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第24話 王子様、やらかす

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 調理担当が料理を並べるテーブルにメインディッシュの一皿目をずらりと並べていく。私達給仕役はそこから皿を手に取り、各々の担当するテーブルへと運んでいくのだ。
 私もトレイに載せた、サーモンステーキが盛り付けられた四枚のお皿を持って2番テーブルに向かい、お客様の前に一枚ずつ、丁寧に皿を置いていく。

「お待たせいたしました。メインディッシュ一皿目、リーランド領産サーモンのステーキ バターソースでございます」
「ほう、美味そうだ!」
「これは美しいわ」

 私の説明に小さな歓声が上がった。やはりリーランド領産のサーモン、食欲に訴えかける力は十分な様子。
 王様がサーモンを口に運び、咀嚼そしゃくして飲み込んでから、満足そうな顔で口を開いた。

「いやあ、三番街の酒場が料理を担当すると聞いた時にはどうなることかと思ったが、なかなかどうして素晴らしいものを出してくるではないか」
「給仕の腕前も振る舞いも円熟していて素晴らしいですね」

 王子様も美味しい料理に舌鼓したつづみを打っている。私の方を見て微笑む王子様に、私は深く頭を下げた。

「ありがとうございます、陛下と殿下からのお褒めの言葉、皆がきっと喜ぶことでしょう」
「いいえ、貴女自身もなかなか素晴らしいわ。酒の扱い方が堂に入っている」

 恐縮して礼を述べる私に、王妃様がワイングラスを掲げながら笑ってみせた。その隣でシャーロット殿下も朗らかな笑みを私に向けてくる。

「本当ですわ。皇国の一流の給仕人にも、貴女ほどワインに精通した者はどれだけ居るか」
「光栄ですわ、内親王殿下」

 身に余る光栄だ。ここまで褒められていいものかと少し恥ずかしくなりながら、私は顔を上げて笑みを返した。
 確かに私は「赤獅子亭」の中でも一、二を争うくらいに酒に詳しい自負はある。ラム王国の貴族の方々にも、なんだかんだその知識は頼りにされている。事実、地球に居た頃は結構いろんな酒を飲んできたわけだし。
 しかし、他国のお姫様からここまで褒められてしまうと、さすがにちょっとこそばゆい。
 少し恥ずかしげにうつむく私に、王様がフォークを掲げながら言葉を発した。

「そう、そうとも。貴殿は先程『経験の浅い若輩者』と述べていたが、とてもそうとは思えない。まるで貴族の婦人を内に秘めているかのようだ」

 そう話しながら、王様がぴっ、とフォークの先端を私に突きつけてくる。マナー違反だぞ。いいけど別に。

「本当のところを聞かせてもらいたい。本当に、心に決めたお相手はいないのかね?」
「(おっ、来たかな)」

 うっすら目を細めて、心なしか鋭い表情になった王様。そして私に問いかける内容は、つまり「お前には愛する人はいるのか」という、あれだ。
 その質問に、私は心のなかでほくそ笑んだ。ようやくその質問が来たか、私に。
 まあそうだろう、このテーブルに居るのは王様、王子様、王妃様、そしてシャーロット殿下。自分の妻にそんな質問するわけには行かないし、シャーロット殿下もこの場に居るということは未婚であることが確定している。結婚しているなら皇帝家を離れることになるからだ。となれば、必然的に矛先は私に向く。
 内で沸き立つ心を抑えながら、私は小さく頭を下げた。突きつけられたフォークの先端に触れない程度に、浅く。

「いいえ陛下、私は先にお伝えした通りの女でございますわ。働き始めて間もない、心に決めた殿方も居ない、しがない女中でございます」

 正直、ここで「実は愛する人がおりますの」と嘘をついて、そういう行為を引き出すことも考えた。しかしそうしたところで、後が怖い。何しろ相手は国王である。
 一国の王様を相手取って、嘘を付くなんて度胸は私にはなかった。人間、誠実が一番である。
 私の反応にくすりと笑みを零しながら、王様がフォークを置いた。その流れでワイングラスに手を伸ばし、中のワインをぐいと干す。

