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第3章 賓客として、旅行者として
第34話 瑠璃の館
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「アラー、三人ともお帰りナサイ。大学は楽しかっタ?」
中央大学を一通り見て回ったということで、私達は大学の正門を潜り、ヴェーベルン通りを引き返し、レストン家へと戻ってきた。
リビングに入るや、真っ先にこちらに顔を向けたグロリアさんが満面の笑みで声をかけてくる。その手元にはタブレットPCが握られていた。
思いもよらぬハイテク機器の登場に、私が大きく目を見張る。
「グロリアさん、タブレット持ってたんですか? って言うか、あの、なんでここにあるんですか?」
「前に日本に行った時に買ったノ。本を読むのに使っているのヨ。便利よネー、わざわざ重い本持ち歩かなくて済むモノ」
電子書籍の画面を見せながら、グロリアさんが一層目を細める。
聞けば、日本に行った時に使う用のスマートフォンも持っていて、Tw〇tterとかInst〇gramとかのアカウントも持っているらしい。知らなかった。この異世界人は地球の文化に順応しすぎではないだろうか。
それにしても、グロリアさんの手は細かい鱗でおおわれているはずなのに、タブレットPCやスマートフォンを操作できるんだなぁと、別の意味でびっくりだ。もしかしたらパーシー君みたいな獣人族も、手袋を外したらスマートフォンを扱えるんだろうか。
「後で私のアカウント教えてあげるカラ、地球に帰ったら繋がりましょうネ。
それで、どうだったノ? 中央大学」
「あ、はいっ、すごくよかったです。建物は綺麗でしたし、資料館は面白かったですし。
カフェテリアも居心地よさそうでしたね、何も頼まなかったんでお料理の味とかは分かんなかったですけど」
両手をぽんと合わせながら私は表情をほころばせた。
カフェテリアには確かに行った。お茶も飲んだ。しかしクリフォードさん、スティーヴンさん、ペーターさんと話すために行ったのであり、食事に行ったわけではない。その時はまだ空腹ではなかったし。
私の後ろからデュークさんが言葉をかけてくる。
「中央大学のカフェテリアの食事ハ美味しいですヨ。市内のパン屋からパンを卸してもらっていますシ、肉が美味しい都市ですカラ」
「コトレットとか人気なのヨネー、あとはそうネ、厚切りハムのフリプトゥーラも」
現役生徒であるデュークさんと、現役の教員であるグロリアさんが、揃って大学カフェテリアの料理を褒める様子に、私はごくりと唾を飲み込んだ。ちなみにグロリアさん曰く、コトレットはとんかつ、フリプトゥーラはステーキのことだそうだ。
美味しそうな食事の話に、思わず私は空腹を訴え始めたお腹を押さえる。そういえば今は昼過ぎ、そろそろ昼食を取る時間帯だ。こんなことなら大学のカフェテリアで何か食べてくればよかった。
この二日間、皆と一緒に過ごして分かったこととしては、異世界であっても一日三食で、バランスのいい食事が大事なのは一緒だということ。ことフーグラーは主食、主菜、副菜のいずれも食材のレベルが高い。何を食べても美味しいから非常に助かる。
腹の虫が鳴らないよう必死にこらえていると、タブレットPCの画面をオフにしたグロリアさんが自分の鞄にそれをしまいながら立ち上がった。
「サテ、そろそろお昼ご飯の時間ネ。ちょうどいいワ、ミノリサン、これからバックハウス通りの私の屋敷ニ行きまショウ」
「グロリアさんのお屋敷、ですか?」
「エエ。うちの料理人の作る料理は絶品ヨ、ホテルルのシェフにも負けていないワ」
