16 / 34
第2章 ビトの研鑽
第16話 猫人、喚く
しおりを挟む
暗くジメジメした旧1番坑道を進みながら、俺はしきりに周囲を、特に足元を見ながら皆と一緒に進んでいた。
「うぅっ……」
「ビト、大丈夫?」
落ち着かない様子の俺に、エルセが心配そうに俺を見上げながら言った。
返事は返せないが、そりゃあ心配だ。何しろこの暗い、小さな鉄食い鼠の気配がそこかしこからする中を、進んでいかないとならないのだ。ネズミ系に苦手意識のある俺としては、恐怖心で足がすくんでしまうのもしょうがない、と言いたい。
おっかなびっくり、しかし後続がいるから止まるに止まれず進んでいく俺を振り返りながら、アルチデがため息交じりに言った。
「そこまで心配することはないだろう、この旧1番坑道にはほとんどアイアンイーターは漏れていなかった。旧8番坑道にまだ群れている可能性が高い」
彼の言葉に、下から批判じみた視線を返す俺だ。
確かに今進んでいる旧1番坑道で、アイアンイーターを見かけることはほぼなかった。何匹か見かけることもあったが、他のモンスターと同程度。坑道の中であれば自然発生の範囲内だ。
しかし、だからといって気を張らないわけにはいかない。何しろここは鉱山の坑道の中。そして魔物は、土地の魔力が高い場所ならどこからでも生まれてくるのだ。
「そうかもしれないけどさ……あいつらどこからでも湧いてくるし……」
「そうだな、油断は禁物だぞ」
俺の悲痛な言葉に、アンベルがうなずきながら視線を巡らせた。
旧1番坑道は旧8番坑道と接している。それでこれだけ数が少ないなら、旧8番坑道とここを隔てる扉は破られていないのだろう。そこは安心していいはずだ。
しかし、現にこの坑道内でもアイアンイーターと出くわしているのだ。油断はできない。
「確かにね。アイアンイーターはネズミの魔物だ。体躯も大きくない。そこら辺の坑道の隙間にいるということも――」
俺の隣を飛ぶヒューホが、口を曲げながら言ったその時だ。
「チィ」
「えっ」
俺の足元から鳴き声が聞こえる。間違いない、アイアンイーターの鳴き声だ。というかその声が、いやに近い。おまけに何か足にくっついている感覚がある。
嫌な予感を感じて俺はローブをめくり上げた。果たしてそこには、俺の右足のブーツにしがみついているアイアンイーターの姿があって。
全身の獣毛が一気に逆立った。尻尾がぶわりと膨らみ、思わず悲鳴を上げる。
「う、うわーーーっ!?」
「ビト!?」
「ビト君!?」
俺の悲鳴に、アルチデとヒューホが一緒に俺の方を向いた。それだけではない、俺の後方を歩いていたパルミロとカールラも、驚いて足を止める。
そんな合間にも、俺はブーツにくっついたアイアンイーターを振り払おうと必死だ。右足をやたらめったらに振って、何とかブーツのアイアンイーターを離そうともがく。
「は、離れろ、離れろよ!!」
「ビト、落ち着け!」
「今どけるから、動かないで!」
しかしこれでは他の仲間も対処ができない。アンベルがとっさに俺の肩を掴んだ。動きが止まったその瞬間にエルセがアイアンイーターをくわえ上げ、そのまま首を振って坑道の壁に叩きつける。
思い切り岩壁に叩きつけられたアイアンイーターは、そのまま動かなくなった。念のためにエルセが角でつつくが、ピクリともしない。
その様子を見ていた俺の呼吸は、未だ荒かった。目の端には涙がにじんでいるのも自分で分かる。それもそうだ、未だに足にはアイアンイーターの感触が残っている。気持ち悪い。
「はーっ、はーっ……」
「なるほど……そこまで、苦手なのだな」
俺の肩を抱いたまま、アンベルが申し訳無さそうに言った。そのまま、俺を抱くようにして長いマズルを俺の頬に寄せる。
