ビトは隠れて暮らしたい

八百十三

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第2章 ビトの研鑽

第18話 猫人、試験を申し込む

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 翌日。プラチドの町に戻ってきて、冒険者ギルド西シャンドリ郡支部にやって来た俺たちは、クエストカウンターで依頼達成の報告をしていた。
 アルチデが提出した素材類を確認したギルドの女性職員が、こくりとうなずく。

「はい、確認いたしました。これでスカンツィオ鉱山の鉄食い鼠アイアンイーター駆除依頼は完了となります。お疲れ様でした」

 ギルドの職員が頭を下げたのを確認して、アルチデがゆっくり肩を回して言った。

「ふーっ、これでおしまいだな」
「そうだな。感謝する、お三方」

 アンベルもそれを確認し、フードを被った頭をこくりと下げる。これでようやく、ほんとうの意味で依頼達成だ。この報告を終えて、報酬を受け取ったら、これで俺たちは次のクエストに向かえるようになる。
 職員が小さな革袋を二つ、俺たちの前に置いた。ギルドから報酬を渡す際に使われる、報酬袋だ。

「成功報酬は『跳ねる猫ガットリンバルザ』『眠る蓮華ロートドルミーレ』共に2,300ソルディとなります。大銀貨2枚、小銀貨3枚、ご確認ください」

 報酬袋を受け取ったアルチデとアンベルが、それぞれの袋の中身を確認する。そこには、俺の一番大きな肉球ほどのサイズの大銀貨が二枚と、指先より少々大きいほどの小銀貨が三枚、入っているはずだ。
 それを取り出し、自分たちの財布の中にしまい。報酬袋を返しながら二人はうなずいた。

「確かに」
「こちらも問題ない」

 アルチデとアンベルの言葉に、空になった報酬袋を受け取った職員がうっすらと笑みを浮かべた。そうしてもう一度、俺たちに頭を下げてくる。

「ありがとうございます。また次も、よろしくお願いいたします」

 その言葉に俺たちも笑みを返し、クエストカウンターを後にする。そのまま俺の背中を、アンベルが軽く叩いた。

「さあビト、行くぞ」
「ほ、ほんとに行くのかよ。だって……」

 急かすような彼女の言葉に、まごつきながら顔を見上げる俺だ。
 このままの流れでアンベルが向かわせようとしているのは、このギルド支部の冒険者管理の窓口だ。そこでパーティー編成に関わる事柄と、冒険者のランクアップに関わる事柄を扱っている。つい数日前に、「眠る蓮華ロートドルミーレ」に加入する際にも相手してくれたところだ。
 別に、受付に行くのが嫌だ、というわけではない。だが今の俺はしっかり人化転身をしているのだ。先程能力鑑定をした際にはいくらか人化転身を解いて、魔法系のスキルレベルを3に調整した状態で行ったから、冒険者ギルドに登録しているステータスと今の俺のステータスには、若干の違いがあるのだ。
 これで昇級試験を受けるに当たって、ステータス画面の提示を求められたらたまらない。しかしヒューホが、俺のローブの袖を引きながら笑った。

「心配はいらないさ。先程能力鑑定を受けただろう?」
「昇級試験を受ける為に必要なスキルの確認は、能力鑑定の記録が使われるのよ。その場でステータスを開いて見せないといけないわけじゃないわ。なら、スキルレベルも大丈夫でしょ?」

 エルセもヒューホと一緒に、俺の顔を見上げながら笑みを見せた。
 二人の言う通りだ。俺も、自分の心配が考えすぎであることはよくよく分かっている。よほど異常なステータスをしていない限りはすんなり受験が出来るはずだし、よしんば何か言われたとしても能力鑑定のやり直しを求められるだけだ。
 だから、大丈夫なはずだ。はずなのだけれど。

「まあ、そうだけどさ……」

 やっぱり、どうしたって不安なものは不安なのだ。
 すると、なぜかこちらに着いてきていたアルチデが、歩きながら俺の肩を叩いた。なんならカールラとパルミロも一緒に来ている。「跳ねる猫ガットリンバルザ」の三人は冒険者管理窓口に用事など無いはずなのに。

「心配することないぞ。君はスキルレベルの合計値だけなら、S級にも手が届くだけの力を持っているんだ。先程の能力鑑定では敢えて・・・抑えたに過ぎない」
「そうですよ。試験本番も戦い方の指定があるわけではないですから。前回みたいに派手な魔法でドカーン、でいいんですよ」

 カールラが気安い様子で俺に言ってくる。そう言われてますます縮こまる俺だ。冒険者ギルドには第三位階の魔法までしか使えない体でステータスを提示しているのに、それ以上の魔法を使って何か言われたら、困るのは俺だって言うのに。
 しかし今更何を言うことも出来ず、俺は冒険者管理窓口の前に立った。数日前に俺に応対してくれた女性の職員が、アンベルへと笑いかける。

「冒険者ギルド西シャンドリ郡支部にようこそ。本日のご要件は?」
「ビト・ベルリンギエーリのB級昇格試験を申請したい」

 職員の言葉に、アンベルが淡々と用件を告げた。そのまま俺の肩にぽんと手を置いてくる。
 いよいよだ。俺は遂にB級冒険者という大きな扉の前に立つ。
 アンベルが職員から受け取った申請用紙に記入している間、職員が俺へと手を伸ばしてきた。

「かしこまりました、タグをお預かりいたします」
「あ、ああ」

 言われるがままに、俺は腰のベルトに収めていた銅製のタグを抜き取って手渡した。このタグには冒険者の素性が全て収まっている。これと冒険者ギルドに保管された情報を合わせて、受験資格があるかを判断するのだ。
 アンベルが記入を終えた申請用紙も受け取って、職員が俺のステータスを確認する。