「では、女中殿。このサーモンステーキに合うワインを一つ、いただきたい」
「ああ、私にも一つ」

 王様の注文に乗っかるようにして、王子様もワイングラスを掲げた。二人ともまあまあ酒が入っている気がする。そうでなければこんな質問もしてこないか。
 頃合いだろう。そう感じながら、私は白ワインを取りに向かう。アリンガム領産の「ペニンシュラ」が今日の白ワインだ。さすがは王宮でのパーティー、このレベルのワインがずらりと並んでいる。
 ワインを抜栓してボトルとナプキンを手に戻ると、ちょうど王妃様が王様と王子様に苦言を呈しているところだった。

「もう、あなた。リチャードも、給仕の方が優れているのはいいことですが、それに任せて飲み過ぎではないですか」

 その言葉に、ほんの僅かに口角を持ち上げる私だ。そろそろ王妃様が苦言を呈する頃だと思っていたのだ。
 しかし酒が回って機嫌が良くなったらしい王様は、からりと笑ってワイングラスをテーブルに置いた。ワインを注げ、との合図だ。

「何を言うベアトリクス、これほどまでに優れた給仕を受ける機会など、なかなか無いのだぞ。味わわなければ損というものだ」
「その通りです母上。この方がいらっしゃる三番街に直接訪れることが叶わない以上、ここで飲むより他にないではありませんか」
「それは、そうですけれど」

 苦言を呈した王妃様に、王様と王子様が反論する。まぁ確かに、この二人が三番街にあるうちの店に来るなんてことは、まず無理だろう。理屈は通る。
 王様のワイングラスに、続けて王子様のワイングラスに「ペニンシュラ」を注ぎながら、私は三人の様子を観察した。
 王様はワインを注ぐ私の手元に視線を向けているが、王子様はそこを見ながら、ちらちらと周囲に視線を送っているのが分かる。その視線の向く先は、皇后様、ワーグマン皇国の近衛庁の人、そしてエステルさんやデビーさんといった女中だ。
 明らかに、誰が人妻であるかを見定めている。これは案外、王様より王子様のほうが先に尻尾を出すかもしれない。

「王妃様。確かお二人は……」
「ええ、そうですわ殿下。なので普段は酒量を控えるよう、きつく言っているのですけれど……」

 こそこそと話し始めるシャーロット殿下と王妃様。王妃様のその話しぶりは明らかに、二人の様子に頭を悩ませているようだ。さりげなく、二人にワインボトルを持って近づく。

「王妃陛下も内親王殿下も、ワインのおかわりはいかがなされますか?」
「ああ、そうね。では私にも」
「私にもお願いいたします」

 勧められれば断ることはしない様子。二人ともワインを求めてきた。
 まずはお客様であるシャーロット殿下に、次に王妃様に。そして王妃様にワインを注ぎながら、私はそっと彼女の顔の横、細長い耳に顔を寄せた。

「陛下」
「ええ……分かっているわ。お話は貴女と、女中長さんから伺ったのだし。でも……」

 私の耳打ちに王妃様が小さく答える。
 今回のパーティーに先立ち、王妃様とクラリス王子妃様には事前に話を通してある。というよりお二人に話が通って、オーケーを貰えたからこそうちの店に話が来たのだ。
 パーティーが始まる前に私とタニアさんが、お二方に挨拶して顔合わせを行い、段取りを確認している。一国の王、そして王子にパーティーという場で恥をかかせることを謝罪しつつ説明すれば、お二人とも随分驚いた様子だった。
 その上でだ。その上で私は改めて、王妃様に確認を取った。
 意を汲み取った王妃様が、僅かに私に顔を向ける。

「お任せして、いいのよね?」

 その言葉に、私はしっかりとうなずいて。ワインボトルを引き上げながらにっこりと笑った。

「はい、どうぞお任せくださいませ」

 顔を上げ、視線を前方に向ければ。王様と王子様は大いに盛り上がり、サーモンステーキの最後の一切れを口に運びつつワインを飲み、楽しんでいるようだった。私と王妃様の秘密の会話など、耳に入らなかったようだ。

「いやしかし、これほど美味い料理を出し、美味い酒を出し、さらに女中殿と話も出来るとあれば、三番街の酒場もなかなか捨てたものではないな、はっはっは」
「全くです父上、これはお忍びで三番街に繰り出すこともやぶさかではない」

 なんだか盛り上がりすぎてすごく立場らしからぬことを言っている。これもこれで突っ込みどころがあるが、問題はそこではないだろう。
 そして、ここだ。ちょうどメインディッシュの皿を1番テーブルから下げたタニアさんが、2番テーブルの傍を通りかかって声をかけてくる。