「すまなかった、こんな場所に連れてきてしまって」
「そこまで苦手なのだと分かっていたら、無理に連れてくることもしなかったのにな」
パルミロも静かな口調で俺に言ってくる。確かにこのクエストは、魔法使い一人体制でも別段困るわけではない。何しろパルミロは第八位階まで炎魔法を使える腕利きだ。彼一人でも、この坑道内のアイアンイーターは一掃出来たかもしれない。
しかし、俺はついて来ると決めた。アンベルやヒューホに押し切られなかったかと言えば嘘になるが、無理矢理に引っ張ってこられたわけではない。
「いいよ……ついて来るって決めたのは、俺だ。そばに寄られなければ、そんなでもない」
ようやく落ち着いてきた呼吸を整えながら、俺が答える。別にこんなところで強がったところで、誰が得をするわけでもない。
要は今のように近づかれなければいいのだ。距離が離れた状態を維持できるなら問題はない。
とはいえ先程の錯乱は皆に見せてしまっている。エルセもヒューホも心配そうに俺のそばに寄ってきて言った。
「ねービト、無理しなくても良いんだよ?」
「そうだぞ。苦手なものを無理して克服しようとしなくてもいい」
二人に、俺は小さくうなずいて返す。そしてアンベルも、俺から顔を離し、腕を離しながら口を開いた。
「まあ、以前までのビトだったらな。だが今は、自力でどうにか出来る。そうだろう?」
彼女の言葉に俺は、こくりとはっきりうなずいた。
そう、大丈夫だ。今までの俺は、過去の俺は第一位階の魔法でどうにかしなければならなかった。しかし今は、そうではない。
俺がうなずいたのを見ていたカールラが、心配そうな目をしながらアンベルへと問いかけた。
「自力で……って、今の当惑ぶりを見てもそれが言えるんですか、アンベル?」
「アイアンイーター一匹であそこまで取り乱すのに、大丈夫なのか?」
パルミロも心配そうな目を彼女に向けている。二人の言わんとすることも当然分かる。たった一匹のアイアンイーターにくっつかれただけであの取り乱し様なのだ。仲間としては、心配にもなるだろう。
しかし、アンベルは気にする風でもなしに、立ち上がって笑う。
「今に分かるさ」
彼女の含みのある言い方に、釈然としない表情の「跳ねる猫」の面々だ。どうにもこの狼の獣人は、含みのある物言いを良くする。それはそれで、腹に一物ある気がして心配だ。
そのまま、俺たち一行は再び坑道の中を進んでいく。二パーティー分の魔法ランタンの明かりがあるから俺たちの周囲は明るいが、まだまだ坑道は奥へと続いている。
俺は先を行く、魔法ランタンを手にしたアンベルに声を向けた。
「アンベル……」
「ビト、遠慮することはない。先程同様、旧8番坑道に飛び込みざまに大規模な魔法を叩き込めばいい」
アンベルは俺の言葉に、小さく振り返りながら答えた。
その言葉に何も言えなくなる俺だ。確かに先ほどと同じようにやれば問題ない、そうなれば俺が何を不安がる必要もない、と彼女は言うのだ。
一理ある。確かにさっきと同じだと考えれば、俺も多少はやりやすい。とは言え次に向かうのはアイアンイーターが大量に湧き出す、旧8番坑道だ。
そうこうする内に先頭のエルセが足を止める。青銅製の扉が固く閉ざされたそこには、「8番坑道」の看板が掲げられていた。アルチデがランタンを掲げながら言う。
「ここが、旧8番坑道の出入り口だ」
「一応……扉はちゃんと、しまってるんだね」
エルセが一緒に、扉の上の看板を見上げながら言う。鉄と比べて安価な青銅だが、今回はそれが功を奏した。ヒューホが重厚な扉に手を触れながら言った。
「青銅製の扉だったのが幸いだな。鉄製だったら破られていただろう」
