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ロミオの純情

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 コウに裏切られた

 その事実は、鷹司を想像以上に打ちのめした。

 一体、なぜコウの下心に気がつかなかったのだろうか。

 あの菖蒲アヤメのような凛としたコウの気品に惚れた俺は、どの後輩よりも人一倍にコウを可愛がり、挙げ句にアイツとキスまでして浮かれていた。

 全く、マヌケなピエロじゃないか!

 そんな俺の姿をコウは腹の底で笑っていたに違いない。

 コウの実家のミューズが、宿敵リンベルを出し抜く為に送り出したコウの手の中で、オレは踊らされていたという訳か。

 クソっ!

 鷹司は夜ベッドに入っても、ギリギリとした悔しさで寝付けなかった。

 ほとんど一睡も出来ずに、翌朝を迎えた鷹司の顔は相当に青ざめていたのか、朝、身支度を整えている時に、ルームメイトの九条にギョッとされる。

「鷹司、お前大丈夫か?心配ごとがあるのなら聞いてやるよ」

 九条の気遣いに、鷹司は首を横に振る。

「大丈夫だ」

 これは俺自身の問題だ。

 俺自身で決着をつけてやる!

 鷹司は拳をギュッと握り締める。


 コウとの決着の時は案外と早くに来た。

「鷹司先輩」

 その日の放課後、道場へと続く中庭の小道で、部活に向かっていた鷹司は背後から声をかけられる。

 振り向けば、コウがにこやかな笑顔で立っていた。

 真っ白な学ランに包まれた、菖蒲の香り立つようなコウの笑顔。 

 少し前なら、この笑顔に心密かに胸をときめかせていたが、今は違った。

 鷹司は無邪気を装ったように見えるコウの笑顔にカッとなる。

「お前、一体どういうつもりだ」

 鷹司の低い声に、コウは顔を曇らせる。

「長く休んですみません。倒れた父の看病についてたので……」

 コウの返答に、ますます鷹司は腹を立てる。


 この期に及んでも、まだ誤魔化すつもりか?!

「部活の話をしてるんじゃない。コウ、お前、俺からウチの新商品を盗んだな?!」

「先輩、一体、何の話を……」
 
 困惑した顔のコウに、鷹司はとうとう大声を出す。

「とぼけるな!お前に食わせた、あの米粉のパイの菓子はウチで開発してたんだ!それを何で、ミューズが発売するんだ?!」

 鷹司はコウの胸ぐらを掴み上げる。

 コウは初めてハッとした顔を見せた。

「ち、違う!俺は知らない」

「お前以外に、いないだろう!」 

 鷹司はそう言うと、掴みあげていたコウの体を地面に向かって投げ飛ばす。

 コウの小さな体は、ドサッと鈍い音を立てて、小道に転がった。  

「あっ……!」

 転げた場所は、昨日降った雨のせいで、少しぬかるんでいて、泥水がバシャンと跳ねる。

 真っ白だったコウの学ランとズボンが、黒茶色の泥にまみれてベットリと汚れた。

「ううっ……」

「見損なったぞ。コウ。恥を知れ!」

 鷹司は、地面に転がっているコウに、吐き捨てるように言うと、くるりと踵を返して部室へと向かって去っていった。



「俺じゃねぇよ……」

 一人残されたコウは、地面に倒れたまま、静かに嗚咽を漏らす。

 ひんやりとした地面の冷たさが全身を包み、頬には尖った砂利の粒が、鋭く突き刺さった。

「俺じゃねぇ……」

 震える握り拳で、地面を叩く。

 けれど、コウの声は誰の耳にも届かずに、吹き抜けた秋の風と共に消えた。
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