バックハウス通りにあるグロリアさんのお屋敷。昔にフーグラー城で面倒を見ていた短耳族と獣人族をそこで面倒を見ている、という話くらいしか聞いていないが、そういえば確かに「後で案内する」と言っていたっけ。
聞けば、今の伯爵閣下によってお城を追い出されたあとにも、お城で働くことを許されている(しかし下働きとして)人々はそこそこいるそうで、グロリアさんのお屋敷からお城まで通っているとのこと。
つまりは、城勤めを続けることを許されるくらいに優れた人材が、お屋敷にはいるということだ。
「フーグラーの中でも最上級の腕前の料理人が集っていますヨ、奥様のお屋敷からお城に毎日通っている料理人もおりますシ、市内のレストランに就職した者も何人かおりますカラ」
「ハイ、ミノリ様。きっとミノリ様のお気に召す料理を、作ってもらえると思いマス」
パーシー君もデュークさんも、口々にお屋敷で出てくるお料理の素晴らしさを称えている。やれいついつのサラダはどうだ、やれ誰の作った料理はこうだ、と、褒める言葉は枚挙にいとまがない。
そんなに凄いのなら、やはり食べてみたくなるではないか。グロリアさんのお屋敷には行ってみたいし、気にもなる。
「それじゃあ……お邪魔します」
「エエ、どんどんお邪魔してチョウダイ。お屋敷には私から電話しておくワ」
「いってらっしゃい、お夕飯はどうします? 奥様の家で食べてきますか」
一つ頷いてリビングの電話機を手に取るグロリアさんをよそに、アサミさんが私の方へと微笑みを投げてくる。
私は悩んだ。グロリアさんちのお屋敷でディナーを食べたらきっと凄いのが出てくるんだろうが、二食続けてはさすがに悪い。
それに、泊まっている場所はこのレストン家だ。そこでもアサミさんたちは料理を作るわけで、それを食べないというのも申し訳ない。
「いえ、その……お昼もいただいて夜も、は申し訳ないですし、アサミさんの手料理も食べたいですし……夜までに帰ってきます」
「あら、嬉しいわ。腕によりをかけて準備するわね」
「マーマもお料理は上手ですからネ、お屋敷の料理人の皆さん程ではないですけれド……期待していただいていいですヨ、サワさん」
嬉しそうに手を打つアサミさんが表情を綻ばせた。パーシー君の言葉にも嬉しそうな様子が感じられる。
私は今夜の夕食に思いを馳せながら、電話口でお屋敷と連絡を取るグロリアさんの翼を見ていたのだった。
「サァ、バックハウス通りに入るわヨ」
「うわぁ……!」
電話を終えたグロリアさんに手を引かれて馬車に乗り、レーマン通りを抜けてネーフェ通りに入り、そこから市の中央、グロースクロイツ通りへ。お城の方に進んでしばらくしてから、右側に入ると、そこがバックハウス通りだ。
グロースクロイツ通りと繋がる通り、しかもお城から程近くということもあって、ある程度予想はしていたのだが、道幅が広いし、石畳が色鮮やかだ。加えて通りの両側に立ち並ぶ広い邸宅と、立派な門と塀。いずれの家の前にも警備員らしき人が立っている。
馬車の車窓から外を見ながら、私はぽつりと零した。
「これ、フーグラーの中でも相当広い通りなんじゃ」
「さっきまで通っていたグロースクロイツ通りにはさすがに負けるワヨ、あれがメインストリートだから。
デモ、貴族の屋敷が立ち並ぶ通りダシ、馬車が頻繁に行き交うカラ、スムーズにすれ違えるように通りを広く造っているノ」
私の正面の席に座ったグロリアさんがその両腕を広げた。道幅の広さを示すその動きも納得だ。よく街中を走っている馬車なら三台は同時に行き交えるくらいの広さがあるように思う。
私の隣に座るデュークさんがこくこくと頷きながら口を開いた。