「つまり……この中には、アイアンイーターが、うじゃうじゃってことか」
彼の言葉にうなずきつつ、パルミロが呟くように言った。
他の坑道に出ているかもしれないが、封鎖されていない坑道からアイアンイーターが漏れ出ている様子はなかった。旧8番坑道の中では、無数のアイアンイーターがうごめいて居るはずだ。
アンベルが俺の肩に、優しく手を置きながら告げる。
「ビト」
「分かってる……全部焼き尽くせばいいんだろう」
名前を短く呼ぶアンベルに、俺は決意を込めて返事を返した。
もうここまで来たら迷いはない。迷う必要もない。全力で魔法をぶちかますだけだ。
アンベルとアルチデが青銅製の扉のかんぬきを外し、取っ手に手をかける中、俺は扉の前に立って両手を前に突き出した。そして声を発する。
「闇を祓う白炎よ、我が手の内に宿りてここに顕現せよ! 全ての生命は灰燼と帰し、これよりこの地は紅蓮の地獄と化す! 万象一切を焦がすその名を称えてひれ伏せ!」
「なっ」
俺の発した三節の詠唱に、アルチデが目を剥いた。後方からカールラとパルミロの驚く声も聞こえる。
「だ……」
「第十位階、だって……!?」
そう、炎魔法第十位階の炎帝の憤怒の詠唱だ。
第十位階の魔法は総じて、三節目の詠唱の文句が定型文になっている。この文言が出るということは、間違いなくそれは最上級の魔法だ。
だから三人は驚いたのだ。俺が第十位階を唱えることが出来るなど。
「そうだビト、遠慮するな。坑道内の一切を焼き尽くせ!」
アンベルが満面の笑みを見せながら、扉の取っ手を引いた。慌ててアルチデも取っ手を引く。
そして扉の向こう、旧8番坑道の中からいくつもの輝く瞳が、アイアンイーターの瞳が見えた瞬間だ。俺は叫ぶ。
「炎帝の憤怒!!」
俺の両手から、白い炎が一気に噴き出した。炎は開きかけた青銅の扉を貫き、中の坑道に一気に広がった。
「ギ――!!」
「キャ――!!」
白い炎は通常の炎よりも温度が高い。アイアンイーターは悲鳴を上げる間もなく一瞬で消し炭になった。
いや、それだけではない。坑道を支える支柱も、フレームも、全て焼き尽くす。
そして坑道を焼き尽くした後の炎が消え去ったことを確認するよりも先に、旧1番坑道にまで伝わるほどの大きな揺れが起こり始めた。
「う、わ……!?」
「なんだ、この揺れ!?」
その場の全員が困惑の声を上げながら坑道の壁に手を付き始めてその場から遠ざかり始める。
揺れる中踏ん張る俺は見た。旧8番坑道の天井の岩が次々に落ちてきている。アルチデが叫んだ。
「坑道が崩れるぞ、退避!!」
「ビト、離れろ!!」
「あ……!」
同時にアンベルが俺の手を引く。俺の身体が引っ張られ、旧8番坑道の前から離れた次の瞬間。青銅製の扉がこちらに向かって倒れ込んできた。その向こうからたくさんの熱された空気と塵、そして石が、旧1番坑道に吹き込んできた。
坑道にへたり込む俺たちから、安堵の息が漏れ始めた。
「ふー……」
「やってくれるな、なかなか」
パルミロとヒューホが息を吐きながら声を漏らすと、先程までの戦闘が嘘だったかのように、仲間たちが次々に俺を称え始めた。
「まいったな、第十位階まで使えるC級魔法使いなんて、聞いた覚えがないぞ」
「本当ですよ。どうなってるんですか、ビトの魔法のランク?」
アルチデとカールラが、不思議そうな顔をしながら俺の肩を抱いてくる。俺がどう説明しようかまごついていると、アンベルが苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、いろいろあってな。特殊スキルの兼ね合いもあって、使用できるようになっている」
「ああ……」
「なるほど……」
