラ
この5名もまた神託を授かっているのだった
そして、彼等は目指す事となる・・・・ネネモリの大森林の北、未開の大地を
そこで待ち受ける試練とは?迫り来る災いとは?
この時の彼等は何一つ知らなかった
世界の命運を握る物語は既に始まっている事など・・・・
「随分遅くまで話し込んじゃったな」
シルトが席を立ち窓の外を見ると
近所の家の灯りは消え、街は静寂が支配していた
「へー、そうやって1等級になったんだ」
突如、先程までシルトが座っていたソファから声がする
皆がシルトからソファへと目を向けるとそこには女性が座っていた
「え・・・」
「シウさんなんでここにいんの?ってか、どうやって入った!!」
「やだなぁ、玄関からに決まってるじゃないですかー」
さも当然そうにシウは言う
『鍵掛かってたろっ!』
「大声出すとご近所迷惑だよ?」
「・・・・鍵掛かってましたよね?」
「うん、そうですね」
「どうやっ・・・もういいや、聞くだけ無駄な気がしてきた」
シルトがどっと疲れた顔になり、シウは笑顔になる
「で、何の用っすか」
「ん、ここに住もうかなって」
『はぁ!?』
ハーフブリード全員が驚き、目を丸くしていると
シウはソファに横になり、既にくつろいでいた
「部屋たくさんあるみたいだし、いいでしょ?」
「よくないですよ」
「えー、いいじゃないですかー」
「いやいや、よくないですよ」
「じゃあハーフブリードに入れて?
雇った人達みんな死んじゃったし、私達が組めば最強じゃない?」
「え・・・・」
シルトが皆の顔色を伺う・・全員が困惑しているようだ
「シ、シウさん?本当にうちに入りたいの?」
「うん、そんな事より私の部屋どこかな」
「・・・・ちょっと待とうね?話し合うから待ってようね?」
「はーい」
シウは足をぶらぶらと揺らしながら退屈そうに天井を見上げている
ハーフブリード達はシウから少し離れた位置で顔を寄せ合う
「マジなのかな、入りたいっての」
「本心・・・だとは思うかなぁ」
シャルルが半信半疑だけどと付け足して言う
「シウさん凄く強いからいいかも?」
サラはシウの提案に少し胸が高鳴っていた
憧れのシウとチームが組めるかもしれないのだ、嬉しくないはずがない
「私は賛成、あれほどの戦力は他にはいないよ」
ジーンは単純にシウの戦力を分析していた
そして、加入する事による作戦の組立まで既に視野に入れている
「わたしはどっちでもー」
ラピは最後に加入した事もあり、こういう場合はいつも他人に委ねる
本心からどっちでもいいと考えているのかもしれないが
「僕は何とも言えないとこかな・・・歯車が合わない気はする・・・」
「それはあるかもね」
「強いのは間違いないけどね、さてどうしたものか・・・」
シルトが背後でくつろぐシウに目をやると
ちょうどシウがソファからぴょんっと立ち上がるところだった
足音も立てず滑るように歩くシウは気配というものを消すのが上手い
その動きを見て、気づかぬうちに室内に入り込んでいたのも頷けた
シウはシャルルとサラに近づき、大きな猫のような耳をピクピクと動かして言う
「同じハーフキャットとして仲良くしてほしいニャ」
「ニャ?」
「仲良くしてほしいニャ」
普段のクールな雰囲気からは微塵も感じられないシウの言動にシャルルとサラが固まった
シウは拳を握って猫のようなポーズでおどけて見せる
「ダメかニャ?」
「・・・いいよ!あ!いいニャ!」
シャルルが笑顔になり、シウも釣られて笑顔になる
二人は手を取り合ってぴょんぴょんと跳ねていた
その光景を見たサラは、自分が想像していた人物像とかけ離れていく感覚に襲われる
いや、可愛いのだが、想像していたのは強くカッコイイ女性だったのだ
「ありがとニャー♪」
「こちらこそよろしくニャー♪」