「ここに建つ屋敷ハ、多くがアータートン領に領地を持つ貴族の別邸だったりしマス。元々ハ市役所も建つ市民の生活の中心、市の中心でしたガ、現在は市内でも特に地価の高イ、高級住宅地となってイマス」
「別荘ってことですか?はー……道理で立派な家ばっかりなわけだ……」
その言葉に私は感心する他なかった。まさかこんな別荘が立ち並ぶようなエリアに、自分が踏み込むことになろうとは、思いもしなかった。
日本にも、避暑地や地方都市に別荘や別宅を持っているお金持ちはいる。そうしてその土地を訪れた際に、その別荘に入って寝起きするというわけだ。その仕組みはドルテでもよくある話なのだろう、何しろ貴族が存在する世界なのだから。
そうして領都に別邸を持ち、領都に来る時は別邸を利用するというのが、貴族がよく取る方法なのだそうだ。デュークさんによると、アータートン領は年に二回は領内の領主をフーグラーに集め、領地の経営状況や財政状況を聞き取る会を開いているらしい。
グロリアさんがひらりと手を動かしながら私に解説する。
「フーグラー市内に別邸を持って、本宅は自分の領地に、としている竜人族は結構多いノ。勿論アータートン領内の場合はネ。他の領には他の都市があるワ。
別邸で雇用する使用人に家を管理させテ、フーグラーを訪れる時はそちらを使う、という具合ネ。だからホラ、ホテルルでは竜人族をあまり見なかったでショウ? ミノリサン」
「ですねー、レストランでちょっとだけ見たくらい……ああいう人たちは、アータートン領の外から来た人ってことですか?」
彼女の言葉に、私はこくりと頷いた。
確かに「ホテルル・サルカム」で竜人族を見たのは、ホテル宿泊一日目の朝くらい。あの二人組の竜人族もレストランで見たくらいだし、宿泊客と決まった話でもない。
パーシー君が何度か目を瞬かせつつ口を動かす。
「そういうことデス。領外から旅行に来られた竜人族向けにホテルルにはスイートルームが作られていますガ、領内の竜人族がホテルルに宿泊することはほぼありまセン。皆さん、自分の別邸をお持ちですからネ」
「だからかー……遠方に旅行する形になるから、移動にも宿泊にもお金もかかるし時間も要る、と」
私は納得した。フーグラーへと旅行する人のうち、近場の人は別邸を使い、遠方に旅行する人だけがホテルを使うとなれば、移動にかかるお金も、かかる時間も、必然的に多くなる。
わざわざ高いお金をかけて、時間もたくさんかけて旅行するとなると、よほどの決意と目的が無くてはやることは無いというわけだ。竜人族は貴族だからお金を持っているとはいえ、貴族だからこそ長いこと領地を離れることがしにくいのだろう。
「まぁネ。私みたいに大学デ教鞭を取っているケースだと、まだホテルルの利用用途があるケレド……あ、着いたワ。
さぁミノリサン、ここが私の持つお屋敷。通称『瑠璃の館』ヨ」
「うわっ……!」
グロリアさんの言葉と共に、馬車がゆっくりと止まり、御者の人が扉を開けてくれる。
荷物を手に馬車を降りた私は、思わず驚嘆の声を漏らした。
大きい。フーグラー城と比べてはいけないのかもしれないが、こちらもお城と言っても十分通用するくらいの大きさがある。
加えて屋敷の前に広がる庭園の見事なこと。色とりどりの花が咲き乱れ、庭の中心には噴水も設えてある。すごく立派だ。
口をぽかんと開けて息を吐きながら、私は隣に立って自慢げに胸を張るグロリアさんに顔を向けた。
「大きい、ですね……ここなら確かに、短耳族や獣人族の皆さんを住まわせていても、場所が十分にありそう」
「そういうコト。ほんと、イングラムのご先祖様には感謝ダワ。
それジャ、中に入りまショウ、お昼ご飯食べなくちゃ」
にんまりと笑ったグロリアさんが、さっと手を動かす。