その言葉に、何かを納得したような声を漏らす二人だ。
特殊スキルを持ち出されたら、どう言われようと納得するより他にない。というより納得するしか無いのだ。それだけ、一般の冒険者が持たない特殊スキルは、いろんな事態を巻き起こす。俺がそうであるようにだ。
とはいえ、「跳ねる猫」の三人は人化転身を解いた俺しか見ていない。説明されたとしても、なかなか納得もしにくいだろう。
「おい、アンベル」
「いいではないか、このくらいは」
俺がちくりとアンベルを視線で刺すと、からからと笑いながら彼女は返してきた。
そう言われては俺もこれ以上強いことは言えない。口をつぐんだ俺から視線を外して、アンベルがさっと手を広げた。
「さあ、坑道の中を検めるぞ。素材を回収しなくては」
そう言いながら旧8番坑道のあった場所に向かって歩き出すアンベル。とはいえ坑道はすっかり崩れ落ちて跡形もない。あんな中から素材を回収できるのか、疑問に思いながらもアンベルの後についていく俺だった。
「うぅっ……」
「ビト、大丈夫?」
落ち着かない様子の俺に、エルセが心配そうに俺を見上げながら言った。
返事は返せないが、そりゃあ心配だ。何しろこの暗い、小さな鉄食い鼠の気配がそこかしこからする中を、進んでいかないとならないのだ。ネズミ系に苦手意識のある俺としては、恐怖心で足がすくんでしまうのもしょうがない、と言いたい。
おっかなびっくり、しかし後続がいるから止まるに止まれず進んでいく俺を振り返りながら、アルチデがため息交じりに言った。
「そこまで心配することはないだろう、この旧1番坑道にはほとんどアイアンイーターは漏れていなかった。旧8番坑道にまだ群れている可能性が高い」
彼の言葉に、下から批判じみた視線を返す俺だ。
確かに今進んでいる旧1番坑道で、アイアンイーターを見かけることはほぼなかった。何匹か見かけることもあったが、他のモンスターと同程度。坑道の中であれば自然発生の範囲内だ。
しかし、だからといって気を張らないわけにはいかない。何しろここは鉱山の坑道の中。そして魔物は、土地の魔力が高い場所ならどこからでも生まれてくるのだ。
「そうかもしれないけどさ……あいつらどこからでも湧いてくるし……」
「そうだな、油断は禁物だぞ」
俺の悲痛な言葉に、アンベルがうなずきながら視線を巡らせた。
旧1番坑道は旧8番坑道と接している。それでこれだけ数が少ないなら、旧8番坑道とここを隔てる扉は破られていないのだろう。そこは安心していいはずだ。
しかし、現にこの坑道内でもアイアンイーターと出くわしているのだ。油断はできない。
「確かにね。アイアンイーターはネズミの魔物だ。体躯も大きくない。そこら辺の坑道の隙間にいるということも――」
俺の隣を飛ぶヒューホが、口を曲げながら言ったその時だ。
「チィ」
「えっ」
俺の足元から鳴き声が聞こえる。間違いない、アイアンイーターの鳴き声だ。というかその声が、いやに近い。おまけに何か足にくっついている感覚がある。
嫌な予感を感じて俺はローブをめくり上げた。果たしてそこには、俺の右足のブーツにしがみついているアイアンイーターの姿があって。
全身の獣毛が一気に逆立った。尻尾がぶわりと膨らみ、思わず悲鳴を上げる。
「う、うわーーーっ!?」
「ビト!?」
「ビト君!?」
俺の悲鳴に、アルチデとヒューホが一緒に俺の方を向いた。それだけではない、俺の後方を歩いていたパルミロとカールラも、驚いて足を止める。
そんな合間にも、俺はブーツにくっついたアイアンイーターを振り払おうと必死だ。右足をやたらめったらに振って、何とかブーツのアイアンイーターを離そうともがく。
「は、離れろ、離れろよ!!」