この一瞬でシャルルは打ち解けていた
サラもこの流れに乗るべきなのか悩んでいると、シルトが間に入って来る
「シウさんちょっといい・・・かニャ?」
「なに」
とても冷たい口調でシウは言った
あっれー・・・乗ったのにそれー?まじかー・・・
「えっと・・・うちに入りたいってのは本気なの?」
「そのつもりだけど?あ、用事思い出した、帰らないと」
「え?」
「それじゃ、またね~」
手をひらひらと振りながらシウは玄関へと向かう
「は?何、どういう事!?」
シルトが混乱しているのをよそに、シウはシャルルとサラに向けてウインクをして言う
「じゃ、お二人さん、またニャ~♪」
「またニャー♪」
「ま、また・・・ニャー」
サラは恥ずかしそうに顔を赤くし、小さな声でニャを付け足していた
シウが帰ると、まるで嵐が去った後のような静けさが訪れた
「とんでもない人だね・・・」
「ふふ、自由な人だね」
「私のシウさん像が・・・」
「可愛い人だったニャー♪」
「可愛かったにゃ~」
ラピにも伝染ったようだ
「あの人、一体何しに来たんだ・・・」
シルトの疑問に答えてくれる人はいなかった
そして夜は深け、彼等はいつもの日常へと帰ってゆく
それから数日、ラピとシャルルは語尾にニャをつけるのが流行っていたのは言うまでもない
2ヶ月近い月日が流れる
この2ヶ月は平和そのもので、彼等は簡単な依頼をこなしたり
日課となっている修行や勉強の日々を過ごしていた
ネネモリの方では大森林が急速に枯れはじめ大騒ぎになっているらしいが
ラーズはサタナキアの一件以降、何事も無く平和な日々が続いていた
街もある程度復興が進み、最近では大工の数も減ってきている
うるさいくらいだったあの賑わいが無くなり、少しだけ寂しく思うのは無い物ねだりだろうか
最近は依頼も少なく、暇をしている日が多くなってきていた
そんなある日の出来事である
コンコンッ
玄関の扉からノックが聞こえてくる
「はいはい、どちらさまー?」
ラピがてこてこと走って行き、背伸びして扉を開ける
「おはようございます、冒険者組合より参りました」
前回来た組合の女性がそこに立っていた
おそらく彼女はハーフブリード担当になったのだろう
「はーい、ちょっと待ってくださいねー・・・シルさーん」
「ん、どったー」
朝食の片付けをしていたシルトがエプロンで手を拭きながら玄関へと向かうと
ラピが扉を大きく開き、組合の女性が頭を下げる
「何か依頼ですか?」
「いえ、本日は組合長ヒューズ・ウォール様より
皆様を組合まで連れてくるよう言われておりますので馳せ参じました」
「ヒューズさんが?何だろ」
「わたくしは伺っておりませんので何とも・・・」
「分かりました、急ぎですか?」
「出来ればすぐにでも」
「了解です、すぐに準備しますね」
「はい、外でお待ちしております」
組合の女性は深く頭を下げると1歩後ろへ下がって静かに佇んでいる
「みんな」
パンパンッと2回手を叩き、視線を集める
「ヒューズさんがお呼びみたいだから準備して」
「うん、わかった」
「なんだろー?また何か出たのかな?」
「厄介事かもね」
「念のため装備整えて行くー?」
「そうしよう、それじゃ急いで準備して」
皆が一斉に装備を整え、いつでも戦闘が出来るよう準備をしていく
30分ほどして準備は整い、家から出ると、組合の女性は先程と全く同じ場所で立っていた
「お待たせしました」
「いえ、では参りましょう」
女性の後を着いて行くように一行は歩いて行く
組合までの道はそれほど遠くはない、歩いて20分程度だ
しかし、完全武装したハーフブリードを目にした住民達は歓声を上げ
彼等がまたラーズを守るために戦いに行くのだと勘違いする
頼むぞー!ハーフブリード!
シャルルちゃん、サラちゃん、頑張ってねー!
そんな声援を受けながら、彼等は組合までの道を歩く
しばらくして組合に到着し、入口の扉をくぐると
外の明るさと、中の暗さに目が慣れるまで一瞬何も見えなくなる
そして、視界が広がった瞬間、彼等はとんでもない物を目にする事となった
「・・・・・な、なんだこりゃああああ!」
「え・・・ぷ、なにこれー!」
「うわぁ・・・」
「これは・・・」
「わぁ・・・すごーい」
彼等の前に広がるのは1枚の巨大な絵である
冒険者組合受付の背後に縦3メートル、横8メートルにもなる巨大な絵画が飾られていた
今まで無かった"それ"を見たハーフブリードは驚きのあまり立ち止まる
この絵画にはハーフブリードらしき人物が描かれていた
らしき、というのには理由がある、絵の左側から説明しよう
まず左端にシルトと思われる人物が描かれている
漆黒の鎧を身に纏い、光すら飲み込みそうな黒い大盾を握る剣士
その表情は凛々しく、英気に溢れている
その隣にはジーンと思われる人物が描かれている
普段のジーンからは想像もつかないほどの満面の笑みで
優しさを全身から感じられるほどの雰囲気を纏った女性だ
その隣にはサラと思われる人物が描かれている
目は少女漫画のようにキラキラと輝いており
無駄にカッコイイポーズを決めている
その隣にはシャルルと思われる人物が描かれている
顔はシャルルのままなのだが・・・問題は胸だ
胸がやたら強調されている、盛りすぎである
そして、最後に描かれているのはラピと思われる人物だ
天には光の輪のようなものが浮かび、そこから七色の光が降り注ぎ
その真下、中央には両手を広げ、目を瞑るラピらしき聖女のような人物が描かれている
まさに女神、それを体現したような絵だった
「これ・・・うちらなのか?」
「じゃないかな・・・多分」
これには流石のジーンも苦笑気味だ
「やめて!見ないで!私あんな顔してない・・・」
サラは恥ずかしそうに後ろを向き、両手で顔を隠している
「あはは!シルさんキリッ!ってしてる!キリッ!って」
シャルルは絵のシルトの部分を指差して爆笑していた
「僕はあんな感じだろー」
「あはは!ないない!」
シャルルは笑いすぎてお腹が痛いのか、腹を抱えて笑っていた
「サラは可愛く描いてもらえたねー」
「えー!私あんなキラキラしてないよ!」
「あはは、確かにそうかもだけどー」
「恥ずかしくて死にそう・・・」
再び顔を両手で隠してサラが俯く
「ジーンが!ジーンが!あははは!」
「私はあんな風には笑わないよね・・・それはそうと、シャルルのは盛りすぎじゃない?」
「確かに・・・私あんなに無い・・・はず」
シャルルが自身の胸を触りながら絵を見比べる
そして、視界の隅に入って来る神々しい一角に目が行ってしまう
「ぷっ・・・あははは!ラピのもひどい!」
「え?すごくいい絵じゃない?」
ラピは自分の部分の絵を気に入ったようだった
「ほら、ディナ・シーの光とかー」
「あはははは!」
「いやぁ、これは僕もないと思うわー」
「えー、いいと思うんだけどなー・・・ね、ウェールズ」
アギャ?