「あらあら、陛下と王子殿下にそこまでお褒めいただけるなんて光栄ですわ、ありがとうございます」
「おお、そこにおわすは話に聞く女中長殿」

 タニアさんの言葉に、王様が満面の笑みで言葉を返した。その瞳はきらきら輝いている。隣の王子様も同様にだ。
 これが、タニアさんと私で相談した一つの仕掛け・・・だ。1番テーブルにはタニアさん、3番テーブルにはエステルさん、4番テーブルにはデビーさん。サポートにジェシカさんとモリーさん。このフロアの前方4テーブルの担当は、私以外全員既婚者で固めたのだ。
 皆、既婚者であることがひと目で分かるように指輪をはめている。これを目にした王様と王子様ターゲットが、誰かに手を出すことが可能になるように動いているのだ。
 その時とはつまり、今のような料理の配膳時。見事にタニアさんに引っかかった・・・・・・王様が、それとは知らずタニアさんに声をかけていく。

「聞けば『紅眼の鷲亭』の店主が、女中長殿の殿方でいらっしゃるとか。いやあ羨ましい、あれなる男がこんな麗しい女性を射止めていたとは」
「あら、光栄ですわ。『紅眼の鷲亭』は何度か王宮に招かれておりますものね、お顔を知られていて当然でございます……ですが失礼、仕事のほうが」

 ロビンさんを話題に出され、タニアさんがくすりと笑う。と、ゆらりと揺れたタニアさんの太い尻尾を、王子様がすっとすくい上げた。

「全くだ。このつややかな毛並みに形の整った尻尾。まさしく美獣と呼ぶにふさわしい」
「きゃっ」

 そのまま流れるように尻尾に口付け。タニアさんがわざとらしく悲鳴を上げる。
 捉えた・・・
 私は静かに、静かに王子様の背後に忍び寄る。そして彼のあごに手をかけてなるべく優しく、怪我などさせないように上に引き上げた。おまけに頭をねじってテーブルの正面に向かせる。

「王子殿下、お食事が疎かになってございますよ。こちら、ご覧になって」
「んぐっ」

 突然頭を引き上げられて、王子様の喉からくぐもった声が漏れた。ちょっと痛くしすぎただろうか。まぁいい、気にしない。
 するりと王子様の手からタニアさんの尻尾が抜ける。それを確認して私は、さっとタニアさんに目配せした。

「タニアさん、今のうちに」
「ええ」

 自由を得たタニアさんが本来の仕事、空いた食器を下げる仕事に戻っていく。それを確認して私はようやく、王子様のあごから手を放した。
 ぽかんとした目で私を見上げてくる王子様。その姿と私の手腕に、王様が他人事のように手を叩いて笑った。

「はっはっは、さすが女中殿、男の御し方に手慣れている」
「もう、あなたもリチャードも、仕事中の給仕の方を呼び止めて肌吸いするなどはしたない」

 王妃様がぴしゃりと、王様の手の甲を叩いた。場の空気が一瞬で静まり返る。
 その静寂に乗っかるように、私は淡々と王様と王子様に話しかけた。二人の間に立って、その肩に手をかける。

「その通りですわお二方。いくら陛下と王子殿下と言えども、食事を疎かにして仕事中の給仕に色目を使うのは感心いたしません。無論、同席しているお相手のいらっしゃる女性の方に対してもそうですが」

 私の言葉に、言葉に詰まった様子の二人。
 これなら押し切れる。私はここぞとばかりに、二人に向かって切り札を繰り出した。

「現実の異性とのやり取りは、本の中のようには・・・・・・・・行かないものですわ・・・・・・・・・。よくご存知でございましょう」
「えっ」
「な、何故それを」

 その言葉を聞いて、明らかに動揺を見せる王様と王子様だ。
 そうだろう、そんなことを知っている人間が、このパーティー会場にどれだけいるだろうか。
 目を白黒させる二人に、シャーロット殿下と王妃様が訝しむ目を向ける。

「陛下?」
「あなた? リチャード? どういうことかしら」
「こ、これは……」
「その……」

 二人はまごついた。説明に窮している様子だ。
 これなら、後でゆっくりお話・・が出来そうだ。私は空になったサーモンステーキの皿を取り上げて、ゆったりと笑う。

「お話が必要でしたら、後ほど。さ、次の料理が参りますわ。お楽しみにしていらしてくださいな」
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