「ビト、落ち着け!」
「今どけるから、動かないで!」
しかしこれでは他の仲間も対処ができない。アンベルがとっさに俺の肩を掴んだ。動きが止まったその瞬間にエルセがアイアンイーターをくわえ上げ、そのまま首を振って坑道の壁に叩きつける。
思い切り岩壁に叩きつけられたアイアンイーターは、そのまま動かなくなった。念のためにエルセが角でつつくが、ピクリともしない。
その様子を見ていた俺の呼吸は、未だ荒かった。目の端には涙がにじんでいるのも自分で分かる。それもそうだ、未だに足にはアイアンイーターの感触が残っている。気持ち悪い。
「はーっ、はーっ……」
「なるほど……そこまで、苦手なのだな」
俺の肩を抱いたまま、アンベルが申し訳無さそうに言った。そのまま、俺を抱くようにして長いマズルを俺の頬に寄せる。
「すまなかった、こんな場所に連れてきてしまって」
「そこまで苦手なのだと分かっていたら、無理に連れてくることもしなかったのにな」
パルミロも静かな口調で俺に言ってくる。確かにこのクエストは、魔法使い一人体制でも別段困るわけではない。何しろパルミロは第八位階まで炎魔法を使える腕利きだ。彼一人でも、この坑道内のアイアンイーターは一掃出来たかもしれない。
しかし、俺はついて来ると決めた。アンベルやヒューホに押し切られなかったかと言えば嘘になるが、無理矢理に引っ張ってこられたわけではない。
「いいよ……ついて来るって決めたのは、俺だ。そばに寄られなければ、そんなでもない」
ようやく落ち着いてきた呼吸を整えながら、俺が答える。別にこんなところで強がったところで、誰が得をするわけでもない。
要は今のように近づかれなければいいのだ。距離が離れた状態を維持できるなら問題はない。
とはいえ先程の錯乱は皆に見せてしまっている。エルセもヒューホも心配そうに俺のそばに寄ってきて言った。
「ねービト、無理しなくても良いんだよ?」
「そうだぞ。苦手なものを無理して克服しようとしなくてもいい」
二人に、俺は小さくうなずいて返す。そしてアンベルも、俺から顔を離し、腕を離しながら口を開いた。
「まあ、以前までのビトだったらな。だが今は、自力でどうにか出来る。そうだろう?」
彼女の言葉に俺は、こくりとはっきりうなずいた。
そう、大丈夫だ。今までの俺は、過去の俺は第一位階の魔法でどうにかしなければならなかった。しかし今は、そうではない。
俺がうなずいたのを見ていたカールラが、心配そうな目をしながらアンベルへと問いかけた。
「自力で……って、今の当惑ぶりを見てもそれが言えるんですか、アンベル?」
「アイアンイーター一匹であそこまで取り乱すのに、大丈夫なのか?」
パルミロも心配そうな目を彼女に向けている。二人の言わんとすることも当然分かる。たった一匹のアイアンイーターにくっつかれただけであの取り乱し様なのだ。仲間としては、心配にもなるだろう。
しかし、アンベルは気にする風でもなしに、立ち上がって笑う。
「今に分かるさ」
彼女の含みのある言い方に、釈然としない表情の「跳ねる猫」の面々だ。どうにもこの狼の獣人は、含みのある物言いを良くする。それはそれで、腹に一物ある気がして心配だ。
そのまま、俺たち一行は再び坑道の中を進んでいく。二パーティー分の魔法ランタンの明かりがあるから俺たちの周囲は明るいが、まだまだ坑道は奥へと続いている。
俺は先を行く、魔法ランタンを手にしたアンベルに声を向けた。
「アンベル……」
「ビト、遠慮することはない。先程同様、旧8番坑道に飛び込みざまに大規模な魔法を叩き込めばいい」
アンベルは俺の言葉に、小さく振り返りながら答えた。