皆が笑いながら絵を眺めていると、組合長ヒューズが歩いて来る
「いやはや、喜んでくれているようで何よりだよ」
「ヒューズさん、何っすかこれは」
「もちろん、君達の絵だよ」
「いや、それは見れば分かりますけど・・・」
「君達は死の無くなった世界を救った英雄であり
サタナキアからラーズを救った英雄でもある、そんな君達を称えないでどうするかね」
「はぁ・・・」
「本当なら銅像を作るはずだったんだぞ?」
「「「「「やめてください!!」」」」」
「まぁその話は流れてしまったんだがね
代わりと言ってはなんだが、こうして君等の絵画を作ったのだよ」
「これずっと飾るんですか・・・」
「もちろん」
「ですよねぇ・・・」
ヒューズの即答にシルトはがっくりと肩を落とす
「にしても、若干似てない気がするんですが・・・?」
「絵なんて誇張するものだろう?」
「はぁ・・・そんなもんですか」
芸術などは一切分からないシルトにそれ以上の言葉が見つからなかった
「君等はラーズの英雄であり、冒険者としても英雄だ
今後君等に憧れて、優れた冒険者が育つようにという意味もあるのだよ」
「なるほど」
「今日は急に呼んでしまってすまなかったね」
「いえ、絵にはビックリしましたけど、何事もないなら良かったですよ」
「また何かあった時にはよろしく頼むよ、ハーフブリードの諸君」
「「「「「はい!」」」」」
こうしてハーフブリードの絵画は冒険者組合に飾られる事となった
これは後にラーズの観光名所の1つとなる
英雄ハーフブリードの勇姿を描いた絵の反響は予想以上で
国外から見に来る人もいるほどだった
ラーズの子供達はハーフブリードに憧れ、冒険者ごっこが流行り
その子供達が大きくなり、一部の者は冒険者となっていく
彼等の英雄譚はラルアースにあまねく知れ渡っていった
ハーフブリードの絵画が飾られてから10日ほど経った日の事である
それは唐突にやってきた
皆が普通に生活していると、突如脳内に声が響く
《・・・人よ・・・・人の子らよ・・・》
ガタッ
昼食をとっていたハーフブリード全員に緊張が走る
その声には聞き覚えがあるからだ
それは神の声・・・・水の神の声だ
「え、お魚さんの声?」
「何事だ」
《・・・・災いが迫っておる・・・心するがよい・・・》
「災い?」
「なんだろ・・・ちょっと怖い」
怯えるサラの手をシャルルがギュッと握る
二人は目を合わせ、何も言わず頷いた
《・・・北へ向かえ・・・・新たな大地を・・・・目指せ・・・》
「新たな大地?大森林の先って事かな」
「多分そうだね、あの先には広大な大地が広がると言われているから」
《・・・・そこで試練を受けよ・・・・神の器たる力を得るために・・・・》
「神の器・・・なんだそれ」
「でも力だって!アーティファクトとかかな?」
《・・・新たな大地を目指せ・・・さすれば与えられん・・・》
その後、神の言葉が続く事はなかった
ハーフブリード達は話し合い、神の言葉の真相を知ろうとするが、情報が不足しすぎている
そんな話をしていると、街の方がやけに慌ただしくなっているのに気がつく
「なんだろ、何かあったのかな」
シルトが窓から外を見ていると、ラーズ兵が走って行くのが見えた
「ただ事じゃ無さそうだな・・・ちょっと見てくる」
「気をつけてね」
「私も行くー!」
「いってらっしゃーい」
「シャルルも気をつけて」
シルトとシャルルが家から飛び出し、ラーズ兵が向かう方へと走る
すると、中央通りのその先にはラーズ軍の中隊が集結していた
「なんだなんだ」
「すごい数だね、何かあったのかなー」
兵の横を通り、正門付近まで進むと、そこに見知った顔を見つける
小柄な体型だが、腕は太く、ずんぐりむっくりとした身体をしている男
ドゥヴェルグ・アーグ・トールキンその人だ
彼は青い槍のような武器を片手に持ち
爪痕のような傷の入った兜を被り、全身に鎧を着ている
ドゥヴェルグの強さは噂では聞いている
噂ではワータイガーを30人相手にしても平然と切り伏せたという
ワータイガーとは人間を遥かに超える身体能力を持っている
シャチはその中でもダントツの強さだが、一般的なワータイガーも十分に驚異なのだ
そのワータイガーを30人も相手にして無傷で勝利を収めるなど不可能にも近い
それをやってのけたのがドゥヴェルグという男だ
彼の持つ青い槍のような物はアーティファクト武器である
実はこれは槍ではない、槍のようになっている刃からは巨大な水の刃が斧のように出るのだ
そう、これは水の刃のハルバードである
この水の刃は斬れぬものが無いほど鋭く、どんな金属ですら紙のように斬れるという
"藍斬のハルバード"それがこのアーティファクトの名称である
ドワーフの秘宝の1つであるこの武器は
ドワーフ族最強のドゥヴェルグのみが扱う事を許されている代物だ
そのドゥヴェルグが完全武装で先陣を切っている
これは只事ではないと判断したシルトは、ドゥヴェルグの視線の先に目をやった
その先に立つ人物が2人いた・・・・これまた見知った人物だ
『シャチさん!?それと・・・ヒミカちゃん?』
『ヒミカちゃんだー!』
シャルルがヒミカの元へと両手を広げて走る
ヒミカも見知った顔を見つけ、安堵の息を洩らしていた
「どうしたのー?こんな場所に」
「オ久シブリデス」
ぺこりと頭を下げるワータイガーの少女は以前会った時より
ほんの僅かだが大きくなった気がした
「この人達は安全です、生の巫女とワータイガーの英雄ですから」
シルトがドゥヴェルグに聞こえるように声を上げて言うが
ドゥヴェルグは警戒を緩める事はなかった
それもそうだ、彼の片目が潰れている原因はそのワータイガーの英雄のせいなのだから
「ヒミカちゃん、何か用事?」
「ハイ、先日・・・生ノ神ヨリ神託ガアリマシタ」
「あ!さっき私たちのところにもあったよ!水の神さまから!」
「ヤハリソウデシタカ・・・ドコカオ話デキル場所ハアリマセンカ?ココジャ・・・」
ヒミカがチラチラとドゥヴェルグとラーズ軍へと目をやると
ドゥヴェルグと視線が合い、ビクッとしたヒミカはシャチの後ろに隠れる
「ムゥ・・・アノ者、何時ゾヤノ・・・・」
シャチはアーティファクト武器"破岩"を構え、ドゥヴェルグを睨みつける
その瞬間、ラーズ軍に緊張が走る
「待った待った待った、構えない構えない」
シルトが両手を振りながらシャチとドゥヴェルグの間に立ち、両者を止める
ヒミカがシャチの尻尾を掴み、ぐいっと引っ張った
「ムゥ・・・」
「シャチノバカ!戦イニ来タンジャナイノ!」
「ヒミカ様・・・スミマセン」
「シャチノバカ!様ハ要ラナイッテ言ッテルデショ!」
「ムゥ・・・」
そんなやり取りを見て、シャルルが歯を見せて笑う
「あはは!二人は仲良しだねー!良かったらうちにおいでー♪」
「イイノ?」
「うん!いいよ!」
「カタジケナイ」
二人のワータイガーを連れ、シャルルが歩き出す
シルトもそれに加わり、4人が歩いて行くと、その道をドゥヴェルグが遮った
「待たれよ、ワータイガー」
ドゥヴェルグの低い声が響き、辺りの空気が急速に重くなる
「マダ生キテイタカ、人間」
「ふっ・・・何時ぞやのケリ、ここでつけてもいいのだぞ」
「面白イ、相手ニ『ダメー!!』
ヒミカが叫び、シャチはムゥと唸って止まった
ドゥヴェルグはワータイガーの少女を見て驚く
この少女は本気で争うつもりがないのだ、そしてこのシャチという化け物を完全に律している
この小さな身体にどれほどの力を秘めているのか・・・想像するだけで鳥肌が立つ
生の巫女というのはそれほど恐ろしい存在なのだ
そんな存在を街の中にやすやすと入れる訳にはいかない
「ここを通す訳にはいかない」
ダンッ!と藍斬のハルバードを石畳に叩きつけ、道を塞ぐ
動く気配のないドゥヴェルグの元に、にやけ顔のシルトがペコペコと頭を下げながら近寄った
「ドゥヴェルグさん、通してもらえないですかね」
「無理だ」
「実は今日、僕らに水の神が話しかけてきたんですよ
彼等はそれと関係ありそうなんで何とかなりませんかね」
「・・・・ほぅ」
「ダメですかね?」
「・・・・・後で詳細を報告せよ、それと見張りはつけさせてもらうぞ」
「了解です、お任せください」
「うむ」
ドゥヴェルグは軍隊に指示を出し、兵を下げさせる
そして、軍の中から精鋭とも呼べる面子を8名、シャチ達の監視として同行させた
中央通りを歩くヒミカは新しい物ばかりで目をキラキラと輝かせている
ラーズの民達は忌むべき相手であるワータイガーが
街を闊歩している事に不快感を現わにしていた
なるべく何事も起きないよう、シルトとシャルルが二人を挟むように歩き
早足気味に自宅へと向かう
軍の精鋭達はハーフブリード宅を囲むように配置されていた
玄関の扉をくぐるように入るシャチは、真っ直ぐ立っていられなかった
それほど背が大きいのだ
「ムゥ・・・ヨクコンナ狭イ場所ニ住メルナ」
「スゴーイ!綺麗ナオ家~!」
ヒミカが居間へと走って行くと、その姿を見た皆が驚く
「え?ヒミカちゃん何で?」
「わー、シャチさんもいる」
「珍しいお客さんだね」
ヒミカとラピが再開を喜んでいると、シャチが低い声で話し出す
「オ前達モ神託ヲ聞イタノカ」
「えぇ、水の神の言葉なら」
「ソウカ・・・俺ハ地ノ神ノ言葉ヲ授カッタ」
「どんな内容かしら?」
「災イガ迫ッテイル・・・ト」
「同じみたいね」
「ソレト、アノ時訪レタ者達ト合流シロト言ワレテ来タ」
「あ、それは初耳、詳しく聞かせて?」
ジーンは興味深々にシャチの話を聞く
「エイント言ッタカ、アノ者達ト会イタイノダガ」
「彼等ならネネモリかな、巫女達はカナランだろうし、ミラさんはドラスリアかな?」
「ムゥ・・・遠イノカ?」
「何ならこちらで集合場所を手配するけど」
「助カル」
シャチが頭を下げる
あの強者であるシャチがだ、それほど大事な話なのだろう
「もう少し詳しく聞かせて欲しいのだけど」
「北ヲ目指セト言ワレテイル」
「やっぱり北なんだ・・・」
「神ノ器ヲ得ルタメノ試練ヲ受ケロトモ」
「そこは同じなんだね」
「神ハ絶対ダ、逆ラウ事ナドデキヌ」
「ふーん、そういうものなんだ」
ジーンは神の圧倒的な力は知っているが、信仰心というものが薄い
単に強い存在としか認識していないのだ
その日、シャチとヒミカはハーフブリード宅に泊まる事となった
シャチは身体が大きすぎるため、居間で寝る事となる
ヒミカはシルトの寝室を使い、ラピと一緒に寝ている
ラピのベッドで寝るか悩んだシルトはいつものソファに戻るのだった
そして、シャチとの気まずい時間が流れる事となる・・・
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「あの・・・寝ないんっすか」
「我等ハ夜行性ナノデナ、ヒミカハ幼イガ故ニ眠ルダケダ」
「はぁ・・・・そうですか」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・zz」
「貴様トハマタ戦イタイモノダナ」
ビクッとシルトが起きる、一瞬寝かけていたのだ
「僕はもうやりたくないですよ」
「ソウカ?良イ戦イデハナカッタカ」
「確かに楽しかったですけど、僕じゃ相手にならない」
「ソウトハ思ワンガ・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・zz」
「貴様、マタ強クナッタナ」
再びビクッとして起きる・・・寝かせてくれ
「・・・・そんな事ないですよ」
「以前ヨリ遥カニチカラヲ感ジルゾ」
「そりゃどうも・・・」
こうしてシルトは眠れぬ夜を過ごす事となった
後日、ジーンが死の概念を取り戻す旅の生還者達に手紙を出し
一行は集合場所であるネネモリを目指す
ほぼ同時期にエイン、リリム、マルロ、イエル、ミラ
この5名もまた神託を授かっているのだった
そして、彼等は目指す事となる・・・・ネネモリの大森林の北、未開の大地を
そこで待ち受ける試練とは?迫り来る災いとは?
この時の彼等は何一つ知らなかった
世界の命運を握る物語は既に始まっている事など・・・・
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