「レベル34、スキルレベルの合計は……40。はい、問題ありません。受験可能です。受験料として、小銀貨5枚を納入ください」

 職員の言葉に、俺は持ち歩いている財布を取り出した。
 昇級試験には受験料が必要だ。この受験料が、冒険者ギルドの収入の大部分を支えている。当然のごとく、上のランクになればなるほど受験料は上がり、S級へ昇級する試験の受験にはしめて1,000ソルディ、大銀貨1枚が必要だ。
 アンベルが自分の財布に手を伸ばしながら、俺へと視線を向ける。

「ビト、持ち合わせはあるか」
「ええと……あっ、無い。預金屋に行って出してこないと」

 財布の中を覗き込んだ俺は思わず声を上げた。
 俺の財布の中には小銀貨2枚、銅貨3枚、鉄貨3枚。合計して233ソルディ。これでは受験料を支払えない。
 どうしよう、お金を預けている預金屋はギルドの中にあったはずだが、すぐに引き出してもらえるだろうか。俺が困っていると、アンベルが自分の財布を取り出しながら笑った。

「ああ、その必要はない。私が出す」
「えっ」

 彼女が何でも無いように言い出したことに、俺は目を見開いた。
 俺の試験だ。俺が金を出さないことにはどうにもならない。今までの昇級試験もそうして来たのだ。しかし、アンベルはすぐに首を振る。

「気にするな、パーティーの共有資産から出すだけだ。試験費用を個人の懐から出させるなど、薄情な真似はしないさ」

 その言葉に俺はぽかんと口を開けた。こんな考え方、こんなやり方があったとは。全く想像もできなかった。
 と、アンベルが財布の中に手を突っ込んだところで、一歩前に進みだしたのはパルミロだ。

「なら、俺も少し援助する」
「パルミロ?」

 口を挟んできた彼に、不思議そうな目をしながら俺は視線を投げた。そして気がつく。パルミロの手の中には1枚の小銀貨が握られていた。
 呆気にとられている俺の前で、パルミロが口を開く。

「あのアイアンイーター駆除の依頼は、ビトの力があってこそあっさり成功したんだ。それなのに俺たちと同額の報酬では割に合わない。そうだろ?」
「そうだな。なんなら全額、うちから出してもいいくらいだ」

 彼の言葉にうなずきながら、アルチデも自分の財布を手に握る。
 その言葉に俺はハッと我に返った。アンベルたちの共有資産から出してもらうのですら申し訳ないと思っていたのに、別パーティーの彼らに試験費用を出してもらうなんて。思わず両手を突き出して制止する姿勢を取る。

「わ、悪いよ、そんな」
「ビト、いいか」

 だが、俺の手をパルミロがそっと押さえた。少し獣毛が出始めた俺の手を下げさせながら、彼は淡々と告げてくる。

「あの依頼は確かに君の力で完遂したんだ。そこに嘘偽りは無い。それだけの力を持つ冒険者をC級のままくすぶらせておくのは、どう考えたってもったいないだろ?」

 パルミロの言葉にアルチデも大きくうなずいていた。どうやら彼も同意見らしい。
 再びぽかんと口を開いた俺と目線を合わせながら、カールラがうっすら笑いながら言ってきた。

「これは投資ですよ、ビト・ベルリンギエーリという冒険者に対しての。そうして貴方が冒険者として強くなってくれたら、今度は貴方のパーティーが私たちに仕事をもたらしてくれるかもしれないじゃないですか?」

 その言葉に、既に大きく開いていた目を、皿のようになるまで見開いた俺だ。
 俺が、もっと強くなれば。ランクの高い冒険者になれば、他のパーティーの利益を作ることが出来るようになる。「跳ねる猫ガットリンバルザ」の面々はそう言っているのだ。
 ここで彼らから試験の費用を援助してもらって、俺がどんどん強くなることが出来るのなら、ここで恩に受けるのも間違いではないのかもしれない。

「……分かった」
「よし、じゃあ俺たちから小銀貨1枚ずつ、アンベルから2枚でどうだ」

 俺がうなずくと、アルチデが自分の財布から小銀貨を1枚取り出しながら言った。同時にカールラも自分の財布から1枚銀貨を取り出す。
 彼の言葉に納得した様子で、アンベルも財布から小銀貨を2枚出した。これで合計5枚。それらをまとめて、アンベルがカウンターの木皿に置く。

「問題ない。これで納入しよう」

 アンベルが置いた銀貨を、職員が手に取った。一枚ずつチェックして、こくりとうなずく。

「1、2、3、4、5……はい、大丈夫です。試験は明日の朝9時から、町の西門を出た先、プラチド丘陵きゅうりょうにて行います。目印にギルドの旗を立てておきますので、そこに来てください」

 職員の言葉に、その場にいる全員が納得したように笑った。
 プラチド丘陵は山のふもとに広がる大きな丘で、魔力が豊富なためにいろんなモンスターが暮らしている。弱い魔獣が比較的多いが、たまに強力なモンスターも姿を見せるので油断は禁物だ。
 エルセとヒューホが、揃って俺の両手を取りながら言う。

「頑張ろうね、ビト!」
「君なら出来るさ。明日に備え、今日はゆっくり休むといい」
「ああ……」

 二人の言葉に生返事を返しながら、俺はギルドの天井を見上げた。
 今から、不安だ。明日を万事問題ないように迎えられるか、俺は心配でならなかった。
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