その言葉に何も言えなくなる俺だ。確かに先ほどと同じようにやれば問題ない、そうなれば俺が何を不安がる必要もない、と彼女は言うのだ。
一理ある。確かにさっきと同じだと考えれば、俺も多少はやりやすい。とは言え次に向かうのはアイアンイーターが大量に湧き出す、旧8番坑道だ。
そうこうする内に先頭のエルセが足を止める。青銅製の扉が固く閉ざされたそこには、「8番坑道」の看板が掲げられていた。アルチデがランタンを掲げながら言う。
「ここが、旧8番坑道の出入り口だ」
「一応……扉はちゃんと、しまってるんだね」
エルセが一緒に、扉の上の看板を見上げながら言う。鉄と比べて安価な青銅だが、今回はそれが功を奏した。ヒューホが重厚な扉に手を触れながら言った。
「青銅製の扉だったのが幸いだな。鉄製だったら破られていただろう」
「つまり……この中には、アイアンイーターが、うじゃうじゃってことか」
彼の言葉にうなずきつつ、パルミロが呟くように言った。
他の坑道に出ているかもしれないが、封鎖されていない坑道からアイアンイーターが漏れ出ている様子はなかった。旧8番坑道の中では、無数のアイアンイーターがうごめいて居るはずだ。
アンベルが俺の肩に、優しく手を置きながら告げる。
「ビト」
「分かってる……全部焼き尽くせばいいんだろう」
名前を短く呼ぶアンベルに、俺は決意を込めて返事を返した。
もうここまで来たら迷いはない。迷う必要もない。全力で魔法をぶちかますだけだ。
アンベルとアルチデが青銅製の扉のかんぬきを外し、取っ手に手をかける中、俺は扉の前に立って両手を前に突き出した。そして声を発する。
「闇を祓う白炎よ、我が手の内に宿りてここに顕現せよ! 全ての生命は灰燼と帰し、これよりこの地は紅蓮の地獄と化す! 万象一切を焦がすその名を称えてひれ伏せ!」
「なっ」
俺の発した三節の詠唱に、アルチデが目を剥いた。後方からカールラとパルミロの驚く声も聞こえる。
「だ……」
「第十位階、だって……!?」
そう、炎魔法第十位階の炎帝の憤怒の詠唱だ。
第十位階の魔法は総じて、三節目の詠唱の文句が定型文になっている。この文言が出るということは、間違いなくそれは最上級の魔法だ。
だから三人は驚いたのだ。俺が第十位階を唱えることが出来るなど。
「そうだビト、遠慮するな。坑道内の一切を焼き尽くせ!」
アンベルが満面の笑みを見せながら、扉の取っ手を引いた。慌ててアルチデも取っ手を引く。
そして扉の向こう、旧8番坑道の中からいくつもの輝く瞳が、アイアンイーターの瞳が見えた瞬間だ。俺は叫ぶ。
「炎帝の憤怒!!」
俺の両手から、白い炎が一気に噴き出した。炎は開きかけた青銅の扉を貫き、中の坑道に一気に広がった。
「ギ――!!」
「キャ――!!」
白い炎は通常の炎よりも温度が高い。アイアンイーターは悲鳴を上げる間もなく一瞬で消し炭になった。
いや、それだけではない。坑道を支える支柱も、フレームも、全て焼き尽くす。
そして坑道を焼き尽くした後の炎が消え去ったことを確認するよりも先に、旧1番坑道にまで伝わるほどの大きな揺れが起こり始めた。
「う、わ……!?」
「なんだ、この揺れ!?」
その場の全員が困惑の声を上げながら坑道の壁に手を付き始めてその場から遠ざかり始める。
揺れる中踏ん張る俺は見た。旧8番坑道の天井の岩が次々に落ちてきている。アルチデが叫んだ。
「坑道が崩れるぞ、退避!!」
「ビト、離れろ!!」
「あ……!」
同時にアンベルが俺の手を引く。俺の身体が引っ張られ、旧8番坑道の前から離れた次の瞬間。青銅製の扉がこちらに向かって倒れ込んできた。その向こうからたくさんの熱された空気と塵、そして石が、旧1番坑道に吹き込んできた。