門の中に入っていく馬車を追うようにして、私達は瑠璃の館の庭の通路を歩いていくのだった。
中央大学を一通り見て回ったということで、私達は大学の正門を潜り、ヴェーベルン通りを引き返し、レストン家へと戻ってきた。
リビングに入るや、真っ先にこちらに顔を向けたグロリアさんが満面の笑みで声をかけてくる。その手元にはタブレットPCが握られていた。
思いもよらぬハイテク機器の登場に、私が大きく目を見張る。
「グロリアさん、タブレット持ってたんですか? って言うか、あの、なんでここにあるんですか?」
「前に日本に行った時に買ったノ。本を読むのに使っているのヨ。便利よネー、わざわざ重い本持ち歩かなくて済むモノ」
電子書籍の画面を見せながら、グロリアさんが一層目を細める。
聞けば、日本に行った時に使う用のスマートフォンも持っていて、Tw〇tterとかInst〇gramとかのアカウントも持っているらしい。知らなかった。この異世界人は地球の文化に順応しすぎではないだろうか。
それにしても、グロリアさんの手は細かい鱗でおおわれているはずなのに、タブレットPCやスマートフォンを操作できるんだなぁと、別の意味でびっくりだ。もしかしたらパーシー君みたいな獣人族も、手袋を外したらスマートフォンを扱えるんだろうか。
「後で私のアカウント教えてあげるカラ、地球に帰ったら繋がりましょうネ。
それで、どうだったノ? 中央大学」
「あ、はいっ、すごくよかったです。建物は綺麗でしたし、資料館は面白かったですし。
カフェテリアも居心地よさそうでしたね、何も頼まなかったんでお料理の味とかは分かんなかったですけど」
両手をぽんと合わせながら私は表情をほころばせた。
カフェテリアには確かに行った。お茶も飲んだ。しかしクリフォードさん、スティーヴンさん、ペーターさんと話すために行ったのであり、食事に行ったわけではない。その時はまだ空腹ではなかったし。
私の後ろからデュークさんが言葉をかけてくる。
「中央大学のカフェテリアの食事ハ美味しいですヨ。市内のパン屋からパンを卸してもらっていますシ、肉が美味しい都市ですカラ」
「コトレットとか人気なのヨネー、あとはそうネ、厚切りハムのフリプトゥーラも」
現役生徒であるデュークさんと、現役の教員であるグロリアさんが、揃って大学カフェテリアの料理を褒める様子に、私はごくりと唾を飲み込んだ。ちなみにグロリアさん曰く、コトレットはとんかつ、フリプトゥーラはステーキのことだそうだ。
美味しそうな食事の話に、思わず私は空腹を訴え始めたお腹を押さえる。そういえば今は昼過ぎ、そろそろ昼食を取る時間帯だ。こんなことなら大学のカフェテリアで何か食べてくればよかった。
この二日間、皆と一緒に過ごして分かったこととしては、異世界であっても一日三食で、バランスのいい食事が大事なのは一緒だということ。ことフーグラーは主食、主菜、副菜のいずれも食材のレベルが高い。何を食べても美味しいから非常に助かる。
腹の虫が鳴らないよう必死にこらえていると、タブレットPCの画面をオフにしたグロリアさんが自分の鞄にそれをしまいながら立ち上がった。
「サテ、そろそろお昼ご飯の時間ネ。ちょうどいいワ、ミノリサン、これからバックハウス通りの私の屋敷ニ行きまショウ」
「グロリアさんのお屋敷、ですか?」
「エエ。うちの料理人の作る料理は絶品ヨ、ホテルルのシェフにも負けていないワ」
バックハウス通りにあるグロリアさんのお屋敷。昔にフーグラー城で面倒を見ていた短耳族と獣人族をそこで面倒を見ている、という話くらいしか聞いていないが、そういえば確かに「後で案内する」と言っていたっけ。
聞けば、今の伯爵閣下によってお城を追い出されたあとにも、お城で働くことを許されている(しかし下働きとして)人々はそこそこいるそうで、グロリアさんのお屋敷からお城まで通っているとのこと。
つまりは、城勤めを続けることを許されるくらいに優れた人材が、お屋敷にはいるということだ。
「フーグラーの中でも最上級の腕前の料理人が集っていますヨ、奥様のお屋敷からお城に毎日通っている料理人もおりますシ、市内のレストランに就職した者も何人かおりますカラ」
「ハイ、ミノリ様。きっとミノリ様のお気に召す料理を、作ってもらえると思いマス」
パーシー君もデュークさんも、口々にお屋敷で出てくるお料理の素晴らしさを称えている。やれいついつのサラダはどうだ、やれ誰の作った料理はこうだ、と、褒める言葉は枚挙にいとまがない。
そんなに凄いのなら、やはり食べてみたくなるではないか。グロリアさんのお屋敷には行ってみたいし、気にもなる。
「それじゃあ……お邪魔します」
「エエ、どんどんお邪魔してチョウダイ。お屋敷には私から電話しておくワ」
「いってらっしゃい、お夕飯はどうします? 奥様の家で食べてきますか」
一つ頷いてリビングの電話機を手に取るグロリアさんをよそに、アサミさんが私の方へと微笑みを投げてくる。
私は悩んだ。グロリアさんちのお屋敷でディナーを食べたらきっと凄いのが出てくるんだろうが、二食続けてはさすがに悪い。
それに、泊まっている場所はこのレストン家だ。そこでもアサミさんたちは料理を作るわけで、それを食べないというのも申し訳ない。
「いえ、その……お昼もいただいて夜も、は申し訳ないですし、アサミさんの手料理も食べたいですし……夜までに帰ってきます」
「あら、嬉しいわ。腕によりをかけて準備するわね」
「マーマもお料理は上手ですからネ、お屋敷の料理人の皆さん程ではないですけれド……期待していただいていいですヨ、サワさん」
嬉しそうに手を打つアサミさんが表情を綻ばせた。パーシー君の言葉にも嬉しそうな様子が感じられる。
私は今夜の夕食に思いを馳せながら、電話口でお屋敷と連絡を取るグロリアさんの翼を見ていたのだった。
「サァ、バックハウス通りに入るわヨ」
「うわぁ……!」
電話を終えたグロリアさんに手を引かれて馬車に乗り、レーマン通りを抜けてネーフェ通りに入り、そこから市の中央、グロースクロイツ通りへ。お城の方に進んでしばらくしてから、右側に入ると、そこがバックハウス通りだ。
グロースクロイツ通りと繋がる通り、しかもお城から程近くということもあって、ある程度予想はしていたのだが、道幅が広いし、石畳が色鮮やかだ。加えて通りの両側に立ち並ぶ広い邸宅と、立派な門と塀。いずれの家の前にも警備員らしき人が立っている。
馬車の車窓から外を見ながら、私はぽつりと零した。
「これ、フーグラーの中でも相当広い通りなんじゃ」
「さっきまで通っていたグロースクロイツ通りにはさすがに負けるワヨ、あれがメインストリートだから。
デモ、貴族の屋敷が立ち並ぶ通りダシ、馬車が頻繁に行き交うカラ、スムーズにすれ違えるように通りを広く造っているノ」
私の正面の席に座ったグロリアさんがその両腕を広げた。道幅の広さを示すその動きも納得だ。よく街中を走っている馬車なら三台は同時に行き交えるくらいの広さがあるように思う。
私の隣に座るデュークさんがこくこくと頷きながら口を開いた。
「ここに建つ屋敷ハ、多くがアータートン領に領地を持つ貴族の別邸だったりしマス。元々ハ市役所も建つ市民の生活の中心、市の中心でしたガ、現在は市内でも特に地価の高イ、高級住宅地となってイマス」
「別荘ってことですか?はー……道理で立派な家ばっかりなわけだ……」
その言葉に私は感心する他なかった。まさかこんな別荘が立ち並ぶようなエリアに、自分が踏み込むことになろうとは、思いもしなかった。
日本にも、避暑地や地方都市に別荘や別宅を持っているお金持ちはいる。そうしてその土地を訪れた際に、その別荘に入って寝起きするというわけだ。その仕組みはドルテでもよくある話なのだろう、何しろ貴族が存在する世界なのだから。
そうして領都に別邸を持ち、領都に来る時は別邸を利用するというのが、貴族がよく取る方法なのだそうだ。デュークさんによると、アータートン領は年に二回は領内の領主をフーグラーに集め、領地の経営状況や財政状況を聞き取る会を開いているらしい。
グロリアさんがひらりと手を動かしながら私に解説する。
「フーグラー市内に別邸を持って、本宅は自分の領地に、としている竜人族は結構多いノ。勿論アータートン領内の場合はネ。他の領には他の都市があるワ。
別邸で雇用する使用人に家を管理させテ、フーグラーを訪れる時はそちらを使う、という具合ネ。だからホラ、ホテルルでは竜人族をあまり見なかったでショウ? ミノリサン」
「ですねー、レストランでちょっとだけ見たくらい……ああいう人たちは、アータートン領の外から来た人ってことですか?」
彼女の言葉に、私はこくりと頷いた。
確かに「ホテルル・サルカム」で竜人族を見たのは、ホテル宿泊一日目の朝くらい。あの二人組の竜人族もレストランで見たくらいだし、宿泊客と決まった話でもない。
パーシー君が何度か目を瞬かせつつ口を動かす。
「そういうことデス。領外から旅行に来られた竜人族向けにホテルルにはスイートルームが作られていますガ、領内の竜人族がホテルルに宿泊することはほぼありまセン。皆さん、自分の別邸をお持ちですからネ」
「だからかー……遠方に旅行する形になるから、移動にも宿泊にもお金もかかるし時間も要る、と」
私は納得した。フーグラーへと旅行する人のうち、近場の人は別邸を使い、遠方に旅行する人だけがホテルを使うとなれば、移動にかかるお金も、かかる時間も、必然的に多くなる。
わざわざ高いお金をかけて、時間もたくさんかけて旅行するとなると、よほどの決意と目的が無くてはやることは無いというわけだ。竜人族は貴族だからお金を持っているとはいえ、貴族だからこそ長いこと領地を離れることがしにくいのだろう。
「まぁネ。私みたいに大学デ教鞭を取っているケースだと、まだホテルルの利用用途があるケレド……あ、着いたワ。
さぁミノリサン、ここが私の持つお屋敷。通称『瑠璃の館』ヨ」
「うわっ……!」
グロリアさんの言葉と共に、馬車がゆっくりと止まり、御者の人が扉を開けてくれる。
荷物を手に馬車を降りた私は、思わず驚嘆の声を漏らした。
大きい。フーグラー城と比べてはいけないのかもしれないが、こちらもお城と言っても十分通用するくらいの大きさがある。
加えて屋敷の前に広がる庭園の見事なこと。色とりどりの花が咲き乱れ、庭の中心には噴水も設えてある。すごく立派だ。
口をぽかんと開けて息を吐きながら、私は隣に立って自慢げに胸を張るグロリアさんに顔を向けた。
「大きい、ですね……ここなら確かに、短耳族や獣人族の皆さんを住まわせていても、場所が十分にありそう」
「そういうコト。ほんと、イングラムのご先祖様には感謝ダワ。
それジャ、中に入りまショウ、お昼ご飯食べなくちゃ」
にんまりと笑ったグロリアさんが、さっと手を動かす。
門の中に入っていく馬車を追うようにして、私達は瑠璃の館の庭の通路を歩いていくのだった。
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