坑道にへたり込む俺たちから、安堵の息が漏れ始めた。
「ふー……」
「やってくれるな、なかなか」
パルミロとヒューホが息を吐きながら声を漏らすと、先程までの戦闘が嘘だったかのように、仲間たちが次々に俺を称え始めた。
「まいったな、第十位階まで使えるC級魔法使いなんて、聞いた覚えがないぞ」
「本当ですよ。どうなってるんですか、ビトの魔法のランク?」
アルチデとカールラが、不思議そうな顔をしながら俺の肩を抱いてくる。俺がどう説明しようかまごついていると、アンベルが苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、いろいろあってな。特殊スキルの兼ね合いもあって、使用できるようになっている」
「ああ……」
「なるほど……」
その言葉に、何かを納得したような声を漏らす二人だ。
特殊スキルを持ち出されたら、どう言われようと納得するより他にない。というより納得するしか無いのだ。それだけ、一般の冒険者が持たない特殊スキルは、いろんな事態を巻き起こす。俺がそうであるようにだ。
とはいえ、「跳ねる猫」の三人は人化転身を解いた俺しか見ていない。説明されたとしても、なかなか納得もしにくいだろう。
「おい、アンベル」
「いいではないか、このくらいは」
俺がちくりとアンベルを視線で刺すと、からからと笑いながら彼女は返してきた。
そう言われては俺もこれ以上強いことは言えない。口をつぐんだ俺から視線を外して、アンベルがさっと手を広げた。
「さあ、坑道の中を検めるぞ。素材を回収しなくては」
そう言いながら旧8番坑道のあった場所に向かって歩き出すアンベル。とはいえ坑道はすっかり崩れ落ちて跡形もない。あんな中から素材を回収できるのか、疑問に思いながらもアンベルの後についていく俺だった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
拝啓、私を追い出した皆様 いかがお過ごしですか?私はとても幸せです。
香木あかり
恋愛
拝啓、懐かしのお父様、お母様、妹のアニー
私を追い出してから、一年が経ちましたね。いかがお過ごしでしょうか。私は元気です。
治癒の能力を持つローザは、家業に全く役に立たないという理由で家族に疎まれていた。妹アニーの占いで、ローザを追い出せば家業が上手くいくという結果が出たため、家族に家から追い出されてしまう。
隣国で暮らし始めたローザは、実家の商売敵であるフランツの病気を治癒し、それがきっかけで結婚する。フランツに溺愛されながら幸せに暮らすローザは、実家にある手紙を送るのだった。
※複数サイトにて掲載中です
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
妹に出ていけと言われたので守護霊を全員引き連れて出ていきます
兎屋亀吉
恋愛
ヨナーク伯爵家の令嬢アリシアは幼い頃に顔に大怪我を負ってから、霊を視認し使役する能力を身に着けていた。顔の傷によって政略結婚の駒としては使えなくなってしまったアリシアは当然のように冷遇されたが、アリシアを守る守護霊の力によって生活はどんどん豊かになっていった。しかしそんなある日、アリシアの父アビゲイルが亡くなる。次に伯爵家当主となったのはアリシアの妹ミーシャのところに婿入りしていたケインという男。ミーシャとケインはアリシアのことを邪魔に思っており、アリシアは着の身着のままの状態で伯爵家から放り出されてしまう。そこからヨナーク伯爵家の没落が始まった。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる